第6話 甘い休息と相談者

洞窟を抜けた後、俺は自然と人のいる町へと足を運んでいた。今日の目的は、心の平穏を取り戻すための甘い贅沢――スペシャルロイヤルフルーツチョコレートパフェを食べることだ。


「……たまにはこういう贅沢も悪くないだろう」


自分に言い訳するように呟きつつ、軽い足取りで町のカフェに向かう。賑わう通りを抜け、カフェの前に到着すると、甘い香りが出迎えてくれた。店内に入ると、日常の疲れが一瞬で溶けていくようだった。


「こちらへどうぞ」


案内された席に座り、メニューを手に取る。目当てのパフェの写真が美しく輝いているのを見て、思わず笑みがこぼれた。注文を終え、少し店内を見渡していると、ひときわ目立つ存在に目が留まった。


豪華なドレスを纏い、長い金髪を風に揺らしながら静かに座る女性。その気品と自信に満ちた佇まいは、他の客とはまるで違う。


「あれは……アイリス・ヴァレンティ」


魔法の名門、ヴァレンティ家の娘だ。噂では、彼女は貴族の中でも特に優れた魔法の才能を持つと言われている。貴族の世界に詳しくない俺でも、その名前はよく耳にしていた。


だが、今日の目的は甘いパフェを楽しむこと。彼女がいるからと言って、俺の楽しみが薄れるわけではない。


そう思いながら、パフェを待っていると、ふとアイリスがこちらに視線を送ってきていることに気づいた。目が合うと、彼女は微笑み、静かに立ち上がってこちらへ歩み寄ってきた。


「カナタ・アーディラス……ですよね?」


その声には自然と自信が滲んでいた。俺は一瞬驚きつつも、すぐに穏やかに返事をする。


「ああ、その名前は確かに俺だけど……まさか貴族様が知っているとは」


「ええ、もちろんですわ。あなたの名前は冒険者の間で広く知られていますし、アーディラス家のことも貴族社会でよく耳にしますから」


彼女の言葉には、自分自身の誇りが自然と感じられた。俺は軽く笑いながら、少しだけ肩の力を抜いて答える。


「そう言ってもらえるのはありがたいけど、そこまで大したものじゃないよ」


その瞬間、運ばれてきたスペシャルロイヤルフルーツチョコレートパフェがテーブルに置かれた。鮮やかなフルーツとチョコレートの色彩が美しく輝いている。


「……美しい」


思わず口にしたが、その言葉がアイリスに向けられたと思われたのか、彼女は少し驚いた顔をしていた。


「え……?」


「あ、いや、パフェがな。あまりにも美しくて驚いただけだよ」


俺は軽く笑いながら訂正した。アイリスは一瞬唖然としたが、やがて呆れた感じで微笑んだ。


「あなたがこんな甘ったるいものを楽しむとは、意外ですわね」


彼女の言葉には、軽い皮肉が混じっていたが、俺はそれを受け流しながらスプーンを手に取った。


「俺にどんなイメージがあるか知らないが、疲れた時には甘いものが一番だって、俺はそう思ってるんだ。それに、リラックスする時間も大事だろ?」


「……リラックス、ですか」


彼女は少し呆れたようにため息をついたが、どこか楽しんでいる様子だった。


「まあ、カナタさんが何を食べようが自由ですけど……実はもっと大事な話があって、少しお時間いただけますか?」


「大事な話?」


俺はパフェに手を伸ばしながら、少し驚いて彼女を見た。彼女の表情は真剣だった。


「ええ。私はもっと強くなりたいのです。ヴァレンティ家の名に恥じないような、さらに強大な力を手に入れたい。そのために、他人を導きいてると噂のあなたに、どう強くなっていくのかを聞きたいのです」


俺はスプーンを止め、彼女の言葉を噛みしめた。彼女の目には焦りが見え隠れしていた。強さを求めることが彼女にとってどれだけ大事かが、はっきりと伝わってくる。


「強くなりたい、か……。まあ、俺が言えることは、失敗を恐れないことだな」


「失敗を……恐れない?」


アイリスは少し眉をひそめた。


「そう。どんなに強い人でも、完璧に進むことはできない。むしろ、失敗から学んで、それを次に活かす。それが本当の強さに繋がるんだ」


「でも、私の家では失敗なんて許されません。失敗を恐れないなんて、私には理解しがたいですわ」


彼女の言葉には、家柄への誇りとプレッシャーが混じっているようだった。俺は軽く肩をすくめて答えた。


「それが問題なのかもしれないな。それにあんたは魔法に頼りすぎているのかもしれない」


「魔法に……頼りすぎている?」


アイリスはその言葉に少し疑念を浮かべた。


「今のあんたの強さは魔法によって支えられている。それは間違いない。だが、俺は魔力がないから魔法が使えない。つまり、俺はあんたとは別の方法で強くなったってことだ」


俺がそう言うと、アイリスは驚きの表情を見せた。


「あなたに……魔力がない?それなのに、あんなに噂になるほど強いなんて……」


「まあ、それは噂が盛られてるだけさ。でも、たった一つの力に頼るだけじゃなくて、いろいろな視点で物事を見てみるのも大事なのさ」


俺がそう言うと、アイリスはしばらく黙り込み、やがて少しだけ笑みを浮かべた。


「……新しい視点、ですか。確かに、私は魔法に頼りすぎていたのかもしれません」


俺はパフェをもう一口食べながら、彼女を見た。すると、彼女が軽く笑いながら口を開いた。


「カナタさん……あなたは、こういう話をしながらもパフェを食べ続けるんですね」


「甘いものは、考えを整理するのに役立つんだよ。少なくとも、俺にとっては」


「まさか……でも、そういう余裕があなたの強さの一部なのかもしれませんね」


俺は肩をすくめながら、彼女に軽く微笑んだ。


「余裕は大事さ。力を使うにも、精神の安定が必要だからな」


アイリスは軽くため息をつきながらも、どこか楽しそうに微笑んだ。


「カナタさん、ありがとう。あなたの言葉は、私にとって新しい視点を与えてくれましたわ。でも……そのパフェの余裕を持つ姿勢には、まだ完全には納得していませんけど」


彼女の言葉には軽い冗談が含まれていた。俺は肩をすくめながら、軽く笑った。


「まあ、甘いものを食べるかどうかは、最後はアイリスの判断だ。それに、時には肩の力を抜くことも強さになる」


「そうかもしれませんわね。でも、まだ私は甘いものよりも、もう少し強さを追い求めていたいです」


彼女は微笑みながら、背筋を再び伸ばした。そのプライドはまだしっかりと彼女の中に根付いているが、その一部に新しい柔軟さが芽生えつつあるのを感じた


「次に会う時は、自分でも満足できるくらい強くなっていることを期待しておきます」


それを聞いたアイリスは軽く微笑み、去っていった。その姿を見送りながら、俺は最後にパフェを一口食べ、静かに息をついた。


「……やっぱり、甘いものは最高だ」


俺は自分にそう言い聞かせながら、店内の賑わいに再び目を向けた。


「しかし、彼女にどう会おうかと思っていたが、まさか向こうから来てくれるとはな」


パフェを食べることと彼女に会うことが、この町に来たの目的だったが、まさか同時に達成できるとは。


「……さて、どうしたものか」


思いのほか早く目的が済んでしまった俺は、後の時間、何をしようかと思案するのだった。 



---



「ふう……」


カフェを出て、少し涼しい風が頬を撫でる。まるで私の心を見透かしているかのように冷たい。それが何だか悔しくて、思わずため息を漏らしてしまった。


――今日は一体、どうしてこんなに乱れてしまったのだろう?


自問自答するが、すぐに答えは出ない。いつもなら、何が起きても冷静に対処する自分でいられるのに、今日は違った。理由はわかっている。カナタ・アーディラス――あの冒険者だ。ヴァレンティ家の一員としての私に、あれだけ軽口を叩きながらも、全く失礼に感じさせない妙な男。


「あの態度……普通なら到底許されないのに」


そう、自分が一番驚いているのはそこだ。アーディラス家はそれなりに名の通った家柄で、特にあのセレナ・アーディラスは、私が小さな頃から憧れていた人物だった。セレナの名を聞けば誰もが頷く、その功績はあまりにも偉大で、私もまた彼女のように強く、毅然とした存在を目指してきた。


だが、彼女の甥であるカナタはどうだろう?


「……まるで違う」


彼はそのアーディラス家の血を引いているはずなのに、まったく家の重みを感じさせない。セレナの影響を全く受けていないわけではないのだろうが、あの自然体すぎる態度……いや、それが逆に私の心を乱す。普通の貴族なら、もっと私に気を遣うはずだ。相手が誰であれ、私はヴァレンティ家の娘、そして誇り高き貴族の一員なのだから。


「でも、彼はそんなことをまったく気にしていない」


それが何とも腹立たしい。私の家柄を知りながら、あんなにも無頓着でいられるとは……まるで、私が特別ではないかのように扱われた気がして、プライドが傷ついた。


「でも、何故か心地良かった……」


この感情をどう説明すればいいのか、まだ整理がついていない。ただ、確かに感じたのは、あのカナタという男が、私を一人の『人間』として見てくれていた、ということだろうか。家の名ではなく、私個人を見て、話してくれた。もちろん、彼がそうしたからといって、私がそれを許容する理由にはならない。でも……。


「今まで、誰かが私をこう見てくれたことがあったかしら……」


ヴァレンティ家の娘として生まれた私は、常にその期待と責任を背負って生きてきた。私の周りにいる人々は、私を『ヴァレンティ家のアイリス』として見ている。それが誇りであり、同時に重荷でもあった。でも、彼はそんなことには無関心だった。


「何も気にしないなんて、どうかしてるわね」


そう言いながら、思わず微笑んでしまった。自分でも驚いたが、その瞬間、少しだけ心が軽くなったような気がした。彼の無遠慮な態度は確かに失礼だが、それを嫌悪しているわけではない。むしろ、その堂々とした振る舞いが、私の心のどこかに響いたのだ。


「まったく、私もまだまだね」


思い返せば、彼との会話の中で、自分が知らないうちに心を開きかけていた瞬間があった。だが、それを素直に認めるわけにはいかない。私はヴァレンティ家の誇りを背負い続けなければならない。そして、彼のような無邪気な冒険者に振り回されるわけにはいかないのだ。


「次に会う時は、もっと毅然とした態度で接してやるんだから」


自分に言い聞かせるように強くつぶやいた。そう、これはただの一時的な気の迷い。私は貴族であり、彼とは違う立場にいる。次に会った時には、きっと彼にそれを思い知らせてやる。軽口で済ませるような相手ではないことを、見せつけてやるつもりだ。


「カナタ・アーディラス……次は私が優位に立つわ」


そう決意しながら、私は一歩前へと踏み出した。風はまだ冷たく、心に染み入るようだったが、もうため息をつくことはなかった。これから私が成すべきことが少しずつ、だが確実に見えてきた気がする。


――ヴァレンティ家の名誉にかけて、次はもっと堂々と、彼と向き合う。

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魔力無しのB級冒険者~『無』そのものが世界を見守り導くようです~ 黒熊のケーキ @yukio4476

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