第2話 謎の能力(スキル)

イサム・マツモト

 力:157

 耐久:130

 敏捷:139

 器用:178

 精神:231

 知力:256

 生命:112

 魔力:105

 能力:魔法検査マギ・デバッガ/魔法の流れを視る事が出来る。操作することは出来ない。


 勇にはこの数字の良し悪しは分からないし、能力に至ってはもはや意味不明だ。

 周りの人間も動かない。この場にいる全員が、この文字を見ているのだろう。

 しばしの沈黙ののち、近くの者とひそひそと話す声が聞こえてきた。

 聞き取れた内容は、おおよそ次の三種類だ。


「精神と知力はかなり高いですな……」

「これと言って目立った特徴は……」

「魔法を視るとはどういうことだ……」

「操作出来ないと言う事は、魔力操作の下位スキルか?」


 数値化されているのでやむを得ないが、文字通り値踏みされている感じがして落ち着かない。


魔法検査マギ・デバッガ、か。やはりこれまでに記録の無い、初めての能力スキルのようだ。能力値は、全体的に平均よりやや高いが、精神と知力に関してはかなりの値と言って良いだろう」

 軽い咳払いの後、フェルカーが評価を教えてくれる。


「そうなんですか?ちなみに平均値はどれくらいなんでしょう?」

「訓練などをしていない、一般的な人間の平均が100程度だ。200あれば、相当優秀と言えよう。その道で歴史に名を成すような者だと400を超える事もあるらしいが、稀だな。ちなみに我々貴族は、優秀な血を継いでいることもあり一般人より平均は高く、150程度だな。そういう意味では、マツモト殿は貴族の平均くらいとも言える」

「なるほど……。では、この能力スキルはどうなんでしょうか?」

「これまでに無い能力スキルだから、詳しい事は分からぬな」

「そうですか……」


「さて、これでこの場で行う事の一つ目は終わったので、二つ目だ。二つ目はもっと単純な話で、どの家がマツモト殿を保護するのかを決める事だ。先にも述べた通り、過去の反省を活かして迷い人の保護は、原則各貴族家の持ち回りとなっている」

 ここまでは先程も聞いた内容だ。

 

「しかし、例外も存在する。皆は知っていると思うが、マツモト殿の為にあらためて説明しよう。自家によく似た能力スキルを持つ者がいる場合や、自領の環境や産業と相性が悪い場合、所定の金額を納めることで、次の貴族に順番を譲る事が出来るのだ。例えば、水が豊富な地域なのに炎の加護があっても、宝の持ち腐れになる。なるべく適材適所で、迷い人に気持ちよく過ごしてもらえるように、と言う配慮から出来た制度だ」


 滔々と語るフェルカーを見ながら、物は言い様だな、と勇は思う。

 適材適所のために譲る、と言えば聞こえは良いが、言い換えれば”良い能力スキルが来るまで、金を払って順番をキープする”だけのことだ。


 おそらく金のある貴族が考えたルールなのだろう。半分は事実なので、金が無い貴族も文句は言えない。実に賢いやり方だ。

 そしてこの場でフェルカーがそれをわざわざ言い出したと言う事は……


「さて、魔法の流れを視る、と言う事だが、上位の魔法使いであれば魔力を感じる事が出来るようになる。それとどう違うのか現時点では分からぬが、似たようなものである可能性が高いと思う。幸か不幸か、私には魔力操作の能力スキルがあり、見るだけではなく魔力の操作も可能だ。それゆえ、この国でも上位の魔法使いとして、自他ともに認められるにいたっている」

 ちょっとした演説でもするかのように、フェルカーが言葉を続ける。


「対してマツモト殿のスキルは、操作は出来ない、と明確に書いてある。であれば、マツモト殿に当家に来ていただいても、その才を発揮して活躍できる場を提供することは難しいだろう。魔力を視れる上操作できる私がいるからだ……」

 右手で両目を覆い残念そうに首を振るフェルカー。


「マツモト殿の事を考えて、今回は次の順番であるクラウフェルト子爵家に譲ろうと思う。確か、クラウフェルト家には、魔力関係の能力スキルを持った者は居なかったと記憶している」

 

 やはりな、と勇は自嘲する。

 魔法検査マギ・デバッガなどと言うよく分からない能力だ。能力値も一般人よりは高いとは言え貴族としてはありきたりな数値だとか。この世界には無い知識が非常に有用な可能性はあるが、チートじみた能力スキルとは比べるべくもない。

 もし自分が金のある貴族だったら、数十年以内に来る可能性が高い次に賭けるだろう。

 クラウフェルト子爵とやらには申し訳無いが、これも運命と思って諦めてもらうしかない。

 そう思いながら、皆が一斉に視線を送った方へ勇も目を向けた。


「どうであろうか、クラウフェルト卿? いや、本日はご当主が体調不良につき、ご息女が当主代理としてのご参加であったな」

 そう言うフェルカーの視線の先にいたのは、おそらくまだ10代後半であろう少女だった。

 淡い水色の髪に、サファイアを思わせる群青の瞳が印象的な美しい少女だ。


「そうですね。当家としては、特に何も問題はございませんので、慎んでお受けいたします」

 ある程度こうなる事を織り込んでいたのだろうか、特に驚いた様子も見せず淡々と告げる。

「ありがとうございます、クラウフェルト当主代行殿。マツモト殿、これであなたはクラウフェルト子爵家の庇護下に置かれることとなりました。今後の事は、そちらの当主代行殿にお聞きください。皆様もご参加ありがとうございました。これにて今回の迷い人の儀は、終了となります。気を付けてお帰り下さい」

 フェルカーが、右手を左肩に当て左手を背中に回して丁寧な礼をすると、皆が一斉に退出し始めた。


 フェルカーは、最後に勇に一礼すると、踵を返して退出していった。

 そこに、先ほどフェルカーにアドバイスをしていたカレンベルクと呼ばれていた男が近づいていき、耳打ちをする。

「フェルカー殿、良かったので?」

「ああ。魔力操作系の能力スキルの可能性が高いが、あの魔力値ではそこまで脅威となることはあるまい。しかも操作は出来ないと来ている。あまり魔法が得意ではない武門にいかれて、筋肉バカどもに魔法の指導など始められると厄介になったかもしれんが……。クズ魔石のクラウフェルト家であれば、問題無かろう」

「確かに。あそこは古い家ではありますが、クズ魔石しかありませんからな……」

「そういうことだ」

 二人はそんな会話をしながら、足早に部屋を出ていく。


 そして部屋には、勇と腕の中の織姫、クラウフェルト当主代行と言われた少女だけが残った。


 二人だけになった。気まずい……。

 別に勇には何の責任も無いのだが、半ば自分を押し付けられた格好の当主代行にかける言葉がない。

 何を言えばよいというのか。

 残念でした? 気を落とさないでください?


 否だ。そもそも何故責任の無い自分を、わざわざ卑下する必要があると言うのか。

 無意識に織姫の喉を撫でながら勇が考えていると、ようやく当主代行が口を開く。


「すみません、マツモト様。自己紹介もせず。クラウフェルト子爵家が長女、アンネマリー・クラウフェルトです。当主である父が病に倒れているため、当主代理として来ております」

「ご丁寧にどうも。イサム・マツモトです。その、何かすみません、微妙な能力スキルだったせいで……」

 居た堪れなくなった勇は、ついそう口走ってしまう。


「いえ。そもそもマツモト様には何の責任も無いお話ですので……。それに謝るとしたらこちらですね」

 アンネマリーが伏し目がちに言葉を続ける。


「フェルカー侯爵家のような上級貴族家であれば、何不自由することなく豊かな暮らしが出来たのでしょうが……。生憎当家のような下級貴族は、貴族とは言ってもそれほど裕福と言う訳でも無いのです。知らない世界にいきなり飛ばされてすぐに、不安な思いをさせてしまい申し訳ありません」

「いやいや、それこそクラウフェルトさんのせいでは無いですよ!! 確かにいきなり別の世界だって言われて混乱しましたが、帰れないと聞いて逆に落ち着きましたよ。はっはっは」


 アニメに出てくるような美少女を困らせてしまい、テンパる勇。わちゃわちゃしながら慌ててフォローに回る。

 そんな勇を見てアンネマリーは一瞬目を見開くと、くすくすと笑いだした。


「ふふふ、優しいお方ですね。確かに、お互い嘆いていたところでどうにもなりませんね。それに、この部屋にいつまでもいる訳にもいきませんし、まずはとにもかくにも領地へとご案内させていただきます。馬車で5日ほどかかりますので、道中で色々とお話を聞かせてください。私からもこの世界の事を色々とお話ししますので、分からないことは何でも聞いてくださいね」

「ええ、分からない事だらけなので、よろしくお願いします」

「それでは参りましょう」


 ようやく年相応の笑顔を見せてくれたことに安堵しつつ、勇は先導するアンネマリーの後について部屋を後にした。


 部屋の外には、衛兵らしき鎧の男が2人、入り口の両脇に立っていた。

 出てきた勇たちに気付くと、右手を左肩に当てた。おそらくこの世界の敬礼なのだろう。

 そんな彼らにアンネマリーが声をかける。


「お疲れ様です。私達で最後なので、よろしくお願いしますね」

「はっ。お勤めご苦労様です!」

 それに返答すると、勇にも声をかけて来た。


「迷い人様もお疲れ様でした! この国のため、そのお力をお貸しください!!」

「これはご丁寧に。何が出来るかまだ分かりませんが、やれるだけやってみますね」


 まさか話しかけられるとは思っていなかった勇が慌てて返答を返した。

 フェルカーと言う貴族にはパスされたが、迷い人そのものが無下にされることは無いようで内心ほっとしていると、再び衛兵から話しかけられる。


「迷い人様、よろしければこちらの履物をお使いください」

 そう言って衛兵が見せたのは、ショートブーツのような履物だった。

 自分が靴を履いていない事に今更のように気付く。相当に気が張っていたようだ。

「いただいてよいのですか? 靴を脱いでいる時にこちらへ来たようなので助かります……」

「どうぞ、お持ちください。時々靴を履いていない迷い人の方がいらっしゃるようで、常備されているものになります」

 なるほど、日本のように靴を脱ぐ習慣は珍しいかもしれないが、寝ている間に呼び出される事も十分あり得るし、靴を履いていない迷い人がいるのも道理だろう。


 何かの革で出来ていると思われる靴は、新品のようでやや固い。

 ただ、フリーサイズなのか大きめに作られているため、すんなり足を入れる事が出来た。

 紐で履き口付近を縛って止める。靴と言うより、分厚い靴下のような感じだ。

 ソール部分も革で出来ており、何枚か重ねて張り付けられていた。


 あらためて靴の礼を言って、転移してきた部屋を後にする。

 その後も、建物を出るまで何名かの衛兵に声を掛けられつつ、外へ出る。

 どうやら迷い人が来る場所を厳重に守るためだけの建物のようで、別棟のようなものは見当たらない。


 薄暗い室内から明るい屋外へ出たため、眩しさに目を細める。まだ日は高い時間のようだ。


 目が慣れてくると、三つ揃えの燕尾服を着た執事のような男と、揃いの鎧に身を包んだ兵士が10名ほど一列に並んでいるのが見えた。

 アンネマリーが出て来たのに気づくと、急ぎ足でこちらへと向かってくる。

 目の前まで来ると、執事のような男が一礼し声をかけてきた。


「お疲れ様でした、お嬢様」

「出迎えありがとうルドルフ」

 アンネマリーの返答を受けたルドルフは、隣にいる勇に会釈をすると、アンネマリーに質問する。


「お嬢様、お二人で出てこられたと言う事は、そちらが……?」

「ええ。この度当家の庇護下に入っていただくことになった迷い人、マツモト様よ」

「イサム・マツモトと申します。この度は縁あって御厄介になることになりました。こっちは私の大切な家族で織姫と言います。よろしくお願いします」

 織姫を抱いたまま、勇が挨拶をする。

 勇からの丁寧な挨拶に目を細めると、ルドルフも名乗りを上げた。


「これはご丁寧に。私めは、クラウフェルト家で家令を仰せつかっているルドルフと申します。マツモト様、戸惑われることも多いかと思いますが、当家をどうかよろしくお願いいたします」

 ルドルフは綺麗に腰を折り見事な礼を見せる。


 それを見てアンネマリーは、鎧の一団にも声をかける。

「フェリクスもご挨拶なさい」

「はっ。クラウフェルト家騎士団副団長のフェリクスです。クラウフェルト領までの護衛は、私を始めここにいる10名で務めさせていただきますので、ご安心ください!」

 一歩前に出ていた長髪の男が、右手を左肩に当てながら自己紹介をした。


「それでは馬車を回してきますので、もう少々お待ちください」

 フェリクスの挨拶が終わると、ルドルフはそう言って数人の騎士と共に馬車へと向かった。


 馬車を待っていると、ふとアンネマリーの視線が刺さっていることに勇が気付く。

 いや、勇にではなく胸に抱いたままの織姫を見ているようだ。

 勇が自分を見ていることに気付いたアンネマリーが、慌てて目を逸らす。

 どうかしましたか? と声をかけようか迷っているうちに、馬車がやって来た。


「お待たせしました。お嬢様、マツモト様にはお一人で乗っていただきますか?」

 そう尋ねるルドルフに、アンネマリーはかぶりを振って答える。

「いえ、道すがら色々とお話ししたい事があるので、ひとまずは私の馬車に同乗していただきます。ルドルフも同乗しなさい」

「かしこまりました。それではマツモト様、こちらへお乗りください」


 案内されたのは、見た目も豪華だがそれ以上に頑丈そうな箱馬車だった。

 二頭立てで側面に紋章のようのものが描いてあるが、子爵家の紋章だろうか。


「すみません、お先に失礼します」

 そう言って勇が馬車に乗り込むと、続けてアンネマリーとルドルフが乗り込み、最後に妙齢の女性が乗り込んできた。

「マツモト様、彼女はカリナ。私の身の回りの世話をしてくれています」

 アンネマリーがすかさず紹介をしてくれる。


「マツモト様、初めまして。アンネマリー様付侍女頭のカリナと申します。道中のご不便は、私か家令のルドルフまでお申し付けください」

「イサム・マツモトです。お手数おかけしますがよろしくお願いします」

 一通りの挨拶が終わった所で、ルドルフが御者台への扉をコツコツコツと三回叩き声をかける。

「それでは出してください」


 はっ、と言う短い返事が扉の向こうから聞こえたかと思うと、ゆっくりと馬車が動きだした。

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