第6話

【夢と彼女の話】


「ここは…?」


 ユキさんについていく。具体的には「行きます」と言っただけ。

 知らないうちに見たことのない所にいた。


 いや。もっと重大なことがある。


「浮いてる…?!」


 私は今おそらく空中散歩をしている。脳の処理が追いついていないけれど、現状はどう見ても空中散歩だ。左手をユキさんに支えられて何もない足元に向かって歩いている。どこかでみた。きっとハウルの動く城だ。


「飛べたんですか?」


「高所恐怖症なら降りようか?」


「いえ、大丈夫です…?」


 絶妙に会話が噛みあっていない。


 空中から見る世界は平面みたいだ。歩くたびに、歩いていると形容するのが正しいかは分からないけど、小さな風が吹いて浮いていることを実感させる。


 隣を歩くユキさんは平然としている。ひらひらとなびく黒い服を翻して、迷いなく進んでいく。横に立って改めて思う。この人は美しい。


「ぼんやりしてどうしたんだ。」


「あ…なんでもなぃ…」


 挙動不審だっただろうか。間違いなくそうだろうなと行動を恥じる。じろじろと見つめられるのは良い気がしないだろう。


「見覚えがないかい?」


 ユキさんは急に下を指した。ここにきてからまともに周囲を見ていないことに気づいた。


 今までの国と違って何だか雑然としている場所だ。たくさんの屋根と枯れた街路樹、塀が見えている。

 赤と白にライトアップされたショッピングモールや古ぼけた公園。車が行き交う大きな道。白い息を吐く人。

 ユキさんが進んでいく先にだんだんとアーチ状の屋根がかかった道が出てきた。


「もしかしてここ…いつもの。」


「気づいたかい。」


 周囲はライトアップされてるのに古さを隠しきれないこの暗い道。長い間、時間の外にあるような場所。


 商店街だ。私がこの国に来ることになった、いつもの商店街だ。


「入口をよく見てな。」


 ユキさんに言われた通り素直に商店街の入口を見る。すると


「ぁ…」


 下を向いて猫背で溜息をつきながら歩いてくる人。焦点の合わない目、彩度の低い服。

何より、鬱々とした雰囲気。あれは、


「あれは私?」


「しかも今日のね。」


ユキさんが補足する。今日の私を空中から見ている。変な気分だ。


「ここはね、時間の国だ。」


「時間の国…どうして。」


「どうしてもなにも。ここには今初めて来ただろうに。」


 つまり行ってないところに連れてきてくれたらしい。でもこの人はそんなことをするのだろうか。別に私はユキさんに詳しくないけれど意味もなく、あてもなく連れてくるとは思えない。そんな虱潰しやローラーをするテンションとも思えなかった。


はぐらかされた、と考えるべきなんだろう。


「時間の国はね、過去にも未来にも行ける。」


 目的はそこか。

 青い鳥のお話にも過去と未来を見せられるシーンがあった気がする。


 ユキさんはそのまま何も言わなかった。私は諦めて足元に見える私を観察する。


 私は思いつめたような表情をしていた。数少ないすれ違う人には目もくれない。別にイヤホンをしているわけでもないのに周りの音が聞こえていないようだった。


 孤独。


商店街に入る私に孤独という大きな影が見える。

 見苦しくて私は私を見たくなかった。身体が拒絶している。記憶の中の私はこんなに暗くなかった。


「暗いな。」


 気づいたらユキさんも足元の私を眺めていた。


「はい。本当に。」


 自分が自分を卑下することはよくあるのに、他人に同じことを言われると苛立つ。私は一度クラスメイトに言われて逆上したことがあった。


けど、私は何も思わなかった。ユキさんだからなのか、夢の国だからなのか。


「私は、なんでこんなに思いつめた顔をしていたんだっけ。」


 夢の国では陰鬱な気分が随分とマシだった。


「なんで」


 普段なら、何かあるごとに自分の思考回路に入り込んでしまうのに。夢の国に来てから形容しがたい重みが薄れている。目に映る全てが新鮮で楽しかったのかも知れない。


「そろそろ、行こうか。」


 ユキさんの声に引き戻されて顔をあげる。


 ここに青い鳥は居なかった。


「過去へ向かおう。」


「はい」


 過去へ私を行かせたがっている。ユキさんはきっと何かを考えている。大人しく従ったほうがいい。


「目を閉じて。私を信じて思いっきり飛んでみて。」


 ユキさんはジャンプをするように指示する。


「こわい…」

 

 怖い。何度も言うけれどここは空中。足元には何もない。薄いガラスを踏んでいるような感覚はあるけれど、如何せん空中なのだ。歩いている分にはそこまで怖いとは思わないけれど、思いっきり蹴れる床ではない。というか床はない。


足が震えている気がする。


「大丈夫。信じて。」


足の震えに息を呑んだのが伝わったようで、ユキさんが掴んでいる私の左手を強く握る。私を見る目はまるで親しい家族のようだった。


「ユキさん…?」


 ユキさんから人間味を感じた。ユキさんから尊大というか、からかいというか他人行儀を感じなかった。

 でもユキさんはもうこちらを見ずに元のユキさんに戻って言った。


「いいかい?」


私は頷く。さっきの一瞬で急に左手の温もりが心強くなった。


「3.2.1」


 私は思いっきり飛び跳ねる。


 刹那、とてつもない強風と共に身体が浮かび上がるのを感じた。

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