第8話(上)

男の第一印象。

黒いペレー帽からビョンビョン出ている、かなり癖のある真っ黒な髪。よれよれのグレーのコート。焦げ茶色のズボンと靴。凄まじい違和感を放つ程綺麗に整えられた短い顎髭。


僕の第一印象。

伸びっぱなしの真っ黒な髪。よれよれのサイズが合ってないグレーのシャツ。茶色く薄汚れた、やけに白い顔。焦げ茶色に変色した血まみれのズボンと靴(爪の怪我が痛い時はズボンの裾で拭き、靴も床の血で汚した)。凄まじい違和感を放っているとよく言われる、赤い瞳。


似てる。


と思うだろうか。だがその男は、ずっと人と本気で向き合ったことがなかった僕には救世主というより、ここにいてはならない「異常」な存在にしか見えなかった。

そう、類人猿や宇宙人のような。

とにかく、そんな奴が、力無く座り込んでいる僕をニヤニヤ笑いながら見つめている光景は「異常」なものだと読み取れた。

……………逃げなきゃ。

ずっとボロボロな肉体の繭に閉じ込められてきた本能がそう告げた。でも、長い期間座りっぱなしだった身体は思うように動くわけがない。やっとのことで立ち上がり、出口の人と人の隙間から逃げようとしたが、次の瞬間、僕は宙に浮いていた。

その男は、僕のシャツの首根っこを鷲掴みにした片腕を緩めずに声を吐き出した。

「…本当に、彼は15歳ですか?」

『はっ、はい!そうです!だから、小さくても、そいつは危険で……』

「危険?どこがです?はっきりとこの目で見たんですよ。どう考えても10歳ぐらいの体型ですよね。こんな痩せ衰えて弱々しい子供を5年間放置していたんですか。」

切れ長の目をゆっくりと細め、男はさらにその目の動きと合わせるように言葉を続けた。

ヒトコワって、笑顔なのに目がちっとも笑っていない人こそ適している、と思えるほど、この時の僕は「異常に」冷静だったのはなぜだろうか?


「この、ひとでなしが。


二度とこの子に関わらないでください。」


どんな強い感情を込めた声であっても、男の馬鹿丁寧な声を前にすれば全て無駄になるだろう。それほど男は他の人達とやけに『違って』いた。

あっという間に施設の職員達を黙らせ、気がつくと男は僕を両手で抱え込んでいた。まごうことなきお姫様抱っこだ。逃げようとしても、片腕だけでも腕力が「異常」に強かったから、両腕で抱えられているのだから尚更無理な話だ。



「この子を引き取ります。」



僕の意識はそこで一旦途切れている。


…救われたって?

とんでもない。

僕の本物の地獄は、これからだというのに。

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