第4話
彼に邪気はなく、子供の無邪気そのものが『たまたま』歪んだ形で現れただけだということは、鋭い貴方ならわかるでしょう。
しかしながら、彼のその悪気なしの行動こそ、「普通」の人達に畏怖され、異質なものとみなされる対象になるには十分すぎるくらいでした。
このままだと駄目だ…
あののまま放っておくと将来絶対殺人鬼ですね…
しかし、まだ10歳にも満たない子供だぞ…
だからなんだ、子供を教育し、立派な大人にさせることが我々の使命だ…
私たちが、なんとかせねば。
施設の職員たちは、そういう正義を燃やすことで団結し、彼を徹底的に「普通」にさせるべく努めました。
血眼になってありとあらゆるカウンセラーを探し出し、彼のその「異常」な『好き』をなんとしてでも消すべく尽力しました。
でもね。彼も天邪鬼なもので、そうやられればやられるほど彼の思いはますます治るところを知りませんでしたよ。
いやあ、彼ら彼女らが必死の形相で駆けずり回っているところは相当な見世物だったなあ…………
……ああ、ゾクゾクしてたまりませんねえ。
そういう彼が、とうとう同級生に刃を向けた事件を想像するだけで。
ああ、私もそこの施設の子供だったらよかったのに!!
…実は、今まで彼に恐れ慄いてきた子供達の中に、一際勇気が有り余り、正義感も人一倍強い子が一人いましてねえ。まあ、そういう奴は集団の中で必ず一人はいるものなんですが。なんとそのガキは、彼に直談判しに行ったんですよ。
全く、ソイツは本当の大馬鹿者です。
あの時の彼に、常識なんてのが通じるわけがないのに。なあんにも分かっていないくせに!!!!
ねえ、[ ]くん、もう、やめようよ。
みんな困っているんだよ。
ああいうことは、確かに[ ]くんが好きなことかもしれない。
でもさ、もっと周りの人がどう思ってるかよく考えて!
はっきり言うよ。
君は、おかしいよ!
華々しく飛び散る血飛沫は、まるで強風で儚く散った薔薇の花びらのよう。
けたたましい悲鳴は、まるで猟犬に仕留められた獲物の断末魔のよう。
汚された床は、まるでずっと閉じ込められていた汚いドロドロの液体が漏れて作られた、誰もが迷惑だと感じることしかできない跡のよう。
もう、最高ですね。それらは私の理想の庭そのものなんですから。
雲一つない真っ青な空。
全てを薙ぎ倒すような強風が吹き荒れる中、一面に咲き誇る真っ赤な薔薇たち。
当然、舞い散る真っ赤な花びらと、凶器そのものである鋭い、無数のトゲ。トゲ。トゲ。晴れてるくせに、グジョグジョにぬかるんでいる真っ黒な地面。
そして、その中を、『狩られる側』であるキツネやウサギ、シカ、クマという獣たちが、はしゃぎ倒している。
何も知らない、無知で、哀れな、自分の存在を主張したら、人に結局は倒される運命しかない野生動物たち。
例え、自分のその身が薔薇のトゲでズタズタに切り裂かれ、血まみれになり痛みに悶えようとも、彼らは笑っていられる。なぜか?
それは、彼らの口元が、常に笑っているように、耳まで切り裂かれているから……
… … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … …おっと、すみません。うっかり、自分のゾーンに入ってしまいました。
…そんな引いた顔しないでくださいよ、傷つくじゃないですか。
で、話を戻しますと、彼と、あのガキはなんとか施設の大人たちに引き離されました。
あの勇敢な子供の口は、笑っているかのように切り裂かれていました。
そして、取り押さえられた彼の顔には、いつもと違ってあの笑みは一欠片も見られず、完全な、どこか怒りに満ちた無表情で。手にはドロドロになった赤いカッターナイフがしっかりと握られていました。全く、どこからそれを手に入れたのか……
じゃあ、君もおかしいんだね。
そうやって、自分の狭い常識からはみ出た人間の悪口をただ言うことしかできないんだから。
かわいそう。
こんなに気持ちが熱くなったのはほんと久しぶりだよ…
君たちは、ただ、君たちだけの安全な場所にこもって、そこでぬくぬくして、無知なままで笑い合うだけで良かったのに。
なんで知らんぷりしなかったの?
そういうのはね、自分から飛び込むなんてそんな馬鹿な話あっちゃいけないんだよ。
僕はそう思うな。
まあ、これで君はいつまでも笑ってると周りに認識されるよ。
よかったね。
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