第8話(下)

…嫌な夢を見た気がする。

なんか、女の人と男の人がいて、僕のことをあやしていて、僕は小さくなってゆりかごの中に入ってたんだっけ。

それで、気がついたら、男の人がいなくなってて、女の人が泣いていて、その人も消えていって……また気づいたら、たくさんの人が僕を見下ろしてたんだ。

あそこの施設の人たち、子供たち、口裂けのあの子。

そのひとたちは、消えやしない。

みんなみんな、笑うんだ。気持ちのいい笑いじゃない。みんな顔が歪んでいる、楽しそうに、赤ん坊のままずっと成長せずにただ寝ることしかできない僕を嘲笑っている。

僕は、反撃する。

悪い人たちだ、と。

悪い人たちは、ここにいちゃ駄目なんだよ、なんでわからないんだろう

、、、って、僕は思う。

そしたら、


パアン


って、みんな、はじけた。

みんなみんなみんなみんな、ブクッと膨れて


顔が

腕が

身体が

足が


バラバラ弾けて。


肉を

骨を

筋肉を

腸を

撒き散らして、


血。

僕の上にシャワーを浴びせる。


最初、僕は、幸せな気持ちでそれを見てるんだ。

幸せ。

幸せ。

幸せ。

幸せ……

……本当に?


突然、僕は成長する。そして、ゆりかごが耐えきれずに壊れるんだ。

やっと脱出できた僕は、その最早残骸と化した人達の体を拾い集めて、くっつけようと躍起になる。けれど、もう遅い。ただグチャグチャと気味悪い音を立てて、それは僕の手からベチャッと鈍い音を響かせて落ちてゆく。

僕は、それを見ている。僕が僕を見ている。

表情は、何もない。そりゃそうだ。顔の部分がくり抜かれているのだから。

何も、感じない。空っぽで、何もない。

そして、僕の体も…………


バアアアアアアアン パアアアアアアアアアアアアアアアアンン バッバンッッッッッッバアアアアアアアッパパパンンンン


「…それは、変わった夢だね」

…………。

状況説明。

壁。

床。

天井。

周りに所狭しと並んでいるベッド。

みんな真っ白。

空間の中央、向かい合っている真っ白な椅子。

そして、そこに座っている僕と、あの男。

男は、相変わらずくしゃくしゃの髪がのぞくペレー帽を被り、ニヤニヤとなんとも下衆な笑いを顔に乗せている。

っていうか、さっきから僕は一言も話していない、なぜ僕の夢のことが分かるんだ。

「ああ、僕は人の頭の中が見えるからね。」

厄介な能力だな。

「おいおい、そう言うなよ〜仲良くしようぜ。カイ。これから俺たち2人きりの生活がスタートするんだから」

は?

何を、言って……

「言っとくけどさあ、僕は君をこれからどうしようとかするつもり全くないからね。」

…嘘つき。じゃあなぜこんな汚い子供を風呂にも入らせず着替えもさせず血まみれのまま椅子に座らせてんだ。

嘘つきなんだよ。みーんな、みーんな、鼻が長く伸びてるんだ。

「……全く、だいぶ拗らせてるねえ…そうかそうか、あんなところに5年くらい監禁されてたんだっけな?そりゃ性根が腐ってても仕方ないよなあ。」

……………………………………………。

「あのなあ、念のため言っとくけど」

男は、話す。

まるで聞き分けの全くない子供をあやすように。

「お前が世間に冷たく背を向けられたって、お前はそんなもんに合わせる必要なんてn」


『るっせえんだよ!!!!』


勝手に、絶叫してた。

止まらなかった。


『もう黙れよいい加減にしろよふざけんな!

何1人でべらべらべらべら喋くってんだよキメエんだよやめろ!

そんなこと言ったって、僕はもう変われないんだ!!変われやしないんだ。なのに、なのに……』

体だけが動いた。いつの間にか立ち上がって、さっきまで座っていた椅子を蹴飛ばそうとした。なのに、惜しくもずれ、足は宙を舞うだけに終わった。

『……ジロジロ見てコソコソ言い合って気にするくせに、僕が関わろうとしたら一斉にみんな目を逸らすんだよなんなんだよ!?

なんで放っておいてくれないんだよ!!

そんなに僕のこと気持ち悪いかよ、だったらそのまま無関心でいて欲しいんだよなんで誰もそうしないんだ!!!!!!』

男の顔がぼやけて見えた。自分の目から生暖かいものが流れていることに気づくのに長い時間はかからなかった。

『…あんたもそうなんだろ!どうせ僕のことなんか「異常」なガキだとしか思っていないんだ、そうだ、そうに決まってる!!!!」

勝手に流れた水は、顔にへばりついたまま。なんて未練がましいんだ。

怒鳴れば怒鳴るほど、冷たく凍るように、僕の頬を刺激する。

『もういいもういい、もうどうs』「ガキ」


一瞬。


静寂。


…………え?


「てめえが俺の気持ちを決めんなよ。」

右手に銃。銃口からは細く、煙が出ていて。

もう下衆な笑いは、ない。

左耳が妙に、熱い。恐る恐る当てようとした手は、宙を舞う。

耳があった場所は、ただの真っ赤な泉に成り果てていた。

血が、あとからあとから流れる。

どくどくどくどくどくどく。

だくだくだくだくだくだくだくだく。

「目上の人の話には一言一句、聞きもらさないこと……ガキの常識だろう?なあ?」

…………嘘、だろ…銃声が、一切……しなかった………。

痛みは、なぜか感じられない。

怖い。逃げたい。

僕はこの時初めて、本能というものに従った。

だが少し焦り過ぎたようだ。踵を返すのも忘れた僕は、さっき倒し損ねた椅子の足に躓き、勢い余ってそこに座り込む形になった。

そして、また。


「ばああん。」


今度は、聞こえた。

おどけて歪めた男の口から発せられる銃声

と。

足一本を無くし、バランスを崩して僕もろとも粉々になる椅子のすさまじい音が、同時に反響した。

見えた。

銃口が火を吹いた椅子の方に向けられるのを。

「ガキっつうのは本当に弱え生き物だよなあ、結局はオレのような大人に従うことしかできねえ、力では到底敵わねえ……本っ当に、可愛いよなあ」

声、が……で、ない。

口を開けたが最後、男に一瞥されて、何も、出てこれない。

怖い。

怖い。怖い。怖い怖いいいいいい怖怖怖怖怖怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐恐恐恐恐恐恐恐恐恐恐恐恐怖恐恐恐あああああああああああああああああ恐!!!!あ!!!!!!!!ああ!!あああああああ!!!!!!あ

助けて。

誰に?こんなところには、誰も______

「だからあ、俺を頼れって言ってんだろお?全く使えねえガキだなあ………」

『あ、じゃ、、あ、、、どう、すれば、いいん…………だ、、、、よ』

「あ?」

僕は、今にも耐えそうになる呼吸の隙間から、やっと声を引き出す。

『こんなんじゃ、、もう手遅れ、、、、なんだよ。なあ、『大人さん』。いくらアンタが僕をわかってくれたって、奇跡みたいなもんでしょ、、そんなの、、、周囲を騙しても、良かったのに、、、なのに、なんでだろうなあ。』

何をいっているんだか、自分で自分がさっぱりわからない。

さっきはあんなに怖がってたくせに。

だけど。

『僕というのはああいうのが好きだってことを偽ることは絶対に嫌だった、、、、僕は、ありのままで、


『普通』でいたかったんだ


でもね、、、できそうにないんだよ、、もう。

周囲から否定されたら、例え自分自身が生きたいと、思っていても、心が折れてしまうものなんだ。だから、もう、、いいんだよ。

もし、、アンタが、、それでも承知しないって言うなら、、、、、、頼む。』

もう、いっそ。この世から。


「僕を殺してくれ」


こんな自分はもう嫌なんだ。

もう、、、、消えたい。


「………………………………………。」

僕のそんな慟哭は、果たして、真顔で押し黙る男の耳にちゃんと届いたのだろうか。果たして__________________________________

「分かった。お前の言いたいことは、十分過ぎるほどわかったよ。」

男___イノリは、言う。

言う。

言う。


「私が君を、殺してあげましょう。」













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「普通」になりたかった少年の話。 はっこ @aihakana

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