3 藍浦鞍馬という男

 

 「よっ、今日も朝からお熱いね!」

 

 引き続き早朝のクラス内。スヴェータと入れ替わるようにしてやってきた男子は、そんな心にもないことを言って肩を叩いてくる。

 この男、名前を藍浦あいうら鞍馬くらまといい、僕がこの高校に入ってから初めて出来た友達だった。

 ニヒルな笑顔を浮かべては、なおも肩をバシバシ。朝からこれだとさすがにうっとおしい。


 「熱いのはそっちだからね。というより暑苦しい。もうちょい離れてほしい」

 「おいおい冷めてんなー。『氷の女王様』から氷でも恵んでもらったか?」


 呆れたように息を吐いて、前の席に座る鞍馬。若干拗ねた様子の彼を無視して、カバンから教科書を取り出していく。

 ちなみに「氷の女王様」というのはスヴェータにつけられた愛称、ではなく異名というやつだ。

 切れ長の目元から覗く氷のような視線と、近寄りがたい雰囲気から、いつしかそんな呼び方をされるようになっていた。

 本人が知ったら嫌な顔をするだろうが、おそらく知らないはずだ。僕の口からは伝えてないもの。


 チラとスヴェータのいる方に視線をやれば、彼女は自席で黙々と手を動かしてるよう。勉強だろうか?


 「そもそも、氷の女王様とか言われてるけど全然違うから。彼女、日本語がわからないだけで、話してみると意外にフレンドリーだし」

 「そりゃ聞いたけどさ。ロシア語がわからん俺としてはいまいち想像つかんわけよ。やっぱ言語の壁は分厚いわー」


 両手で顔を覆いながら大げさにリアクションを取る鞍馬。確かに彼のいう通りだと思う。

 言葉でのコミュニケーションは人間にとって最も重要なものといっていい。話し手と聞き手が同じステージに立っていれば、最短で仲良くなれるツールだ。

 けど、言語に違いがある場合はそうもいかない。下手すれば最短とは真逆のルートを歩むことになる。

 笑顔で罵倒されてた、なんてトンデモ展開が待ち受けていたり? は、さすがにしないか。


 「だってのに紬季はすげーよな。ロシア語ペラペラだし」

 「いやぁ、ネイティブには程遠いけどね。最低限通じてるってだけ」

 「それでもすげーっての。なんかやってたのか? 昔、ロシアに住んでたとか、外国語教室に通ってたとか」

 「うーん、そういうんじゃなくて。父さんが特殊な仕事をしてるせいというか、巻き込まれた結果なんだけど」

 「ほーん、なるほどね。ま、そのおかげで氷の女王様のハートを射止められたんなら安いもんだろ」

 「射止めるって、僕らはそういうんじゃないから!」


 鞍馬にからかわれ、うっかり声を荒げてしまった。ハッとして周りを見やれば、クラスメイトたちがこちらを興味深そうに見てきて。

 そのなかにスヴェータの姿もあり、お互いの目が合ってしまった。軽く微笑まれてしまい、恥ずかしさやらなにやらで顔が熱くなってくる。

 慌てて目をそらした先、面白そうにこっちを眺める鞍馬と視線がかち合う。


 「(この悪魔め)」

 「お前いま、ロシア語で俺のこと『顔しか取り柄のないバカ』って言っただろ」

 「そこまでは言ってないよ」

 

 本当の意味は一生伝えてやるつもりはない。

 こういうときのためにロシア語を覚えてよかったかも、とちょっとだけ父さんに感謝しつつ、授業の準備を進めることにした。

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