第2話

「それでですね、私としましては助けてもらいましたお礼に何かさせて頂きたいのですが。浅村さんは何かご要望ございますか?」


 場所は移って、駅近くのホテルのカフェレストランにて。

 東雲和佳奈と名乗ったさっきの女性とその執事駒井、朔太郎は数多あるスイーツに舌鼓を打っていた。

 この時期はメロンを筆頭とした緑色をしたフルーツを使ったスイーツバイキングをしているということで、元々和佳奈らはここに来る予定だったという話である。

 

 東雲グループと言えば、まぁ名の知れた会社で、そんなところの娘だったら家でスイーツバイキングが出来るだろうに……なんて朔太郎は思うが、和佳奈にすればここで食べるのが重要なのだと言う。


 ——まぁ、そんなもんなんかね……俺ら庶民にしちゃぁ判らんが。


 内心そう思いながら、朔太郎は空いていた腹を埋めようと、メロンのショートケーキとやらを食べる。


「俺としては、ここの料金を奢ってもらえるだけで多すぎるお礼をされてるんですけどね」

「そういう訳には参りません!」


 そう言って、朔太郎と同じメロンのショートケーキをナイフとフォークで上品に食べる様子はまるで朔太郎と違う。

 ここで、変な気を遣ってしまってガチガチに緊張してしまうのが、普通なのかもしれないが、皿に所狭しと置かれたケーキと見れば朔太郎がその"普通"に当たらないのは言うまでもない。

 ショートケーキどころか、次にとったタルトまでもが消え去ろうとしている。


「お嬢様、お紅茶のお代わりをお注ぎしましょうか?」

「それをするのも、バイキングの楽しみってものだと思いますけど……?」

「それは失礼しました」

「い、いや、大丈夫ですけど、駒井さんもお食べになったらいいですのに」

「そんな、わたくしごときがお嬢様と同じテーブルで、という訳にはございません」


 駒井は和佳奈の斜め後ろにずっと構えている。

 そこにいたら通路の邪魔に何るんじゃ……? と朔太郎は思っていたが、人が通る時はいつの間にか邪魔にならない位置にいるので、執事というよりかは従者、忍者みたいだな、という結論に落ち着いた。


「別に私があの男性に絡まれたのは、駒井さんのせいじゃありませんよ?」

「……!」


 どうやらこういうことらしい。

 当然といえば当然のことだが、和佳奈は専属運転手(執事付き)の車の送迎で大学に通っている。

 それがどうしたものか。

 何が原因かは知らないが、その送迎車が渋滞に巻き込まれ、ケーキバイキングの時間に間に合わなくなったので、執事のみが迎えに来たという訳だ。


「しかし……」

「それに、駒井さん。言っちゃなんですけど、ここの価格は駒井さんの分も入ってるんですよ。もったいないじゃありません?」


 そう言って微笑む和佳奈。

 これこそが鶴の一声。駒井を席に座らせるには十分だったらしい。


「では、失礼して……」

「ええ、遠慮せず食べてくださいね」


 なんか、思っていたお嬢様と違うな。そんなことを思う朔太郎だった。




「良かったら、今日うちにいらっしゃいませんか?」


 ブゥゥゥ……と朔太郎は漫画のように吹くかと思った。

 すんでのところで抑えることが出来ただけ、上出来といったものである。

 大企業のご令嬢の前でバクバクと食べる朔太郎でも、それくらいのマナーは兼ね備えている。


「お嬢様、流石にそれは……」


 先に予定も聞かず、失礼だとか、当主様が云々と何とか駒井が抑え、


「そうですね、失礼しました……」


 和佳奈はみるみるシュンとしてしまった。


「でも、何かお礼はさせて頂きたいですし……」

「いや、大丈夫ですって、お心だけ頂いておきますよ」

「いや、そういう訳には……。

 あ、駒井さん。何か思いつきません?」


 泣きつかれた駒井は困ったような顔をしたがこう答える。


「別に今、決めなくてはいいのでは?

 連絡先を教えていただければ、お礼は後日ということでも可能です」

「駒井さん、ええこと言うなぁ」


 ——むしろ、なぜ気付かないお嬢様。


「浅村様、問題ないでしょうか?」


 ——いや、駒井さん、顔が聞いてないですよ。『大丈夫ですよね!ね!』って感じ。まぁ、東雲グループのご令嬢の連絡先なんて知りたくても知れないようなもんやしな。

 悪用する気はないけど……。


「俺は大丈夫ですよ」


 内心では散々なことを考えておいて、スマイルを浮かべる朔太郎。

 それを見て、和佳奈の顔がパアァ……と明るくなる。


 ——いや、単純かよお嬢様。


「では連絡先を……!」


 ラインを交換したいらしいが、朔太郎に見せている画面はスタンプとかが入手できるショップ画面。


 ——う〜ん、俺の連絡先はラインポイントか何かで買えんのかなぁ〜?


「お嬢様、僭越ながら開かれているのはショップ画面かと、連絡先を追加するにはQRコードを出すか……」

「う〜ん、えい、えい! 駒井さん、こうですか?」

「ええ、今私の連絡先が削除されましたね」


 ——あの執事、涼しい顔でサラッと面白いこと言うな。


「もう!駒井さんがやって下さい!」

「……はい、出来ました」


 ぶすぅとなった和佳奈がスマホを駒井に押しつけてからコンマ数秒。


「……ぁ、ありがとうございます……」


「どうですか、メッセージいきました?」

「ええ、来ました来ました!」

 

 やっとのことで連絡先の交換が終わり、朔太郎が試しにメッセージを送ってみたのだが、和佳奈はというとまるで誕生日プレゼントを貰った子供のような喜びようだから、


 ——やっぱ、お嬢様って感じじゃねぇな。


 朔太郎がそんな思いを抱くのも無理はない。


「お嬢様、ご歓談の最中で恐縮ですが、そろそろお時間です」


 席の利用時間が迫っていたらしい。


「あぁ、そうですか……」


 そう言って、スマホの画面を落とす前、朔太郎にはチラリと見えた。数件しか登録されていないラインの友達一覧。

 駒井、谷山、岡、……。苗字だけの登録が多い。その中にAsamuraの文字。


 ——やっぱ、お嬢様、か……。





 だが、どうせこの連絡先を使うのはほとんどないだろう。

 朔太郎はそう思っていた。

 そう、連絡先を交換した日の夜、和佳奈からの通知が来るまでは。


















 『浅村さん、私と付き合ってみませんか?』

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