申請当日

 さて、このエッセイも終わりが近づいてきてまいりました。それでも変わらず、今回も毎度恒例の質問タイムです。

 もはやこれまでの質問タイムは、これを読者様に問いかけてみたかったがためにやってきたと言っても過言ではありません。


 Q.私が行った領事館で働いている職員は、か、どちらでしょうか?


 そもそもこういった場所に行く機会が少ない方が大半だと思いますのであまり気にならないとは思うのですが、よくよく考えると、どっちなんだろうという質問です。

 あまり役に立たないヒントを一つ挙げるとするなら、私が小学生の頃に行った別の大使館のスタッフさんは中国の方でしたが、前にパスポートの更新に行ったときは日本の方…? という感じでした。

 

 では、今回も本編にてご自身で答えをお探しください!


* * *


 朝6時。太陽はすっかり昇り、カーテンを開けると眩しすぎて逆に閉めてしまうくらいでした。

 8月20日。今までは具体的な日付が思い出せなかったのですが、この日は覚えています。8月20日の朝、私たち家族3人は早々と家を出ました。

 もちろん、領事館へ行くためです。生憎、私の家から領事館までは車で片道3〜4時間、高速道路なしだと下手すると5時間もかかってしまいます。

 しかも、予約の時間は11時15分。大都市に行くわけですから、駐車場を探す時間なども込み込みで、6時という時刻に家を出たのです。


 レターパックをクリアファイルの代わりにして、私は出発前に最終確認をしました。学校でほぼ毎日忘れ物をしてしまう私ですが、今回だけは何一つ欠けてはいけません。


 念入りに一枚一枚、丁寧に確認し、母のバックにパスポートと在留カードが入っていることも確認して、私たちは出発しました。


 ところが、普段7時起きの私は常に襲いかかる睡魔に勝てるはずもなく、車に乗って数分で二度寝に入ってしまいました。

 起きた頃には既に8時で、領事館までの距離は半分になっていました。

 

 いくつもの街を通りすぎ、私もスマホ片手にショート動画を見たり、英単語の勉強をしたりして、時間はあっという間に過ぎていきました。

 

 いざ、領事館へ!

 なんと今回行った台湾の領事館は山の上にあり、坂道を登っていくことになりました。もちろん車でです。


 そして漢字しか書かれていない表札が見えると、大きな黒い鉄製の門をくぐりぬけ、私たちはついに領事館へ到着しました。


 平日の昼間だったのであまり人がいないかと思いきや、私たち家族の前に2組の家族がソファーに座って待機していました。

 百聞は一見にしかずというべきか、このとき私はようやく5〜7週間も申請日数がかかることに納得しました。これが中国本土と日本全国の台湾の領事館で毎日行われているとすると、そりゃあ申請人数は多いわけです。


 驚きながらも頭全体を使って辺りをぐるーっと見回すと、小さな記入台が1つとウォーターサーバーが入口付近に設置されていました。

 スタッフさんは2人で窓口も2つ。私たち一般人の待機スペースはさほど大きくなく、職員スペースが奥に広がっているような感じでした。


 どうやら処理に時間がかかっていたらしく、私たちは結局11時30分になってようやく順番が回ってきました。その間に私たちより先に来ていた2組の方々は帰り、新たに3人別々にやってきました。


 「お待たせしました、〇さんでお間違いないでしょうか」

 ※本名バレを防ぐために〇で代用している点、お許しください。

 

 このとき、私の身体の内に宿る好奇心センサーなるものが反応しました。

 私自身の恒例行事になってしまいましたが、領事館のスタッフさんはどちらの国の人か判別するという、失礼極まりない行為を自分の中で行なっています。

 

 そして、あくまで私の感覚なのですが、日本人と中国人は同じアジア系の人々ですが、私では言語化するのは難しい、容姿の根本的な部分が違っています。

 なので、芸能人や女優さんでない限り、日本人か中国人かは基本的にその人を見た瞬間に判別できるのです。あくまでも私の場合ですが……

 

 ネイティブの日本人にしては少しおぼつかない日本語。かといって、日本人だと言われても違和感はない……

 私は申請手順の内容の確認をしながら、冷静に分析していきました。

 受付の女性の話す日本語はそれはもう、洗練された完璧なものでした。けれど、私の感覚的にはその人が台湾の方に見えました。


 どちらの国の人かを問うのは失礼極まりない。はっきりとした答えを得ることはできないので、私はもう少し探りを入れることにしました。

 もはや領事館に来た目的を半分忘れてしまっている私ですが、今度はあえて中国語で会話をしてみました。


 すると、受付の女性は顔色一つ変えずに私に中国語で返事をしてくれました。

 いやー参った、その一言に尽きます。


 生憎、私はどちらの国の人かは見分けることができませんでした。強いて言うなら、中国語の方が少し話すのに詰まっていたので日本の方かな…? という結果でした。

 早々と結論を出した私は、そのままスタッフさんの指示に従ってその場で受け取った同意書の記入を進めました。


 「お母さんとお父さんの住民票はありますか? 」


 カウンターから聞こえたその声に私は反射的に手を止め、顔を上げました。

 印刷してきた住民票は。父と母の住民票は用意していなかったのです。


 このとき、私は初めて「記載省略のされていない住民票」の意味がわかりました。

 この言葉は正しくは、「記載省略のされていない家族全員の住民票」だったのです。おそらく、台湾に行く私と両親の住民票だと思うので、兄弟がいる方は弟さんや妹さんの住民票までは必要ないと思います。


 同時に、私は坂道を登る前にセブンがあったことを思い出しました。


「今すぐに印刷しても間に合いますか? 」


 無意識に言葉が口から飛び出していました。優しかったスタッフさんは、「今からでも間に合いますよ」と穏やかに口調で私たちに言ってくれました。


 まさかの領事館にまで来たのにコンビニダッシュです。家族全員の住民票となると、母のマイナンバーカードが必要でした。

 その場で母のマイナンバーカードを掻っ攫い、私は全力で坂を駆け下りてコンビニダッシュをしました。


 正午の太陽はそれはもう、まるで鍋の中で蒸されているのかというくらいに暑いです。しかも、いくら道があるとはいえ山の中なので虫もいるわけで……

 おまけに太陽の高度の関係上、道に影がまったくできなかったので、坂を半分下ったところで汗だくです。

 どれほど息が切れていても、止まることは許されない状況でした。元々坂を下っている状況だったので止まろうにも方法はなく、私は勢いそのままにどんどん駆け降りていきました。


 セブンがある大通りに出た時に勢いを殺すためにつま先に力を込めてブレーキをかけたときは、足の爪が剥がれたかと思うくらいに衝撃の強いものでした。剥がれたかったので良かったです……

 

 駆け降りるのに使った時間は計り知れないのに、セブンにいた時間はおそらく1分ほど。

 労力と報酬が見合ってねぇ!! 息切れしている私の口からそんな文句も発せられることはなく、印刷が終わるとすぐにセブンを出て坂を駆け上がりました。


 これがまた言うまでもないくらいにすごく大変!!

 おおかた、坂を下る時と同じようなものなので8割がた割愛させていただきますが、唯一言えることはやはり登るときは下るときの比じゃないということです。


 少し勢いをつけて走っただけで打ち消されてしまい、私はすぐに徒歩に切り替えました。このままだと熱中症になりかねない……と内心、愚痴を吐きつつ、セブンで何かジュースも買っておけばよかったと後悔に苛まれながらなんとか帰還。


 本当は飲むつもりのなかったウォーターサーバーの水を紙コップ3杯分、たっぷりとゴクゴク飲み、体力が回復した頃には全ての申請に必要な手順は完了していました。


 どうやら両親は私を待っていたようで、私が立ち上がるや否や、出口に向かって行き、なにも知らない私は「なにごと!? 」と急いで両親の背中を追いかけました。

 お世話になったスタッフさんに感謝を告げ、私たちは領事館をあとにしました。


 これは後々判明したことなのですが、どうやらスタッフさんはみんな12時からお昼休憩に入るようで、私が戻ってきた頃には時計の針は一度重なり終わって新しい一周を始めていました。

 本当に優しいお方でした。私たちが去った後も午後の部があるのかと思うと、なおさらです。


 予期せぬハプニングも発生しましたが、無事、この渡航証申請は完了待ちの状態となりました。

 人生、やっぱりいくら準備しても突発的な問題が発生してしまうものだなぁとしみじみ思いました。そう考えると、お盆休み前の先生の予備のコピーを用意するという判断はこの事態をも見越していた……?


* * *


 次回、エピローグです。無事に申請を終え、帰路に着いた私。

 肝心の渡航証はいつ届くのか? 最後の最後にまさかの事実発覚!?

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