第10話 女神 ルイSide(1)
「我々がルイ様に願うことはただ一つ。皇帝の息子である自覚をお持ちになり、もっと慎重な行動をとっていただきたいのです」
今日のダニエルの説教も長い。俺はあくびを噛み殺して、神妙な表情を保った。早く説教から逃れる必要がある。教育係のダニエルは、三十代ながら熱心な愛国者で、俺の教育補佐を担当することに生きがいを感じているタイプだ。彼の熱心な説教はあと何分続くだろう。早く終わって欲しい。
今日の計画は、弟と妹とやり遂げなければならないものだ。俺がいかなければ、あの二人は我慢できずに勝手に実行に移してしまうだろう。
全員が小学校に行く時代だ。皇帝の息子だからといって遊んで暮らせるわけではない。いつクーデターが起こるか分からない世の中で、皇帝の地位が安泰な訳がない。勤勉に広く学び、来たる自分の番に備える必要がある。
我が国に貧しい家の子がいないわけでもない。社会はまだ不安定で、労働者たちは苦しさに耐えている。
18歳の俺は、ルイ・ジョージ・ロクセンハンナだ。つまり、ロクセンハンナ家の末裔だ。皇帝の八男でしかなかった父が、先の皇帝が処刑されたのに端を欲した騒乱で皇帝の座につき、気づけば俺は次代の皇帝になると正式に認定された。
血筋からすれば、俺は確かに次代の皇帝だ。だが、俺にはもっと為すべきことがあるように思えて仕方がない。
12歳の弟アダムと11歳の妹ロミィがやりたいことはただ一つ。亡くなった母を救うこと。そのために、アダムとロミィはあり得ない力を欲している。
王立魔術大学は、ちょっとした魔力を扱える者を入学させている。しかし、皆に大きな魔力があるわけでもないし、教授にもあるわけでもない。産業革命が進むにつれて、魔力のある者が生まれること自体が減っているのだ。
憲法、数学、土地管理法、刑法、民法、経済、公衆衛生法、外交政策、農業、そういった一般の大学と変わらない教科が主となっている。
我が家系には代々伝わる家宝があった。家宝の中に、魔法の長椅子が2つある。ただし、それを操れる者はごく僅かだ。父も操れず、祖父も操れなかった。俺は八代ぶりに生まれた魔法の長椅子の操作者で、ブルクトゥアタと呼ばれる特殊な能力を有していた。妹と弟も操れた。
飛ぶ長椅子を皇帝の世継ぎが操作できることは秘密だ。長椅子を操作できるものが長い期間現れなかったために、長椅子の存在自体が架空の作り話だと思われている世に、改めて魔法の長椅子が実在すると広める必要はない。ダニエルですら知らない事実だ。
「分かりました。反省しています」
俺は神妙な顔をダニエルに向けた。反省している表情を保つ。
「いいでしょう、今後決してこのようなことがないように」
もはや何で怒られているのか、何で説教されているのか俺の頭の中は分からなくなっていたが、ダニエルから許してくれた雰囲気を感じ取ってほっとした。
ダニエルが静かに部屋を出ていくと、俺は素早く窓の外に出た。下の階のバルコニーに飛び降りちい、すぐさま地下にある秘密の部屋に急いだ。12歳の弟アダムと11歳の妹ロミィは学校の既定通りに長い髪を三つ編みにしたままで待っていた。二人とも王立魔術小学校に通っているのだ。今日は全身黒装束だ。
隣国の王立魔術博物館に忍び込むのだから、目立たないようにして全身黒づくめの衣装にしたのだろう。俺は二人がこっそり父の書斎から持ち出してきた地下の秘密の部屋の鍵を開けた。ここには何度もこっそり来たことがあるが、父を始め、そのことを知っている者はいない。
これから長椅子の力を使って兄弟3人で盗み出すのは禁書だ。
『時を操る闇の書』
閲覧禁止の書が隣国の王立魔術博物館にある。これを解読できるのは、選ばれし者のみだ。ルクセンハンナ家の末裔でブルクトゥアタであるという世にも珍しい能力を有する俺たち兄弟3人ならば、闇の禁書を解読できるのではないかとアダムとロミィが持ちかけてきたのは2ヶ月前のことだ。
俺たち兄弟は隣国の王立魔術博物館の見取り図を何度も確認して、頭の中に叩き込んだ。盗んだ後は、追手が追えないところまで一気に逃げる必要がある。隣国の闇の禁書を俺たちが盗んだとバレたら、外交問題に発展するはずだ。バレないように素早く事を実行する必要があった。
この2ヶ月の間、準備に準備を重ねた。俺が長椅子を使って隣国を偵察した。宮殿に忍び込み、国王や王妃や王太子の様子を観察したり、王立魔術博物館の警備の様子を確認したり、さまざまな諜報活動を行なった。
王太子の秘密を知ったのはこの時だ。弟や妹には、隣国の王立魔術博物館への最短飛行ルートと、警備の話しかしていない。
俺が把握できた限り、アルベルト王太子にはブランドン公爵令嬢の長女という19歳の令嬢が恋人として存在したが、裏では彼には既に2人も愛人がいた。
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