第5話 野暮用と祝勝会
俺はある洞窟の中で、深い闇の向こうに広がる世界を振り返った。そこは、人間界とは異なる次元――魔界だ。古代の人間と魔族が力を合わせて作り上げた封印が、その境界を隔てている。封印が施されてから、長い時が経ったが、今、その封印は少しずつ揺らぎ始めている。もっとも、その揺らぎを生じさせたのは俺自身だ。
「また少し、封印を弱めておくか」
俺は軽く呟き、魔界を見つめ続ける。魔族たちは、封印の向こう側で成長を遂げようとしている。人間とは少し違い、彼らは力を誇り、その力を信じて生きている。実際、彼等は魔力が強く、外見的にも角や翼などがあり、どこか威圧感のある風貌をしている。だか、根本的な部分は人間とそう変わらない。感情もあれば、欲望もある。
そして、彼らの内面的な成熟は人と比べ大きく欠けている。今の力を誇示するだけでは、彼らは真の成長を遂げることができない。争いを通じて人間が外面的な強さを得るように、魔族は争いを通じて内面的な強さを得る必要がある。
封印を少しずつ緩めているのは、そのためだ。封印を緩めることで、少しずつ魔界の魔物たちが人間界に漏れ出し始めている。強力な魔物に立ち向かわなければならないとなれば、人はより成長し、強くならなければならなくなる。それこそ、村を襲われたフェイのように。
それに平行して、魔族にも試練を与えている。封印の緩みによる魔力の乱れは、魔力の暴走に繋がり、彼らを大いに苦しめるだろう。それらを抑えるには、自身の力と向き合い、より内面的に成熟しなければならない。
「フェイたちも、今回の任務で順調に成長したようだな」
オーガ討伐を通じて、フェイたちもまた成長を見せていた。フェイは今回の戦闘で、状況を冷静に判断し、仲間を助ける役割を果たした。慎重な彼女の判断は、ディランやサラ、リーフをサポートし、彼らを勝利へと導いた。仲間の評価を受け、彼女は大きな自信を得ることだろう。
「フェイには才能がある。村で一生を過ごすのにはおしい」
ディランは相変わらず無鉄砲だが、彼もまた自分の力に限界があることに気づき始めた。フェイのサポートがなければ、彼はその無謀さで危険な状況に陥っていたはずだ。彼の行動力はパーティ全体に活気をもたらしているが、それだけでは勝利を掴むことはできない。成長の鍵は、自分を客観的に見る力だ。
「ディランのようなタイプは壁を乗り越えた時の上がり幅が大きい。期待だな」
サラもまた強力な魔法を使いこなし、戦術的に成長を見せている。彼女はかつて、自分の力を過信しがちだったが、仲間との連携の重要性に気づき始めた。強大な魔力を持っているが、それをどう使いこなすかが今後の課題だ。
「サラの魔力はなかなか見所がある。だが、その力を制御できるかどうかが、彼女の成長の分かれ目だな」
そして、リーフ。彼は冷静で柔軟な思考を持ち、仲間を支える役割を担っている。特に、ディランの無鉄砲さを制御する役割を果たしつつ、仲間を守る責任感を強めている。戦いの中で、リーフは仲間を守ることの大切さを自覚し始めたようだ。
「リーフの冷静さと柔軟な思考は、パーティの中で欠かせない存在となるだろう」
フェイ、ディラン、サラ、リーフ、――彼らはそれぞれの役割を果たし、互いに成長している。争いの中で自分たちの力を試し、仲間との信頼を築いていく。それこそが、彼らの真の力になる。
「人間と魔族。両者が争いを通じて成長し、最終的には協力する……それが、今の俺が望む未来」
だが、その時はまだ来ていない。魔族も、そして人間も、まだ成長の途上にある。俺はその過程を見守りつつ、時折介入するだけで十分だ。直接的な干渉は避け、彼らが自らの力で進むべき道を選ぶのを待つ。今はそれがすべきことだ。
俺は魔界の入り口を背にし、静かに洞窟を歩き出した。また少し封印を緩めた影響で、これからもより強力な魔物たちが人間界に現れるだろう。だが、それは人間たちにとって、さらなる成長の機会となる。
「……さて、少し寄り道しようか」
近くの町に、スペシャルロイヤルフルーツチョコパフェがあると聞く。どうせ、時間をかけねばならないのだ。ゆっくりいこう。
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オーガ討伐を終えて、街に戻ってきた私たち。全身の疲労はひどいけれど、心には達成感があった。自分がこのパーティの一員として役に立てたことに、ちょっとだけ自信が芽生えているのかもしれない。
「よーし! じゃあ、ギルドで報告しようぜ! なんかワクワクしてきたぜ!」
子供のように目を輝かせたディランが勢いよくギルドへと向かっていった。パーティのリーダーだというのに、どこか子供らしい部分が抜けない。
「もう! はしゃぎ過ぎよディラン! もう少し大人の余裕を持っていきなさいよ!」
そう注意するサラだけど、彼に負けず劣らずキラキラした目をしている。なんだがこの二人を見ていると不思議と笑みがこぼれてしまう。
「もう……二人ともほんとに単純なんだから」
リーフはそう言いながらも、その顔は笑っている。
三人を見るとはじめてパーティを組んだのが彼らで本当によかったと思う。
三人の後を追うように、ギルドの扉を押し開けると、いつもの活気に満ちた空間が広がっていた。冒険者たちが依頼を受けたり、楽しそうに話していたりする様子に、安心感がでる。
「フェイ、今日はあなたが報告してみたら?」
サラが私の肩を軽く叩いて言った。彼女の提案に、私は驚きながらも少し戸惑った。
「え、私が……?」
思わず声が上ずる。てっきり報告はディランやサラがしてくれると思っていたのに、私がしていいんだろうか。
「今日はフェイが主役でしょ?作戦を立てたのも君なんだからさ、堂々と報告してきなよ」
リーフも笑いながらそう言ってくれた。その言葉に、私は少しだけ自信を取り戻す。自分で作戦を考え、勝利へ導いたのだ。確かに、それぐらいの役得があっても、いや私が報告しないと意味がない、それくらいの気持ちを持とう。
「わかった。 じゃあ行ってくるね」
カウンターに立つと、エイミーさんが明るい笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい!どうでしたか?」
彼女の元気な声はいつもホッとさせてくれる。
「無事、オーガ討伐は完了しました」
少し緊張しながらも、なんとか言葉を紡ぐ。エイミーさんは微笑んで頷いた。
「すごいですね!オーガ討伐を成し遂げるなんて、フェイももう立派な冒険者ですね」
その言葉に胸が温かくなるけれど、まだ少しだけ自信がない。
「いえ、私一人じゃできませんでした。ディランやサラ、リーフがいたからこそ、成功できたんです」
そう言うと、後ろでディランが大きな笑い声を上げた。
「いやいや、今回の勝利はフェイのおかげだよ!あの作戦がなかったら、俺たちやられてたかもな!」
「うん、本当に助かったよ。ありがとう、フェイ」
リーフも優しく微笑んでくれる。
彼らがそう言ってくれると、自分でも少し成長を実感できる。自分が役に立てたことに、誇りを感じる。今までは、いつも不安だったけど、今日だけは少し違う。
「オーガ討伐、本当にお疲れさまでした。報酬はこちらです!」
エイミーさんが手渡してくれた報酬をディランが受け取る。
「よし、今日は祝杯だな!いい酒が飲めるぜ!」
ディランが報酬を握りしめて、笑顔で仲間たちに声をかける。
だけど、私はふとカナタのことを思い出した。オーガを討伐できたことを、彼にも報告したい。そして……あわよくばだけど、彼に褒めてもらいたい。
「カナタ……どこにいるんだろう?」
私は周りを見渡したけれど、ギルドに彼の姿はない。珍しいな……これくらいの時間帯ならいつもギルドにいるのに。
「エイミーさん、カナタを見ませんでしたか?」
少し期待を込めてエイミーに尋ねると、彼女は首をかしげた。
「カナタさん?今日はまだ見てないですね。依頼も受けていないと思いますよ」
依頼を受けていない?カナタは、何をしているんだろう。彼がいないことが少しだけ寂しく感じる。依頼をやりとげた達成感を彼にも伝えたかった。
「まぁ、またそのうち会えるさ!」
ディランが笑顔で肩を叩いてくれる。
「そうだね……」
名残惜しい気持ちを残しながらも、私は仲間たちと祝杯を挙げるために酒場に向かった。
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酒場はギルドと同じくらい賑やかだった。冒険者たちの笑い声や、木製のテーブルにカップがぶつかる音が混じり合い、活気に溢れている。料理の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、酒の芳醇な香りが酒場全体を満たしていた。
ディランが最初に大きな声で乾杯を叫び、サラもそれに続いて楽しそうに笑っていた。彼らの声が響く中、私は少し緊張していたが、仲間たちの明るい声がその緊張を和らげてくれる。
「フェイ、今日はお前が主役なんだからな!」
ディランが笑顔を見せながら私の肩をバシバシと叩いてくる。その手は重く、すこし……いや、結構痛い。でも、彼の笑顔を見ると、その痛みすら気にならなくなる。彼なりの励ましだということは十分に理解しているからだ。
「そうよ! 今回みたいにフェイが作戦を立ててくれたら、もっと大きな依頼にも挑戦できるかもしれないわ!」
サラもにっこり微笑みながら、私の肩を同じようにバシバシと叩く。普通に痛い……でも、彼女の明るい笑顔が嬉しかった。このパーティにいると、どんな困難でも乗り越えられるような気がする。サラの無邪気な笑顔は、いつも私に勇気を与えてくれるのだ。
「う、うん、みんな、ありがとう」
肩は痛いが、仲間たちと過ごす時間が、こんなにも楽しくて充実したものだなんて、思ってもみなかった。サラは明るく、ディランは無邪気で、リーフは冷静だけれど優しさを持っている。このパーティにいることで、私自身が少しずつ成長しているのを感じる。彼らが私を仲間として認めてくれている、その事実がとても嬉しかった。
「本当に、フェイの作戦がなかったら危なかったかもな。あのオーガ、でかくて硬くて手強かったよな!」
ディランは、グラスを手に、オーガとの戦闘を思い出しているようだった。彼の目はどこか楽しげで、まるでその場面がまた来るのを待っているような感じすらする。戦いが好きなディランらしい反応だ。
「確かに……あの作戦がなかったら、私の魔法もあまり効いてなかっただろうし。フェイ、ありがとね!本当に助かったわ」
サラも感謝の気持ちを伝えながら、グラスを軽く持ち上げる。その仕草はどこか優雅で、彼女の天真爛漫な性格を感じさせた。そんな彼女の言葉を聞いて、私の心は少し暖かくなった。仲間たちが私を必要としてくれている、その思いが胸の中にじわりと広がる。
「そうだな。フェイが考えたあのタイミング、最高だったよ。俺たちがバラバラにならずに動けたのは、フェイのおかげだな」
リーフも、冷静な口調で私を褒めてくれた。その言葉に、私は少し照れてしまう。彼は普段、あまり感情を表に出さないが、こうして静かに認めてくれるのが嬉しかった。
「みんな、そんなに褒めすぎだよ……。私、ただ思いついただけだし……」
そう言いながらも、内心は嬉しかった。私が考えた作戦がみんなの役に立った。それが、今までの私には信じられないことだったからだ。ずっと自信がなくて、誰かの背中を追いかけるだけだった私が、今は自分で考えて行動できるようになった。この成長を感じられるのも、仲間たちのおかげだ。
「いやいや、謙遜すんなって!次からはもっと自信持てよ!」
ディランが笑いながら、また肩を叩いてくる。痛い……でも、その笑顔が本当に嬉しかった。彼の無邪気さが、この場の雰囲気をさらに明るくしてくれている。
「それにしても、オーガを討伐したんだし、これからもどんどん強くなれるよ。次の依頼も一緒に頑張ろうね!」
サラは明るい笑顔を浮かべながら、私を見ている。彼女の言葉に、少しだけ自信が湧いてきた。
「うん、そうだね……ありがとう、みんな」
仲間たちの笑顔や言葉が、私の心を温かく包んでくれる。でも……そんな中でも心のどこかで、カナタのことを考えてしまう。
「カナタ……今、どこにいるんだろう……」
私は小さく呟いた。オーガ討伐を成功させたことを、彼にも報告したい。カナタに認めてもらいたい――そんな気持ちが、心の奥にある。カナタに褒められることが、私にとって特別な意味を持っている気がしてならなかった。彼がいなかったら、私はここまで来られなかったし、こんなに成長できたかもわからない。
ディランが私の表情に気づいたのか、笑いながら話しかけてきた。
「どうした?カナタさんを探してるのか? そういえば、今日は珍しくギルドにもいなかった気がするな……」
「うん……カナタがいたら、褒めてもらいたいな~って思っただけ」
「カナタさんが褒めるなんてなかなかないだろうな! 俺はまだ一回も褒められたことないぜ!」
「え、そうかな? 私は結構褒められたことあるよ?」
「え……!?」
ディランの言葉に少し笑いがこぼれた。確かに、カナタはあまり感情を表に出さないし、雰囲気は少し冷たい感じがあるけど、周りの変化によく気づいてくれる。今回も、きっと私の成長に気づいてくれていると思う。そう信じて、私はもう一度グラスを持ち上げた。
「今回の任務、みんながいてくれて本当に良かった」
サラが微笑みながら私の肩を軽く叩いてくれる。今度は優しく、痛くない。それが少しだけ嬉しかった。
「それじゃ、改めて……」
リーフが静かにグラスを持ち上げる。
「乾杯!」
「乾杯!」
私たちは声を揃えてグラスを掲げた。
仲間たちと過ごす時間が、こんなにも楽しくて充実したものだなんて、思ってもみなかった。自分が成長しているのを実感できるのは、仲間たちのおかげだ。
だけど……やっぱり、カナタにもこの成長を伝えたい。そして、できれば褒めてもらいたい。彼に認められることが、私にとって特別なことだと感じるのだ。
「カナタ……早く会いたいな……」
そんなことを思いながら、私は少し重い杯に口をつけた。
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