第6話

僕の名前は快。

はっきり言おうか。ぜんっぜん読めない。

でもみんなはカイくん、カイくんと僕のことを呼んでるから、多分『カイ』っていうんだろう。

まあ、別にどうでもいいことなんだけど。

「っていうかさあ…もう出して欲しいんだけど」

返事はない。

僕は今、この『異常』なところにぽつんと体育座りをしている。

空間、ていうか、遊び部屋っていうか。

天井は、無理に太陽を誘ってみました、みたいな感じがどうしても歪めない青ペンキで塗った青い空。所々ペンキが塗られていないところは白い雲かも。

下を見ると、すごく明るい色のマットがいっぱい敷き詰めてある。

でも、中でも『異常』だと思っているのは、随分と高いところから入ってくる、焼けるように暑い暑いお日さまの光に、沢山の黒い縦の線が入ってるってこと。

あの窓、牢屋みたいだな。なんだっけ。『てつごうし』だっけ…

あ、言い忘れてたけど、この派手なマットの上にはね、おもちゃの死体が散乱しているんだよ。

それもそのはず。僕がついさっき、散らかしまくって、この冷たい壁に叩きつけまくったんだから。「うるさい」って声が外から聞こえるまで、ずっとやめられなかったんだけど。


あーあ、つまんないなあ。

こんなおもちゃの死に様なんて、見たくもなかったのに、今の僕にはそれしかないみたい。

「しかたない、言葉遊びでもしよっと。」

僕は立ち上がる。そして、唱える。

「ヨーヨーのちぎれた糸は、バラバラになったあの子の神経と同じ形です。」

僕は周りと違うんだって。

へええ、

それで?

「ミニカーのひび割れてバラバラになった残骸は、あの子のボロボロの骨です。」

悩まないの?

何が?

悩むことなんてなあんにもないくせに?

「お人形さんのバラバラにちぎれた白い綿は、あの子の柔らかい腑そのものです。」

このままでいいの?

別に。

周りがどうとかなんて、知ったこっちゃねえよ。

「バラバラグシャグシャな人生ゲームは、誰にも認められない僕の全てです……」

ずっとそう生きていく気なんだ。

……うん。

まあ、誰にも認められないんだったら、僕なんて死んだ方がマシ…


え?


何を言ってるんだよ、僕。

僕はもうこのままでいいんだよ。周りなんて、構うものか。

僕の「好き」は誰にも変えられやしない!!!!

誰も、口を挟めない。挟ませやしない。そうさ、誰も………


(君は、おかしいよ!)


 

「黙れえ!!」


今にも狂ってしまいそうな音が部屋中に振動した。

それが、自分が出した音だという驚愕の事実を知るにはさほど時間はかからなかった。

本当はどうせ気がついてんでしょ。もう意地張んのやめな、赤ちゃんじゃないんだし。

せせら笑う声が、顔が、昨日怒鳴ってきた10歳の、しかも同い年の子にひどく、気持ち悪いほどにリンクして……止まらない。


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れだまれだまれだまれだまれだまれだまれいい加減にいい加減

にいい加減にいい加減にっしろお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


僕は、何度も何度も何度も何度も足を腕を頭を顔を肘を膝を


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドオオオオオオオオオオンンンンンンンンンドカドカドカドカドカドカドカドカガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガアアアアアアアアンンンンンンンンンンと


冷たく、固く、何もない、空っぽな壁に叩きつけた。


壁は、微動だにしない。さっき地団駄をした足だって、結局は自分が痛いだけ。

なんの感情も持ち合わせず生きてすらおらずただ自分の役割を全うするだけの、氷よりも冷たい無異質な物にいくらあたったって、何にも変わらないんだ。

僕、まだまだ赤ちゃんだったんだなあ、そんなことも自覚できないだなんて。二桁の年齢にまでなってさあ。

「うるせえ!!」

僕は叫ぶ。全然成長できない僕は、ただ喚くことしかできない。

体が勝手に動く。

僕は散乱する当然物言わぬ死体を思いっきり投げつけた。壁にドアにてつごうしの窓に何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も叩きつけた。

途中でどうやら死体が今になって息を吹き返したらしい、一つが跳ね返って僕の素足に体当たりしてきた…かまうもんか!!!!

ああ、いやだ。嫌だ嫌だ。何でこんなに息ができない?自分の好きを愛するだけで、なぜこんなに生きづらいんだ。

「僕は異常じゃない僕は普通なんだ僕は間違っちゃいない僕が全て正解なんだ僕は狂ってなんかいない僕は正常なんだ僕は僕は僕が僕は僕は


『うるさい!』


突然、また大声が部屋中を振動させた。

ただし今度は、施設内の大の大人の「普通」の声だった。ドアの上の方にある開閉式の小ドアから目だけがこちらを睨んでいる。

鬼だ。鬼がいる。直感がそう告げた。

少なくともそうとしか思えなかった。

鬼は、こう叫んだ。


『いつまでも未練たらしく喚いてるんじゃありません!!いいですか、私の言うことをよく聞いてください。私達はあなたをこのまま閉じ込めておくつもりは毛頭ありません。』

じゃあなんで今閉じ込めてんだよ。ふざけんな。

『これだけは覚えておいてください。あなたは、まだほんの10歳の子供で、あなたには未来があるのよ。でも今のあなたじゃ、周りの社会の中で幸福に生活していくにはかなり難しい状態なの。』

…あ。

『だから、あなたはしばらくこの部屋で、人や動物と離れて過ごしてほしいの。もちろん、あなたの望みなら…血や死骸以外なら…なんでもあげる。カウンセラーも用意するから、好きなだけ言いたいことを言って、自分の心に向き合って。』

あーあ。

『約束よ。』

鬼は、去ってった。


僕は死刑宣告をされた。

今のままじゃ、生きることすら、難しいんだってさ。

あーあ、あーーあ、あああーーーーーーーーーーーーーーーーああ、あーあ…………

……痛い。

今更のように、さっきおもちゃに体当たりされた裸足から血が出ていた。

血。

血。

血。

なんて、綺麗なんだろう。

またあの子たちと「遊び」をしたいのに。


僕は、またドアに近づいた。爪を立てる。

出せ。出せ。出せ。出せ。出せ。出せ。出せ。出せ。ここから出してくれ。

また体が、いうことを聞かなくなってきた。

好きは、周りの顔色を窺ってやらなくちゃいけないの?

そんなのはもう、嫌なんだよ。

人がやられて嫌なことは、相手にしてはいけません。

そう教えてくれたのは、どこの誰?

爪が剥がれてきた。


ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

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