第8話 新たな連れ

 砂だらけで気絶した若い男性を運ぶのは困難だった。彼は非常に美しい顔立ちをしていた。砂だらけの髪の毛はブロンドだと分かるが、着ている服は元の生地がよく分からないほど砂まみれだった。


 かつて、執事のレイトンは、心臓が震え上がる経験をしたことあるらしい。つぎはぎだらけのスーツを着てアイロンのかかっていないヨレヨレのシャツを着た人をぞんざいに扱った結果、当人がジャーベンギッシュ公爵だったという経験だ。そのため、レイトンは身なりで人を判断しないと言うポリシーの持ち主だった。


 何とか彼を運ぼうとレイトンが悪戦苦闘し始めたが、私はレイトンを止めた。


「いいわ。私が魔力を使って運ぶから」

「待ってください、お嬢様。今ここにアリス様の邸宅を移動されたばかりではないですか。力を使い過ぎてはお体に触ります。無理は禁物だす!お嬢様の身に何かあれば、私は旦那様に顔向けできません!」


「何とかなるわ、レイトン。テレサ、真っ白なダマスク織のテーブルクロスがあったでしょう?持ってきてくれるかしら」


 私たちは灼熱の砂漠の上で、体力を奪われつつあった。しかし、このまま空から降ってくるように砂漠に墜落した3人を放っては置けない。


 彼らを放置すれば、死に至るのは明白だった。


 テレサが急いでアリス叔母の家から真っ白なダマスク織のテーブルクロスを持ってきた。私たちは2つの長椅子の脚に、テーブルクロスの端をそれぞれ結びつけた。テーブルクロスの中央を私が手に持った。


 ナイトドレスの上にガウンを羽織った私は、素早く指で五芒星を砂の上に書いて、その中に立った。


 ナイトドレスの上のガウンが突然沸き起こった風にはためく。髪が風になびく。私はそのままテーブルクロスを持ったまま家に向かって、砂の上を一気に駆けた。


「オーサ!コンキリアット!カエルムフルクトゥアート!」


 私は低い声で幾つかの呪文を組み合わせて使った。護符をアリス叔母の客室に置いてきたので、自力での魔力の出力を上げた。


 私が持つテーブルクロスは、2つの長椅子をゆっくりと帆を張るように引っ張って動き、空中を飛んだ。私はそのままテーブルクロスの真ん中を持ったまま、家の玄関の中まで飛び込んだ。長椅子も家の中に飛んで入ってきて、ふわりと着地した。よく見ると高価な生地が張られた立派な長椅子のようだ。


 後ろから執事のレイトンとテレサとミラが追いかけてくる。


 高級生協「フルナクズストア」のバトラーズドレススーツ、つまりブランドン公爵家のお仕着せをきっちり着込んだ執事のレイトンと、グレーのドレスに、モスリンの水玉模様のお洒落なキャップと刺繍入り白いエプロンをつけたテレサとミラが必死に砂漠を走ってくる様は少し滑稽な光景だった。


 私は思わず小さく吹き出して、一人で笑った。


 ――テレサとミラったら。メイド服の首元の高い襟と、くるぶしまできそうな長いスカートは、灼熱の砂漠で過ごすには不釣り合いだわね。かわいそうに。なんとかしなきゃ……。


 こうして、私はアリス叔母の家の磨き上げられた玄関を砂だらけにした。2つの長椅子にうつ伏せ状態で気を失って横たわる3人を眺めながら、そのまま床に座り込んだ。力が抜ける。


 そうだ、少々、力を使い過ぎたのだ。魔力をこれほど一気に使ったのは、人生で初めてだった。


 ――アルベルト王太子に振られることが分かって以来、私はなんだかついていないわ。本当は彼に今すぐにでも会いたいわ……。あの胸に飛び込みたい。


 私は切ない痛みを胸に感じながら、床に崩れ落ちた。気を失ったのだ。





 ***


 目を開けると、皆の心配そうな顔が私をのぞき込んでいた。執事のレイトン、テレサ、ミラ、それから誰だろう?


 私は自分の顔をのぞき込んでいる人たちに驚いた。一人、驚くほどの美貌を持つ若い男性が私を見下ろしていた。彼の表情は心配そうだ。


 金髪で青い目をしているところは、アルベルト王太子と同じだが、年齢は全然違う。アルベルト王太子に似ていなくもないが、別人だ。私は前の人生で見たアイドルを思い出した。こういうキラキラと輝く美貌の若者はいつの時代にもいるのかもしれない。


「誰かしら?」


 私はテレサとミラとレイトンに、見知らぬ若い男性のことを聞いた。


「長椅子で落下してきた方ですわ」


 テレサは私に小声でささやいた。


 ――あー、思い出したわ。さっき砂漠の中に落下してきた方ね。


「助けていただき、ありがとうございます」


 彼は丁寧な言葉で私に礼を言った。


「どういたしまして」


 その時、私は自分がガウン姿で、その下はナイトドレスだったことを思い出して赤面してガバッと身を起こした。


「先ほど、湯を借りました。砂漠で湯に浸かれるなんて思いもしなかったですよ」

 

 彼は白い歯を見せて、頬を赤らめて華やかな笑顔をみせた。服も着替えたようだ。執事のレイトンの服を借りたのか、バトラーズドレススーツを着こなしている。


「湯を使わせてもらったあと、私がこの客間のベッドまで私が運んできました」


 私はその言葉に真っ赤になった。なぜなら、あられもない格好で私は玄関先で倒れてしまっていたから。テレサと執事のレイトンとミラはなんとかソファまで運んできて私を寝かせていたらしい。そこに、湯を使ってスッキリした彼が私を階段の上まで運んできてくれたようだ。


 青い瞳を煌めかせて、彼は私の手を取ってそっと私の手に唇を押し当てた。


「私たちを助けていただき感謝します」


 そう答えて、彼はイタズラっぽく微笑んだ。


「この家は完全に隠されているようですね。私たちを誰も追ってこないので」


 その言葉に私はハッとした。


「あなたは追われているのかしら?」


 しばしの沈黙の後に、彼はうなずいた。


「追われています。盗んではならないものを盗んだ罪で」

「何を盗んだの?」


 私は恐る恐る聞いた。聞かなかったことが良かったかもしれないが、私は聞かずにはいられなかった。


「王立魔術博物館から『時を操る闇の書』をちょっとね」


 私はそれを聞いて真っ青になった。重大犯罪人をアリス叔母の家に引き込んだと知った私は共犯になるのだろうか。


 執事のレイトンとテレサとミラは小さな悲鳴をあげた。


「私の話を聞いてくれないか」


 彼は真剣な表情でささやいた。次の瞬間、彼は私に身を寄せて、私の耳にそっとささやいた。その言葉に私は衝撃を受けて固まってしまった。


「君の恋人が2年後に後悔するさまも教えてあげるよ」


 彼がささやいたその言葉は、私の脳裏に「もしかしたら、アルベルト王太子を激しく後悔させる方法があるのか?」という期待のようなものを生じさせた。


 だが、あまりに色っぽい仕草で、私の髪の毛をかき上げて、彼自身で自分の濡れ髪をかきあげて私の耳に再度唇を近づけてきたので、私の頭の中はアルベルト王太子どころではなくなった。


「時を操る闇の書」は、禁書だ。この若い美貌の盗賊は、一体何者なのか。


「アルベルトは……」


 彼のささやいた言葉に私は思わず彼の瞳を見つめ返した。透き通るような瞳が私を見つめ返していた。彼は頬を赤らめて、私のベッドに片膝を乗せて私に接近していた。



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