第2話 可惜夜に僕らは2
「一つお聞きしたいのですが、花火は好きですか?」
彼女は唐突に尋ねてきた。
「花火ですか。好きか嫌いか考えたこともありませんでした。」
花火を見ることは、大人になってから、めっきり無くなってしまった。まだ今の自分の腰くらいの背丈の時は、田舎の夏祭りによく行って、特別おいしくもない焼きそばやたこ焼きを食べ、ヨーヨー釣りや射的を親にせがみ、たらふくお腹と心を満たした。その締めくくりに、川辺から打ち上がる大きくもないが、小さくもない、絶妙に自分たちでは掴むことのできない規模の打ち上げ花火に、心を躍らせていた。
もうパズルのピースみたいに、断片的な思い出だ。都会に出てから、もう何度も夏を越しているが、あれから増やすことに成功していない。
「私、花火が好きなんです。別に規模はあまり関係ないのですが、祭りとかで空に打ち上がる花火を見るのが好きなんです。」
彼女は、対面にいる僕の体と机の隙間を見ながら少し遠慮がちに言った。
「では、今度行ってみませんか?」
「ちょうど、僕の地元で夏祭りが近々あるはずです。子供のころと開催日が変わっ
ていなければ、今週の土曜日だった気がします。」
僕は持っているコップを少し震わせながら言った。
彼女とは出会ってから、まだ日は浅く、お互い様子をみている時期だったが、僕は、一刻も早く、彼女との距離を縮めたかった。今年、三十路に片足を突っ込む年齢で、親から結婚やら孫の顔やら、無自覚な精神攻撃をしてくるのが、指のささくれのようにずっとそこにあるみたいで、うんざりしていた。
そして何より、僕は彼女のことが好きだった。今までささくれを取るために、何人かと付き合いはしたが、取ることはできなかった。それどころか、イボまで成長したり、膿のような見るにも堪えない恋愛をしたこともあった。
でも、彼女は、まったく違う雰囲気をもっていた。それは、僕をひどく魅了したし、生活の基準すべてが彼女で作られていった。雰囲気というのはかなり曖昧だが、恋愛というのは、本当にそう言った言葉が適しているときがある。
あと、僕と彼女の出会いに関しては、語れることはほとんどない。よくあるかわからないが、互いに共通の知人がいて、その知人に誘われ、食事をした。といのが出会いだ。僕らだけが独り身ということもあって、互いが打ち解けるのにあまり時間はかからなかった。
「いいですね。ぜひ行ってみたいです!」
「あっ、必ず浴衣で来てください。浴衣じゃなかったら私いきませんから!」
彼女は、僕の体と机の隙間にやっていた視線を僕の顔に向け、相好を崩した。
どうして浴衣じゃないとダメなのか。と喉からでる寸前まできたが、なんだか明確な答えが返ってくる気がしなくて、そのままコーヒーと一緒に飲み込んだ。
今まできっと何千杯と飲んできた、どんな味のコーヒーより甘く、口の中に広がり、夏の暑さのようにまとわりついた。
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