第5話 ハッピーエンドで人生最高の幸せ

 友美は思わず彼に言った。

「もう、この辺が潮時だよ。ホスト見習いはもう辞めなよ。

 どんな災難に見舞われるかわからないよ。ブルブルブル」

 彼は、こっくりと頷いた。

 

 私は今、私は地元の商店街で真由の母親が経営しているカレーハウスに客として訪れている。

 カウンターだけの小さな店だが、チキン野菜カレーは、人参や玉ねぎがたっぷりと入っており、子供も美味しそうに食べている。

 真由は、母親の手伝いをしているが、香り高いサイフォン珈琲は真由がたてている。


 真由はカウンター越しに

「お姉ちゃんのこと、パソコンを見るたびに思い出してたよ。

 私にとっては、第二のママのようなものだったものね」

 私はその言葉だけで嬉しかった。

 これは私にとっては、愛のしるしだった。

 私は出産の経験はなかったが、そう言われると真由のに対して母性愛がわいてくるようで、幸せな気分になれた。

 OL生活をしていると、上司の無理難題な要求にも答えなければならない。

 私はOA機器で目が痛くなるので、視力矯正器をつかって、目を保護していた。

 かといって、高給取りでもなければ先の保証などない。

 それは、サラリーマンである夫も同じことだった。

 つましい生活を送りながら、ささやかな楽しみを見出していくしかない。


 私は早速、真由のたてたサイフォン珈琲を飲んでみた。

 熱いが、やはり香りがして美味しい。


 正午をまわり、店は大入り満員になってきたので、私はレジに向かった。

 すると、なんと夫がカウンターに座り、野菜カレーを注文していた。

 夫は、野菜も刺激物であるカレーも苦手だったのに、どういうことなのだろうか?

 

 人見知りで、どちらかというと人間嫌いのはずの夫は、隣の男性老人と会話をしている。

「ここのカレーは、うす味で甘口。野菜たっぷりで、食べやすいですね。

 僕はカレーといえば、ここしか食べないことにしてるんですよ」

 質素な身なりをしている男性老人は、答えていった。

「久しぶりですよ。若い人と話ができたのは。

 カレーという共通点があるから、気さくに話ができるんですね。

 どうも私のような年齢になると、若い人からは時代遅れの頑固者なんていうレッテルを貼られることが多いんですよ。

 しかし、そう見られていても、やはり自分から話しかける勇気は必要ですよ」

 夫はうなずきながら言った。

「そうですね。自分だけのカラに閉じこもっていてはならないですね。

 多少迷惑だと思われようが、人と交わる勇気は必要ですよ。

 このことは、車いす生活になっても同じことですよ」

 珍しく夫が、年齢の離れた高齢者と饒舌に話している。

 夫は自分に自信がないせいか、人に嫌味を言ったり、自分を棚にあげ(?!)人の容姿をけなしたりする癖がある。

 しかし、セールスマンになってからは、その悪癖から脱出したようである。

 まあ、そうしないとセールスマンなどという職業は一日で解雇されてしまう。

 夫も世間の波にもまれて、そのことを痛感したのであろう。


 夫は新しい提案をした。

「メニューに、ビタミンたっぷりのダイエット専門野菜カレーと宣伝コピーを書いたらいいよ。

 このカレーは、野菜のスープが染み込んでいるので、野菜嫌いの人でも克服できそうだよ」

 真由は嬉しそうに言った。

「ホントいうとね、私も野菜嫌いだったけど、このカレーでようやく玉ねぎや人参、ブロッコリーまで食べられるようになった。

 ママにはホント感謝」

 真由の母親は答えて言った。

「当時、夜の仕事が忙しくていつも放ったらかしでね。

 でも、このカレーを食べることは、親子を結ぶ沈黙の絆だったんですよ」

 私は思わず目を細めた。

「私は、真由のことが心配でしかたがなかった。

 でもこうやって、カレー店を経営することができて嬉しいです」

と言い終えるやいなや、なんと私の食べているカレーに小さな豆が入っているのに気がついた。

「もしかして、この豆は納豆ですか?」


 すると、背後から若い女性の声がした。

「ピンポーン。よく気がつきましたね」

 振り返るとそこには、三年前にバイトを解雇された友美だった。

 私は友美が悪党でない未成年者だっただけに、気がかりだった。

 急に友美は

「すべてのことは、イエスキリストに働いて益となる」(ローマ8:28)

 この言葉は、どこかで聞いたことがあるような、あっ、そういえば、キリスト教番組で聞いた言葉だった。


 友美はバイトを解雇されてからも、行き場がなく苦しんでいたという。

 一時は飲酒と喫煙に溺れていたが、それも神に祈ることによって解放され、現在は高校認定試験の勉強に励んでいるという。


 友美はクロスのペンダントをさわりながら、

「このクロスはいつもアクセサリー部門のなかで人気ナンバー1だけどね、実は処刑道具なの。

 神の一人子であるイエスキリストは、人類の罪のあがないのために、この十字架にかかられたが、三日目に蘇り、天へと帰っていったのよ」

 えっ、人類の罪のあがない?!

 私、なにか悪いことをした? いやそれは多分人間が誰しももっているエゴイズムのことだろう。

 エゴイズムをもち、欲にまみれれば、人は誰でも神から遠ざかっていき、世間の迷子になってしまう。

 移り変わる世の中で、自分の良心をだまし、ときには人からだまされながら生きていくなんて人生なんて、まっぴらごめんである。


 友美は続けていった。

「私は日曜日の午前中はキリスト教会に通っているの。

 なんの取り柄もない私でも、神は求めれば答えて下さる。

 神は決して、すがる人を一方通行の片思い状態にはさせないわ」

 思えば、私にはすがる人などいなかった。

 もしかしたら、神様にすがると神は私に将来の道を与えて下さるに違いない。 


 神は真由親子も、友美も、世間の波に溺れることなく、新しい道を与えて下さったんだなあ。

 私は今のOL業がいつまで続くだろうと、不安になることがあったが、もしかして、神に祈って罪(エゴイズム)を改めれば、きっと新しい道が開かれるに違いない。

 まず、目を閉じて、手を組んで祈ってみよう。

 すると、真っ暗な闇の向こうから、くっきりと細い一筋の光が射し込むのを感じた。

 私はその光にどこまでも従っていこうと、決心した。


 ハレルヤ


   完


 


 


 


 

 

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情けこそがアウトリーチ すどう零 @kisamatuma

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