第11話 女神 ルイSide(2)

 1867年6月21日の早朝、俺とアダムとロミィは作戦を決行した。


 薄暗いうちに2つの長椅子に乗って宮殿を出発し、隣国上空を飛び、王立魔術博物館の警備が手薄な明け方を狙って侵入した。前の日に内から3階の高い窓を開けておいたのが功を奏して、難なく侵入できた。


 ほぼ魔術は使わず、魔術を使ったのは禁書の部屋の鍵を開けた時だけだった。俺が目的の書を探し出して盗み出し、その後すぐに王立魔術博物館を飛び出した。


 しかし、禁書自体に魔術がかけられていて、隣国に帰ることができず、ゴビンタン砂漠に竜巻で長椅子ごと飛ばされた。俺はアダムとロミィが長椅子から振り落とされないようにするだけで精一杯だった。


 砂漠に墜落した時、ワイン色の髪を靡かせた女神のように美しい女性が突然現れた。彼女のグリーンアイはとても美しくて、「女神?」と俺は思わず聞いた。死んでしまって、天国に行き、目の前に女神が現れたとその時は思ったのだ。


 次に目を開けた時は、砂漠ではなく、砂漠の中に建てられた邸宅の中だった。砂だらけで長椅子の上で気を失ったまま、俺たち3人は邸宅の中に運び込まれていた。誰がどうやって救ってくれたのか分からないと思った。


 この時、意識が戻る直前に俺は予知夢のようなものを見た。生まれて初めて見たもので、まるで現実であるかのようだった。


 気づいた俺たちは、丁重に執事とメイドにもてなされ、砂だらけの体を湯で洗い流せることができた。綺麗に洗濯された衣服を用意してもらった。アダムとロミィはお菓子とお茶まで振舞われて、笑みまで浮かべていた。言葉は二人とも皇帝の息子と娘として教育を受けていたおかげで、難なく話せた。


 執事の話によると、ソファに気を失ったように眠っている若い美しい女性が俺たちを魔力で家の中に運び込んでくれたようだ。


「ワインレッドの髪……もしかして、ブランドン公爵令嬢でしょうか?」


 俺はハッとしてレイトンと名乗った執事に聞いた。


「さようでございます」


 俺は最近知った王太子の恋人が、俺たち兄弟3人を救ってくれたと知ったのだ。俺は彼女をベッドまで運ぶ事を申し出て、メイドに教えられた通りに彼女が使っている2階の部屋のベッドまで運んだ。


 顔を赤らめてしまうほど、ガウンの下の彼女は無防備で美しい姿を晒け出していた。ナイトドレスから形の良い豊満な果実がはっきりと見えた。見てはならないものを見てしまったとドキドキした。


 皇太子である俺にはまだ婚約者がいなかった。周りはうるさかったが、俺が令嬢に興味を示さず、父を始め、皆がヤキモキしているのは知っていた。


 そんな俺の初恋は彼女になると直感した。


 彼女は俺の『女神』だ。間違いない。


 ただ、彼女は隣国エイトレンスの浮気者のアルベルト王太子にゾッコンだったはずだ。その彼女がなぜ死の砂漠と呼ばれるゴビンタン砂漠にいるのか、俺にはこの状況は謎が多すぎた。


 執事と2人のメイドたちに聞いても、誰も答えてくれなかった。


 ブランドン公爵令嬢が目覚めた時、彼女の瞳のあまりの美しさに俺は震えてしまった。彼女を抱きしめたくてたまらなくなった。


 彼女にアルベルト王太子の真実を告げて、彼女の気持ちを彼から離さなければならないと俺は思った。それは俺の打算かもしれない。だが、彼には彼女という存在はあまりに勿体なかった。彼女は無垢で才能の塊で、純粋で、美しかったのだ。


 俺は自分の濡れた髪の効果を知っていた。濡れ髪で彼女の耳に息を吹きかけるようにして、アルベルトの秘密を打ち明けた。


 これは俺が彼女を手に入れなければ生きてはいけないと予感して、思わず取った行動だった。予知夢から得た情報と、最近の諜報活動で得た情報の2つを彼女にささやいた。


「アルベルト王太子は亡くなり、あなたが君主にならざるを得ない」

 

「そもそもアルベルト王太子には愛人がいたんだ。宮殿の侍女と、あなたの親友だ」


 2つ目の情報が、彼女の心をアルベルト王太子から引き離す事を俺は願った。たとえそれが彼女を傷つけると分かっていたとしても、アルベルト王太子の醜悪な真実を俺は彼女に伝える必要があると思ったのだ。


 彼女は声をあげて泣き叫んだ。


 俺はベッドで髪を振り乱して叫ぶ彼女を優しく抱きしめた。


 俺の本名がルイ・ジョージ・ロクセンハンナであり、彼女から見れば、俺が隣国の次代の皇帝であることは隠したままで。

 


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