第7話
あの時、生まれて初めて綺麗だと感じた。
あの小さな蟻を、何の気なしに踏み潰した時のこと。
今まで生きていたものが、命が消えるまさにその瞬間、
もがいて、
抗って、
縋ろうとして、
目を潤ませて、
そして、光が消え、ゆっくりと、息をしなくなる。
なんて、美しいんだろう。そう感じた。
もう死ぬことがわかっているはずなのに、最期の最後まで必死に生きようとする、その姿勢は、今まで見てきたどの光景よりもただ、
未練がましくて、
執念深くて、
寂しがり屋で、
哀しくて、
そして、とても儚くて、美しい。
「普通」の、否、「はみださなかった」人たちは、ずっと勘違いをしていた。
彼は生き物を殺すことが好きなんだと。
違う。いや、違わないかもしれない。だけど、
僕は
僕は
僕は
僕は
『生』が一番煌めくところを、ずーーーーっと見ていたかったんだ。
…………なのに、やっぱ周囲の評価ってさ、小さくても大きくても、言われたら相当なものなんだな。
小さな子供が好きだった。
ずっと、何も知らないでいたかった。
ずっと、無知で、生意気で、我儘で、未熟で、
それでいて、純粋で。
何も感じず、何も知らずに生きていければどれだけ楽だっただろうか。
だけど、時は残酷だ。この世に不老なんてあったもんじゃない。
僕はだんだんと、『知って、しまった。』
本当は全部知ってるよ。
僕の行為は、周りから許されることじゃない。絶対に認められない。
それは、必ずいつか僕を自滅させてしまうダイナマイトだってことも。
このままじゃ、僕はそのスイッチを完成させてしまうだろうってことも。
全部。全部。全部。全部。
知ってるよ。
だけど、やめられない。やめられるはずがない。
だって、あんな儚いものを手放すなんて、そんなの「死ね」って言われたことと同じだもん。
そう、「死ね」ってね…………
そんなこと言う、お前が死ね、僕だって死ね。
でも言えない。なぜって?
…………あれ……?喋るって、どうやれば……いいんだっけ………?
………………あと、どんぐらいここにいるんだっけ。
もう太陽の光なんてここに来ない、薄暗く湿った空気が好むだけの部屋。黒と赤の絵の具のようなものでドロドロに汚れたマット。朽ち果て、バラバラになったまま濁ったマットの上に放置されているありとあらゆる幼いおもちゃ。天井には、ヨーヨーの糸で首を吊り、切れて首だけにもなっている可愛い人形やぬいぐるみ達。赤い血で乱雑に落書きされた模様の壁。無数の鋭い引っ掻き傷が乗っかっている鉄の扉。バキバキに折れ曲がっている小さな扉の鉄格子。何やら腐ったような匂いも充満している。
そしてそしてそしてそして…………
部屋の隅で、上を向いたままぐったりとしている僕。
おそらくこの場で一番壊れているのは、僕だ。
全部、全部、わかってるよ。
……なのに、なんで。なんで誰も気づいてくれない。
わざわざ口に出して言わないと、永久に理解されないのかな。
大人だって、子供だって、口裂けになった、あの子だって、みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなn……
誰か、来て。
助けて。
助けて。助けて。助けて。
「……んぁあすくっぇってえぇぇ………………………………………………………」
ギイイイイイイイ……バタン。
『おい、出てこい』
…………「んぁぁあんだぁ、よぉぉぉ」…………
『お前に会いたい奴がいるそうだ』
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