第4話 可惜夜に僕らは 4

 「もうすぐ花火が始まる時間ですね。」


 「ええ、予定ですと、十分後くらいです。」


 ちょうどこの赤面したくなる距離感にも慣れてきたところだった。なんだかんだ僕らは、祭りを楽しんだように思う。そびえ立つ壁のように道の両脇に並んだ屋台から痛くもない値段のたこ焼きを買ったり、飼う気もないのに金魚すくいに挑戦したり、子供のころはことごとく失敗した「カタ抜き」をその頃よりはるかに知性を備え、自身の体をコントロールできるはずなのに、盛大に真っ二つにした。

 子供のころのときのような興奮や熱量はないし、人の多さや、夜でも容赦ない暑さのほうが気になる冷めた大人を満足させる、「祭り」という行事は本当に大したものだ。


 「ここからさらに人が増えます。花火がよく見えて、人が少ない場所があるのですが、そこにいきませんか?」

 僕は少しでも、下心が表に出ないように、彼女と目を合わせず、人混みの奥を見ながら抑揚のない声で淡々と言った。


「さすが地元のお祭りですね」

 僕の申し出に驚いたのか、少し間はあったが、ちゃんと僕に顔を向けて笑顔で言った。


 僕らは、人混みを抜け、外灯の少ない真っ暗な道を住宅街の壁に沿って歩いた。すぐ後ろには、賑やかな祭りが催されているのに、ほんの少し日常に足を踏み入れると、幾千と繰り返されてきた、ただの夏の夜にすぎなかった。

 そして、僕らは再び日常を抜け、非日常の特等席に二人で腰かけた。


「十代のころ、この場所を見つけたんです。ほとんど人は来ないし、対面で打ち上げ花火をまるごと全身で受け止めることができるんです。」


 「こんなに素敵な場所だと今日のすべてが私たちのために行われているように勘違いしちゃいますね。」

 

 彼女は、口元に手を近づけて、照れながら笑った。


 「ええ、きっと僕らのために開かれたのだと思います。」


 いつもは濁っているだけの川の水面が、夜だとその姿を隠して、人を横に座らせることに慣れていない僕らを神秘的な存在みたいに投影していた。

 僕は今日、彼女に告白をすることを決めていた。彼女のことが好きということは間違いない。大人につれ、人を好きになることに複雑な要因や理由が必要になるし、告白することも、その例外ではない。何かとタイミングを見計らい、少しでも勝率の高い日を選び、互いにとって、特別を演出できるようにと、年齢を重ねると人は、かっこうをつけたがるように思う。今日を選んだ僕も、所詮はダサい大人の一人にすぎないのだ。

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