第7話 ナイトドレス(2)

 私の声に、執事を初めとする3人が口々に応えてくれた。


「かしこまりました!お嬢様!」

「わかりました、つかまりましたわ!」

「私も大丈夫です!」


 私は客室の中に入ると床に書いた八芒星の中に飛び込んだ。白ワインのグラスをグッとあおるように飲み、パンをかじった。


 グラスを床に置き、八芒星の中に仁王立ちをした。大切な護符を両手で包み込み、目をつぶって念じて、八芒星の真ん中に置かれたマカバスターに力を注ぎ込んだ。


 家が消えたのが分かった。そのままゴビンタン砂漠の座標軸まで家が進んでいるのを感じる。ふっと体が軽くなり、高速で体の周りで何かが動く気配がして、すぐにじわっと浮き上がるように私の周りに家が現れた。元の家の様子と全く同じで、私はアリス叔母の家の客室に立っていた。


 足元の床には八芒星が描かれたままだ。


 私は喉の奥がカラカラだった。


「みんな、平気かしら?」


 私は階下にいるはずの3人に大声で声をかけた。


「皆、大丈夫でございますっ!」


 執事のレイトンの声がした。


 ――よしっ!成功できたようだわ。


 私はそのまま八芒星を飛び出し、靴をはいてガウンを羽織った。そして階下まで一気に階段を駆け降りて、玄関を開けた。


 玄関の扉の向こうは、どこまでも続く砂漠だった。左手にオアシスがある。そうだ、だから私はこの座標軸にアリス叔母の家を移動させたのだ。


「成功よ」


 私は小さくつぶやいた。執事のレイトンが私の後ろにやってきて、テレサもミラもやってきて、私たち4人はしばらく呆然と一面に広がる砂漠の景色を見つめていた。


「お嬢様っ、さすがでございます」

「本当ですわっ!」

 

 テレサとミラは涙声で言い合い、抱き合った。


 だが、果たして偶然だったのか必然だったのか、もはや私には分からないのだが、次の瞬間に予想もつかない出来事が起きた。


 私が玄関の扉から砂漠に一歩踏み出した。すると、「ドンっ!」と大量の砂塵を巻き上げて、空から灼熱の砂漠に落ちてきたものがあった。


「きゃあっ!」


 テレサとミラは悲鳴をあげたが、私はその落下物に向かって思わず走っていた。頭の中にあったのは、アルベルト王太子がここまで追ってきたのか?ということだった。


「お嬢様っ!お待ちをっ!」


 執事のレイトンは駆け出した私を止めようとして、私の後ろから走ってきた。


 アリス・スペンサーの邸宅は無事にゴビンタン砂漠への移動に成功した。その成功とほぼ同タイミングでアリス・スペンサー宅の前に落下したのは、長椅子と、その長椅子にまたがって乗っていた若い青年だった。


 彼は砂が大量についた状態の髪の間から、透き通るような瞳で私を見て、「女神?」とつぶやいて私に聞いた。そして私があっけに取られて無言でいると、そのまま気を失ったのだ。



 続けてさらに空から灼熱の砂漠に長椅子がもう一つ落ちてきた。青年より若いように見える二人がその長椅子には乗っていた。


 彼らは二人とも気を失っているようだった。




 私たちの出会いは、この日、衝撃的な形で実現したのだ。それは1867年6月21日、ヴィクトリア女王の治める大英帝国より、少し距離のある世界で起きたことだった。

 

 アルベルト王太子に別れを告げた私は、ゴビンタン砂漠に追放された。砂漠は思うより辛い場所で、思ったより楽しい場所だったかもしれない。


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