第2厄 フェアリー・フルーツ

 ごきげんよう、アビスです。


 此度の幸福者こうふくものは――、


 ――長谷川健治さん。十六歳。

 【特徴】は、大柄で恰幅の良い体型になります。


          *


 ――突然だが、僕は食べることが大好きだ。


 目を開けているあいだは、とにかく何かを口にしていたい。

 一言で言って、僕の人生は、食べることが生き甲斐だ。


 まだ幼い頃、料理好きの母から、こんなことを教わった。


 ――食べることは生きること。

 生きることは食べること――。


 その時の僕には、まだ何を言っているのか、よく分からなかった。

 が、しかし、十六になった今なら、あの時の教えが理解出来る。


 人生とは、食べることが全てだ。


 最近、面白い死に方を知った。

 性交中に突然死することを、腹上死というらしい。

 それを聞いて僕は、どうせ死ぬなら、食事をしている最中に死にたいと思った。


 お菓子を頬張りながら、ぼんやりと下校していると、僕は不審者と遭遇した。

 不審者は、顔にシックなペイントを施しており、その風変わりな相貌は、どこかおぞましい。

 身を包んだド派手な衣装からは、凡そ一つのことが窺い知れる。

 目の前の異常は、道化――ピエロを模しているようだ。

 警戒する僕をよそに、ピエロは慇懃な態度で一礼し、朗らかな笑みを浮かべる。


「うふふ。わたくし、魔法使いのアビスと申します。あなたにピッタリな、幸せの魔法ありますよ。お一つ如何ですか?」

「……悪いけど、そういうのは間に合ってます」


 僕はピエロから目を逸らし、その場を急いで立ち去ろうとする。


「……頬が落ちるほどの美味なる物、食べてみたいとは思いませんか?」

「え?」


 美味なる物と聞いて、思わず立ち止まってしまう。


「うふふ、心は正直ですね。あなたに素敵な魔法を授けましょう。これからあなたに渡す物は、ある特別な果実の種子です。その果実が実れば、あなたは最上級の多幸感に満たされるでしょう」

「さっきから、いったい何を言ってるんですか……?」

「何はともあれ、その果実を食べてみてください。きっと、病みつきになること請け合いですよ」


 ピエロは不気味に妖しくウインクをする。


「――最後に、果実を食べる際は、必ず耳を塞いでくださいね」

「それはどういう……」

「リリカル☆マジカル☆パヤパヤパ☆」


 目の前で突如閃光が走る。

 目を開けると、そこにはもうピエロの姿はなかった。

 ピエロの後には、こぶし大の大きさの何かの種子があるだけ。


「夢でも見ていたのか、僕は……」


 思わず怖気が走ったが、僕は何となく、謎の種子を持ち帰ることにした。


          *


 翌日の朝。

 寝ぼけ眼で起床した僕は、部屋を包み込む、ある異変に大きく驚く。


「なんだぁ、こりゃあ……」


 部屋の中は、今までに嗅いだことがない、芳醇で甘い香りに包まれていた。


 昨日さくじつ

 学校から帰宅した僕は、ピエロから渡された種子を、興味本位で植木鉢に植えてみた。


 ――果実が実るまでは、それ相応の時間が必要。


 普通、一般的常識から考えて、果実は、すぐには実らない。

 僕は気長に種子を育てようと思っていた。


 ――しかし、どうだろう。


 種子を植えてから、まだ僅かな時間しか経っていないのに、種子は立派な樹木となり、樹木からは、おかしな果実が実っている。

 僕は目の前の果実に、並々ならぬ警戒心を抱く。


 それもそのはず――、

〝それは〟明らかなる異常を示していた。


 ――果実は、こぶし大の大きさで、半透明な色をしており、〝背〟には、瑞々しい葉が付いている。

 ここまででも、未だかつて見たことがない果実だ。


 だがしかし――、


 この果実の異常さは、そんな単純なことではない。

 異常はもっとその先にある。


 なんと果実は、〝人〟の姿を成しているのだ。

 一言で言って、不気味。


 僕の背筋に冷たいものが走る。


「こんな気味の悪い物、食べられる訳ないじゃん……」


 ――無理無理無理!


 僕は心の中で、何度も同じことを叫ぶ。


「でも、実際食べてみて、本当に美味しかったら、どうしよう……」


 言い忘れていたが、僕に好き嫌いはない。


「念の為、あとで一つだけもぎって行くかな……」


 顎に手を当てながら、小さな声で独りちる。


「よし! そうと決まれば、登校準備を始めよう!」


 僕は部屋から出ると、階下へと降りて行った。


          *


 お昼休みの時間がやってきた。

 教室から出た僕は、今、トイレで昼食を取ろうと思っている。

 個室トイレに入ると、懐から、不気味な果実を取り出す。


「見れば見るほど、気味の悪い果実だな……。こんなの……、もし食べてるところを見られたら、ヤバいことになるぞ。それを考えると、ここで食べるのが得策だよね」


 ――果実から、抗いようのない、とても美味しそうな匂いがしてくる。

 僕は一息にそれをかじろうとして――、ふと我に返る。


「そう言えば、ピエロがなんか言ってたな。果実を食べる時は、必ず耳を塞げだっけ。……スマホで音楽を聴きながら食べるか」


 制服のポケットから、スマホを取り出すと、一緒にイヤホンも取り出す。

 僕はイヤホンを耳に挿すと、スマホで音楽をかけ出した。


「これでよし、と」


 音楽で外界の音がシャットダウンされると、僕は――その果実を口いっぱいに頬張った。


「…………!」


 あまりの感動で、思わず涙がこみ上げる。

 筆舌に尽くし難いという言葉があるが、果実の味はまさにそれだった。


「この味は、なんて形容したら、良いんだろう……。敢えて言うなら、幸福――。そう、幸せの味だ……! 僕は今、幸せを噛み締めている……!」


 涙をこぼしながら、一口一口果実の味を噛み締める。

 僕はあっという間に、果実を平らげてしまった。


「もっと食べたい。幸せの味を、もっともっと噛み締めたい……!」


 居ても立ってもいられず、僕は勢いよくトイレから飛び出した。

 そして、学校からも飛び出すと、真っ先に自宅へと向かった。


          *


 家に帰ると、僕は一目散に自室へと向かう。


「ハアハアハア……!」


 ――興奮が収まらない。

 早く、早く果実を食べたい――。


「果実……! 幸せの味……! 僕は幸せになりたい……!」


 自室に飛び込むと、ブルブルと震える手で、次々と果実をもぎって行く。


「いただきまあす……!」


 ――この時、僕の頭には、ピエロが言っていた〝禁忌タブー〟が頭に入っていなかった。


 僕は耳を塞がないで、勢いよく果実に齧り付く。


「――――てッ!」


「――えっ?」


 僕はその声を聞き、一瞬固まる。

 正しくは正気に返ったと言っていいだろう。


「い、今のは……??」


 慌てふためく僕に、突如異変が起きた。


「――うっ!」


 か、身体が痛い――!

 こ、呼吸が――、まったく出来ない――!


「だ、誰か助け……!」


 ――そこで、僕の意識は途絶えた。


          *


 わたくしが彼に授けた――美味なる果実(の種子)フェアリー・フルーツ。

 それは、〝人間の不幸〟をかたした食べ物でした。


 ――よく言いますでしょ?

 〝人の不幸は蜜の味〟って――。


 うふふ、果実の〝呪いの声〟を聴いた彼はどうなったのでしょう。


 もしかしたら――、

 フェアリーフルーツとなって、生まれ変わることもあるかもしれませんね。


 おやおや、こんなところに美味しそうな果実が。

 一息に食べてしまいましょう。


「――――たす――け――てッ!」


 何か聴こえたような気がしましたが、恐らく気のせいですね。

 うふふふふ……。

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