第10話 猫神様、爆誕!

 今までにない大声で叫んだ勇を、皆がビックリして見ているが、それどころではない。

 何だこれは。わずか2行のクセに、ものすごい破壊力だ。

 織姫の名字が自分と同じになっていたのは正直嬉しかったが、そのほのぼのさを全て打ち消す次の1行が強力すぎる……。


 まず獣神とは何だ? 某魔物をストライクするゲームか? てか神化て!!

 そりゃ神懸かり的にかわいいけども!


 で、バステトだ。完全に猫の神様だ。

 それも、神話や宗教にそれほど詳しくない勇でも知っている、超メジャーな猫の神様。

 確かエジプトの神話か何かに出てきたはずだ。

 しかしバステトは黒猫では無かったか? あれは、ゲームの中だけの話なのか?


「あ、あの……イサム様? 大丈夫でしょうか?」

「……はっ!? す、すみません、あまりの驚きに取り乱しました」

 大声で叫んだかと思うと、わなわなと震えながらぶつぶつと独り言を言い出した勇を見かねて、アンネマリーがそっと声をかけてくれた。


「ふぅ……、すいません、落ち着きました」

「マ、マツモト様、それでこのバステト、と言うのは……?」

 ベネディクトが恐る恐る勇に尋ねる。


「あぁ、はい。バステト神は私の元居た世界の神様の名前ですね。とても有名な猫の神様で、確か女神様だったと思います。色々なご加護があったはずですが、覚えていません。確か家庭の守り神でもあったと思います」

「おぉぉ、と言う事は、オリヒメ様には神のご加護があると!?」

 みるみるベネディクトの顔が紅潮していく。


「この、獣神化、と言うのがどういうモノか分からないので何とも言えませんが……。何らか神様の加護を授かったのは、間違いないと思います。そうでなければ、こちらに来てからの織姫の変化が説明できないので」

「なんと! 素晴らしい!! 迷い人様だけでは無く、その眷属が神の使徒だったとは!!!」

 もはやベネディクトは狂喜乱舞だ。


 神に仕える身であるならば、その喜びは一入なのだろうか。

 と言うか、別の世界の神がタブーでは無い所を見ると、こちらは多神教なのだろう。

 これが一神教であったなら、ややこしい事になっていたかもしれない。

 場合によっては神の名を騙る悪魔として葬り去られていた可能性すらある。


「うふふ、まさかオリヒメちゃんが、神様の使者だったとはね……。ビックリだけど、可愛さが変わる訳じゃ無いし、問題無いわね。ベネディクト、分かっているとは思うけど、当面この件は口外禁止よ? 折を見て、迷い人マツモト様の話と同じく、領主から発表するから」

 ニコレットは笑顔を見せつつも、きっちりクギを刺しに行く。


「委細承知しました。して、お約束通り……」

「ええ。発表の時は、ベネディクト神官長がこれまでの慣例を勇気をもって打破し鑑定した結果、としっかり付け加えるから安心なさい」

「おぉ、有難き幸せ。このベネディクト、クラウフェルト家の為であれば、どんな協力も惜しまない旨、お約束しますぞ!」

 苦笑しながらニコレットが約束すると、ベネディクトは大喜びだ。


「さて、あまり長居しても、他の方の迷惑になるし、そろそろ戻りましょうか。ベネディクト、世話をかけたわね」

 全員が落ち着きを取り戻したのを見計らって、ニコレットが切り出す。


「分かりました。ベネディクトさん、今日はありがとうございました。おかげで、織姫の秘密が少しだけ分かりました」

「いえいえ。私も非常に貴重な体験をさせていただきました。クラウフェルト家の皆様同様、マツモト様、オリヒメ様の為の協力であれば惜しみません。困ったことがあれば、いつでもお越しください」


 こちらが普段の顔なのだろう。

 落ち着きを取り戻したベネディクトは、穏やかな笑みを浮かべている。

「では、失礼します」

 一同はベネディクトに礼を言い教会を後にすると、来た道を戻ることにした。


「何かしらの能力スキルか加護があるとは思ってたけど、まさか神様だったとはねぇ……。オリヒメちゃん、あなたとんでもない子だったのね!」

 帰りの馬車の車内、勇の膝の上で丸まっている織姫の額を撫でながら、ニコレットが言う。


「そうですね。私でも知ってるくらいの有名な神様だったのには驚きましたが……」

「先ほどもそう仰ってましたね。イサム様のいた世界には、そんなに沢山の神様がいらしたんですか?」

「う~~ん、そうですね。世界中に色々な宗教があって、それぞれに神様がいました。一柱の神様だけを信じて崇める宗教もあれば、多数の神々を信仰する宗教もあります。私のいた国はとびきりの後者で、全ての物や事象には神が宿っている、と言う考え方でしたね。なので、八百万も神様がいると言われてましたよ」

 笑いながら勇が答えた。


「は、八百万ですか!?それはとんでもないですね…」

 そのあまりの数の多さにアンネマリーが目を白黒させる。

 八百万という数自体は比喩ではあるが、あれだけ多種多様な神様がいるのは日本くらいだろう。


「あはは。ただ全てに言えるのは、実在性よりも考え方や教義、道徳に重きを置いていた点です。先ほどの私の国で言うと”全てのモノに神が宿るのだから、全てに感謝し大切にしなさい”という感じですね。まぁ排他的だったり過激な教義の宗教もあるので、それが暴走したり教義の対立が深刻化して、大きな戦争になった事も一度や二度では無いですが……」


「そうだったんですね。エーテルシアにも複数の神がいらっしゃって、広く信仰の対象になっています。どの神様を信仰しているからと言って、他の神様を信仰している人と争いになる事はほとんど無いですね。創造神様を中心に、基本的に教会には全ての神様が一緒に祀られていますし」


「へぇ。対立が無いのは良いですね。ところでニコレットさん、織姫の事は住民の皆様にはどう説明します?」

 話の流れで、勇が気になっていたことを聞いてみる。


「そうねぇ。まぁ迷い人であるイサムさんが、向こうで大切にしていた使い魔。で、大切にしていたことを見ていた向こうの世界の神様が、イサムさんがこちらに来ても困らないように御使いとして遣わした、って感じかな?」

「なるほど……」

 中々に都合の良い話なのだが、実情としてはほぼほぼあっているだけに質が悪い。

 神様が見ていたかどうかは分からないが……。


「それであればまぁ、筋は通りますね。実際に鑑定しても神って出てますしね」

「ええ。これからもう少し時間をかけて、イサムさんに色々見て、体験してもらい、迷い人として公表しても良い、と思えたら、一緒に発表しましょう」

「ありがとうございます。でも、そんな悠長な感じで良いんですかね?」

「良いのよ。だって望みもしないのに来てしまった世界なんだもの。気に入ってもらえるとそりゃあ嬉しいんだけど、気に入らなくたって当たり前よ」

 ケラケラと笑いながらニコレットが答えた。


「ま、気張らずやっていきましょ。まずは魔法を使いたいんでしょ? 魔法であれば私も教えられるし、アンネも中々の腕前だからね。戻ったら早速勉強しましょうか?」

「はい、お願いします!!」

 そんな話をしているうちに、馬車は領主邸へと辿り着く。


「じゃあ、私は旦那に伝えてくるわね。二人は先に食堂でお昼でも食べてらっしゃい」

 そう言い残してニコレットはセルファースの寝室へと向かって行った。

 その後、寝室からは「なんだってーー」と言う領主の叫びが聞こえたとか聞こえなかったとか……。

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