第7話

「目を開けて。」


 ユキさんの声が聞こえる。足にはまたさっきの薄いガラスを踏む感覚が戻っている。

私は恐る恐る目を開けた。セピア色でいかにも過去という世界が目に入る。


「数年前の過去の世界だ。」


 促されて足元に見える世界を見渡す。


「ここ、どこ?」


 足元に広がる世界は冬のようだった。セピア色に見えているとはいえ街路樹は間違いなく枯れているし、コートを着ている人もいる。街灯がついている。ライトアップされた街が美しかった。


「私の家…?」


すぐには分からなかった。壁の色が変わってるし、周辺の道路も作り変えられて今はもうない。ここは、昔の私の家だ。


『ーーー…』


小さな子供が、少女が何かを言っている。かわいらしい外ハネの髪の毛、豊かな表情の女の子。隣にいる母親らしき人に話しかけているようだ。

この世界は音が聞こえてこないのだと今気づいた。


「自分では分からないだろうな。」


ユキさんが私の方をむく。


「あの子は昔の自分じゃないかい?」


「えっ」


私は弾かれたように少女を振り返り、見下ろす。


茶色のファーがついたふわふわのポンチョを着せられ、ヒールの無いムートンブーツで手を引かれて歩いている。何やら二冊ほど絵本を抱え、上を見上げニコニコと満面の笑みを浮かべている。


「あれが、私…ですか?」


さっき今日の私をみたからかもしれない。私はあんなに幸せそうだったのか。


「…っ!」


私は思いっきり振り向いた。今、間違いなく「羽ばたく音」が聞こえた。


「居た…」


あんなに欲しかった物が目の前に現れたのに、私は動かなかった。

いや、動けなかったのである。


青い鳥は私に目もくれず時間の国を飛び回っていた。周囲が青色の光を放つ。

セピア色だった世界がだんだんと青くなっていく。縦横無尽に飛び回る青い鳥。私が今の今まで出会えなかった青い鳥。


手に温かい水滴が落ちる。別に泣きたいわけじゃないのに。


「青い鳥、私の、しあわせ。」


「なにが、わたしのしあわせ…?」


わたしの、なにが、あおいとりを、ひきつけた…?


『ねぇ、おとなになったらぜんぶわすれちゃうの?』


誰の、声?足元…?


『ママ、サンタさんっておおきくなってもきてくれるかな。』


少女だ。昔の私だ。昔の私が隣に立つ母親に話しかけているんだ。


『大人になったら来なくなっちゃうかもなぁ。』



思い出した。私は大人になりたくなかったんだ。

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