第6話 ナイトドレス(1)

 コルセットが邪魔だ。

 私は全身の魔力を最大限に発動するために、薄着になろうとしていた。


 ――ナイトドレスだわ。あれなら薄手で、体を締め付けないわ。


 服を脱いで素早くスケスケのナイトドレスに着替えた。一度も着たことのないモノだ。もう、王太子に別れを告げた私には用がないものだ。足を広げやすいように、ハサミで太物から下の布を大胆に切り捨てた。


 一世一代の魔力を発動するのだから、私も真剣だった。


 昨晩遅くまでかかって、魔術書や私の衣類や身の回りのものをアリス・スペンサーの家に運び込んだ。この家はしばらく使われてはいなかったものの、メイドたちによって定期的にお手入れされていたために快適だった。昨晩は何の問題もなく、私はこの家の客室に泊まった。


 テレサやミラ、執事のレイトンも昨晩遅くまで様々なモノを運び込んでいた。彼らは荷車を馬に引かせて大量の荷物を運び込んでいた。


 そして今朝早くから、またバタバタと3人がそれぞれ忙しく準備を進めている音が聞こえていた。私は目覚めてすぐに、八芒星を床に描いた。果樹園で採れたまだ青いリンゴをかじりながら、必要なモノを使って魔力を増大させようとしていた。

 

 髪を全部下ろしてナイトドレスに着替えた私は、素足で歩きながら、階下にいる3人に声をかけた。


「みんな、試すわよ。ちょっと玄関の外に出ていてくれる?」


「はい、お嬢様っ!」


 口々に声がして、皆が玄関から外に出た音がした。


 私は深呼吸をした。深く息を吸い込み、魔力が指先から髪の毛一本一本まで行き渡るのを感じた。そのまま、目をつぶった。


「だめだわ。お腹に何かを入れないと」


 私はそう呟くと、空腹で朝食をまだ食べていなかったことを思い出して、かじりかけのリンゴを手にして、階下のキッチンまで降りて行った。何か少しつまめるものが欲しい。


 執事のレイトンが持ち込んでくれたらしい箱の中に、白ワインのボトルを見つけた。

 

 白ワインのボトルを開けて、グラスに入れて飲んだ。リンゴをかじりながら、何かパンにはさむモノが何かないかと辺りをを見渡した時、ドンドンと音がした。レイトンたちがいるはずの玄関の方ではない。


 私はキッチンの横にある、勝手口の方に歩いて行って扉を開けた。そして驚きのあまりに、かじりかけのリンゴを落としてしまった。


「おっと!」


 快活な声をあげて落ちかけたリンゴを拾ったのは、ブルーの瞳を輝かせて立っていたアルベルト王太子だった。


「今朝の新聞を持ってきたよ」


 彼は爽やかでハンサムな顔をいっそう魅力的な笑いで包んで、私にリンゴと新聞を差し出した。


 私は思わず後ろに後ずさった。髪の毛は下ろされ、スケスケのナイトドレスを着ている。私の体は何にも締め付けられず、体のラインは朝日に透けて丸見えだろう。


 王太子からもらった新聞で思わず胸を隠そうとした。


「待って。ほら、ここだ。一面に僕らの事が書いてある」


 彼は私が胸を隠そうとした新聞を再び手に取って広げてみせた。


『まもなく、王子がディアーナ・ブランドン嬢に結婚を申し込むか』


 彼はわざわざ読み上げてくれた。


「世論は僕らの婚約を願っている。僕が君に恋をしていることは国民にもバレバレだ。僕の気持ちを受け取ってくれないだろうか」


 アルベルト王太子は私のそばにグッと近づいてきて、新聞をそばのテーブルに置いて、私の手からもリンゴをそっと取り、テーブルの上に置いた。


 彼の両手が私の下ろしている髪の毛を包んでゆっくりと撫でた。私の2つの立派な双璧に彼の視線が落ちて、彼が真っ赤になった。私はさっきナイトドレスの裾を足が思いっきり開くようにハサミで短く切ったことを思い出した。私の足は太ももまで丸見えだ。


「なぜ、こんなに挑発的な格好をしているんだ……?」


 ――あなたから逃げようとしたら、あなたのお母様に砂漠への追放を命じられたから、大きな魔力を命がけで発動しようとしているからでしょう?


 私は思ったことをそのまま言いたかったが、できなかった。彼の唇が私の唇に押し当てられて、私は腰をグッと引き寄せられたからだ。


 逃げようとしたのに、王太子は離してくれない。彼の両手はそのまま上に上がってくる。


 ――まずいわっ!


 彼の体は私にピッタリと押し当てられていて、彼の瞳には私だけが映っていて、彼は最高に魅惑的な表情で私を見つめている。


「行かないで、愛しているんだ」


 王太子は私に囁いた。


 私は身悶えした。危うく流されるところだ。まだ私は彼に恋をしているから。まだ彼のことがとても好きだから。


 だが、私は渾身の力でアルベルト王太子を突き飛ばした。


「えっ!?」


 アルベルト王太子はブランドン公爵家の庭に思いっきり尻餅をついた。


「ごめんなさいっ!好きだけれど、もう一緒にいられないの。私のことは忘れてください」


 私は勝手口の扉をバタンを閉めた。私が過去の人生から得た経験から言うと、男性は自分の指の先からこぼれ落ちた、これほど挑発的な格好をした恋人の姿は、絶対に忘れられないだろうということだ。私は自分を1年後にふるであろう恋人に、意図せずに一矢向いたことになるのかもしれない。


 ――仕返しだわ。マリー王女と結婚した後から、あの時手に入らなかった魅惑の果実のことを彼は何度も思い出す可能性ができた……。


 私はこの仕返しのチャンスを最大限に効果良く使いたくなり、うずうずしてした。そして、自分を抑えきれず、もう一度ドアを開けた。


 かつてしたことがない挑発的なポーズを自分の体を使って彼にした。体を横にして、大きな胸を強調して短いスカートをチラリと揺らした。過去の人生で見聞きした効果を狙ったのだ。まだ尻餅をついたままだった彼の顔は真っ赤になった。


「じゃあね、さよなら」


 そこからの私の行動は褒められたものではないと自覚しているが、私は唇を尖らせて投げキッスをアルベルト王太子にした。彼が目を見開いた瞬間に、ドアをバタンと勢いよく閉めた。


 そして、恥ずかしさを忘れるために、思いっきり魔力の出力をあげた。一瞬で家全体を消した。


「あっ!レイトンたちを忘れていた!」


 私は先走ってしまったことに気づいて、慌てて家を元の姿に戻した。勝手口からドアを開けて外に出て、まだ尻餅をついたままの王太子の前を無表情で通り過ぎて、玄関の方に叫んだ。


「みんな、準備できたから家の中に入ってちょうだい!」


 私の掛け声で、執事のレイトンと2人のメイドが玄関から家の中に飛び込む音が聞こえた。


 私はまだ尻餅をついているハンサムな王太子の前に仁王立ちした。そしてすっと屈んで彼の頬を両手で優しく包み込み、風のようなキスをした。次の瞬間には、一目散に家の中に飛び込んだ。


「さようなら、アルベルト王太子!私も愛していたわ。でも、もう私のことは忘れて」


 勝手口を閉めると、執事のレイトンたちに声をかけながら、私は階段を駆け上がった。両手には白ワインのグラスとパンを持っていた。


「何かにつかまって!」


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