第4話
ぼくは右手を庇いながら走って自宅に戻った。大きな音に気がついて外に出てきた住民の何人かとすれ違い、声を掛けられたが無視して走った。自分の部屋に入ると座り込み、右手の激しい痛みに耐え、疲労困憊の身体の重みに呼吸も切れ切れだった。そしてヒロちゃんを押してしまったことへの悲しみと恐怖に震えていた。すでに家の外では大きな騒ぎとなっていた。窓越しに「崖が崩れた」「誰か巻き込まれたようだ」「やっぱり、呪われているんだ」と人々の叫びが聞こえてきた。ぼくは大きく歪んでゆく自分の人生を感じながら次第に意識を失った。
目を覚ました時、ぼくはベッドの上に寝ていた。酸素吸入器が顔にあてがわれ、右手にはギブスがはめられ左手には点滴、身体はベッド脇の計測器やモニターとつながっていた。今が何曜日の何日なのかわからなかった。ただヒロちゃんが柵や地面といっしょに落ちて行く画像が何度も思い出され、悲しみに圧し潰されそうになりながら眠り、また目を覚ますと悲しみに浸った。そんなことを何回か繰り返し目を覚ました時、脇に兄の健一が立っていた。
「お、気がついたか」
健一は「だいじょうぶか」と気遣い、さっきまで父や母もいたことを話し、二週間意識が戻っていなかったことを明かした。そして右手は複雑骨折、身体は極度な疲労状態で、その間手術と体力回復の治療が行われていたことを語った。
黙って聞いているぼくに「何があったんだ」とためらうように言った。
ぼくはすぐには答えることが出来ず「ヒロちゃんは」と聞いた。
「うん、わかるだろ、あの崖が崩れていっしょに落ちたんだ、助かる訳ないだろ」
予想していたこととはいえ、ぼくは泣くしかなかった。泣き続けて「ぼくはどうしたらいいんだ」と訴えた。
「返すしかないだろ」と健一が言った。
驚いて見返すぼくに「おまえの手はおれたちのとは違う、凄い力を秘めているみたいだ、最初はおれも半信半疑だった、サチコやヒデオは事故だと思っていたし、橋元先生が亡くなった時もまさかと思っていた、でも今回はヒロユキからタカと会うからと連絡をもらっていた。ヒロユキはサチコの時から変だと思っていたらしい、タカはおれの弟だからおまえを信じたいって気持ちがあったから黙っていた、でもまさかこんなことになるなんて思ってもいなかったから、おれもすごくショックだ、その手は返した方がいい、身体がよくなって退院したらいっしょに返しに行こう」
黙って聞いていたぼくは素直に肯くしかなかった。ヒロちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。「兄貴はその手どうしてるんだい、使ったことあるのかい」
「使うって、そこまでのものじゃないし、ヒデオが返したことは知っている、ほどんど使ったことはないんだ、何かの時に使えるかなと思っているがまだその時はない、ヒロユキはちょっとしたことで時々使っていたみたいだ、喧嘩した後逃げる際に相手の肩を押したり、女の子のスカートをめくったりしてたみたいだ」
ぼくは悲しくヒロちゃんを思い出し、「ヒロちゃんらしい」と返した。
「そうだな、あいつらしい」
ぼくはあの時起こったことを話した。ヒロユキから返そうと言われた時に勝手に手が動いて押したことを話した。
「だから返しに行くのが怖い、また何か起こるんじゃないのかな」
健一はぼくの話に衝撃を受けたみたいだったが「そうか」と言ってしばらく黙り込み「とにかくまず身体を直そう」と言って帰っていった。
だが予想外にそれは遠いことだった。右手の骨折は治ったが動かせなかった。肩を回せないし上下にも動かせない、指も動かせない、麻痺したみたいにただ肩から下にぶら下がっているだけだった。加えて下半身も思うように動かせなかった。手すりにつかまって数歩行くだけで激しく消耗した。移動の際は車椅子が必要で、それも左手だけで動かすしかなかった。医者はショックによる精神的な作用だと思われる、と診断した。検査しても特に悪い所はないのだと断言した。ぼくは大学病院の神経科へ移り、検査を受け、リハビリの毎日となった。
七年が過ぎ、ぼくは二十一歳になった。何も変わっていなかった。事件の経緯や学校へ行かずに部屋に籠っていたこともあって病室は個室だった。精神的に特殊な例として日々記録がとられた。ぼくは病室のベッドから窓の外の空を眺め、毎日車椅子を操って別の階へ移動しリハビリを受け、月に一度診察を受けた。それでも心の回復を図るカリキュラムは機能していなかった。担当医師も諦めムードで原因も何もわかっていなかった。父や母、それに健一も一週間に一度見舞いに来たが、顔を会わせるのが苦痛だった。入院の費用はかなりの負担になっているはずだった。申し訳なくて、だからといってどうすればいいのかわからなくて、焦燥と諦めの繰り返しの日々だった。
一人嫌な奴がいた。看護師の奥田だ。「本当はなんでもないんじゃないですか」と言うのが口癖みたいに顔を合わすと言われた。下の世話や食事の世話、床ずれを防ぐ身体の向きを変える作業の時は雑で憤りが態度に現れた。最初はそう思われても仕方ないと思い、申し訳ない気持ちがあったが、次第にこちらも硬化していった。
ある夜のことだった。その日安田という男が担当で安堵していたのだが、突然奥田が病室に入ってきた。酒を飲んでいた。
「奥田さん、ダメですよ、こんなことバレたら処分されますよ」
「うるさい、おまえは知らなかったことにしろ、おれが勝手にするんだ」
仕方なく仕事に戻ってゆく安田を尻目に奥田はぼくのベッドの脇に立ち、ゆっくりと中腰になるといきなり顔を殴った。
「なんだ」と言うぼくを尻目に腹部を数度にわたってパンチを喰らわせ、持ち上げた足で腕を蹴った。
「本当はなんでもないんだろ、とっくに治っているんだろ、なに楽して生きてんだ、おまえみたいなクズなんか誰かがこうして分からせないとダメなんだ、天罰だと思え」
その間執拗に殴られ蹴られ、口汚く罵られ、さらにまた殴られた。抵抗しようにも動くのは左手だけだ。何度も殴られ続けるうちにどうでもよくなってきた。
死ぬ、と思った。でも、死んでもいい、とも思った。こんなベッドで横になっている人生なんてなんの意味もない。このまま殺されていいじゃないか。
「なんだその態度は、人生なめてんじゃねーぞ」奥田の声が遠くに聞こえた。
その時、右手が動いた。手が上がり、奥田を押した。後ろの壁に押さえつけられ、驚きの表情を浮かべながら「やっぱり動くんじゃないか」と言った。奥田が壁から崩れ落ちた。手は容赦なかった。カーテンを押し、片側が開いた。脇のキャビネットの上のラジカセを押すと、派手に窓ガラスを割って外へ落ちていった。そして次に奥田を押した。「ひぇっ」と声を上げて「お、おまえは」と叫び、窓の方へ押しやられた。「なんだおまえは」と怯えの表情に歪めながら、次には割れた窓の向こうへと落ちていった。
ここは五階だった。ぼくは悲しみに打ちひしがれながら手を見つめた。それはぼくの手ではなかった。自分で動かそうとしても動かなった。
ぼくは自分の右手におののいて、ただ震えていた。
その二週間後ぼくは退院した。何も変わっていなかったが、退院して家で頑張りたいと父母や健一に懇願したのだ。事件は奥田の自殺で処理された。おかしな点はあったのだが、酒を飲んでいたという安田の証言やぼくの顔や身体に残る殴られた痕、なによりぼくが病室に入院する患者で満足に動かせるのが左手だけというのでは他に判断のしようがなかった。酒のせいとは言え自分がしでかしてしまったことに悲観したのだろうという見解だった。病院側もぼくの希望を聞いて安堵したようだった。なににしろ厄介な患者だったのだ。
家は車椅子で移動できるようにリフォームされ、朝と夜、ベッドの寝起きだけ手伝ってもらい、あとは自分で動くように努力した。健一が「タカがやったのか」と奥田のことを聞いた時「ぼくじゃない、この手がやった」と答えた。健一は「落ち着いたら返しに行こう」と言った。ぼくもその方がいいのだと決めていた。
一か月後、思わぬ人物がぼくを訪ねてきた。ユキだった。
玄関の戸を開けた時「久しぶりね、十年にはなるね」と言った。
家に上がってもらい「どうして」と尋ねるぼくに「健一さんから頼まれた」と答えた。ぼくは再度「どうして」と言わなければならなかった。
「わたしのことを話す必要があるんだと思う、わたしは引っ越したあと伯父さんの家で世話になりながら暮らしていたんだけど五年ほどして母は亡くなった、わたしは一人になってしまった、その頃は高校を卒業して信用金庫に勤め始めたばかりの頃だった。わたしはなんとか自分の力でアパートを借りて二人で暮らそうと思っていたから母の死のショックは大きかった。そんな時だった。夜、伯父が私の部屋に忍び込んできた。抵抗するわたしを押さえつけて乱暴に服を脱がせた。その日は伯母が友人たちと旅行に出ていた日だった。
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