第2話 新米冒険者フェイ・アルデン
朝の光が差し込むギルドの扉を押し開けると、いつもの活気が広がっていた。冒険者たちの笑い声、依頼に関する議論が飛び交い、活気に溢れている。俺は軽く周りを見渡しながら、カウンターに向かった。
「カナタさん、おはようございます!」
受付嬢のエイミーが、いつもの元気な声で挨拶してくる。彼女の明るい笑顔は、ギルド全体をさらに活気づける。
「おはよう、エイミーさん」
軽く返事をしながら、掲示板に目をやる。まだ依頼を決めていなかったので、いくつかの依頼書を手に取る。
「今日はどんな依頼を探してるんですか?」
エイミーが興味深そうに声をかけてくる。俺は少し考えてから答えた。
「ああ……今日は少しゆっくりしたい気分だから、軽めの依頼がいいかな」
「それなら、最近多い薬草の採取依頼なんてどうですか? 危険も少ないし、今のカナタさんの気分にはちょうどいいかも」
エイミーが数枚の依頼書を見せてくれる。その中の一枚を手に取り、内容を確認する。森で薬草を採取するだけの簡単な依頼だ。
「うん、これにしよう。今日はのんびりさせてもらうよ」
「いいですね! でも、気をつけてくださいね」
エイミーの言葉を聞いたあと、周りを見てみると、カウンターの前で一人の少女が不安そうに立ち尽くしているのが目に入った。
ギルドでは見かけたことはない顔だ。いくつか冒険者用の装備を持っていることからも、おそらく彼女は冒険者登録をしようとしているのだろう。が、緊張しているのが明らかだった。
俺は彼女に近づき、優しく声をかけた。
「冒険者登録をしに来たんだよね? 手伝おうか?」
驚いた顔でこちらを見た彼女は、しばらく戸惑っていたが、やがて小さく頷いた。
「……はい、お願いします」
彼女の声は緊張で震えていたが、少し表情が柔らかくなったように見えた。俺は彼女をカウンターに案内し、エイミーに話しかけた。
「エイミーさん、この方が冒険者登録をしたいみたいなんだ。手続きを手伝ってあげてくれる?」
エイミーは優しく微笑んで頷いた。
「もちろんです! 初めての冒険者登録は誰でも緊張するものですから、ゆっくりやっていきましょうね」
エイミーの明るい声に少し安心したのか、彼女は静かに名前を名乗った。
「フェイ……フェイ・アルデンです。治癒魔法を、少し使えます」
「治癒魔法! それは素晴らしいですね!」
エイミーは驚きの表情でフェイに笑顔を向けた。
「治癒魔法を使える冒険者は本当に貴重です。これからきっと、たくさんの人に感謝されますよ!」
フェイはその言葉に少し驚いたようだが、すぐに視線を落とした。
「でも……私、戦うことができないんです」
その言葉に俺は軽く首を振った。
「戦うだけが冒険者の仕事じゃないよ、フェイさん。治癒魔法で誰かを助けられるって、すごい力だと思う」
彼女は一瞬驚いた表情を見せたが、まだ自信が持てない様子で視線を下に向けた。
「……私、そんなにすごい力じゃないと思います……」
フェイの声には弱々しさがあったが、その奥に人を助けたいという強い意志が感じられた。
「カナタさんの言う通りですよ。大事なのは自分の力を信じること。きっと自信は後からついてきますよ」
エイミーの優しい言葉に、フェイは少し考え込んでから、小さく頷いた。
---
森に入ると、ひんやりとした空気が肌に触れる。森の中は、いつ何が起こるか分からない場所だ。俺はフェイに、森での心得を教えることにした。
「フェイさん、採取の時でも気を抜かないことが大事だよ。森には魔物も潜んでいるから」
フェイは驚いた顔で俺を見た。
「採取でも、魔物が出るんですか?」
「そう。たとえばスライムなんかは、一見無害そうに見えるけど、体力をじわじわ奪う厄介なやつだ。油断しないように気をつけて」
俺はスライムの危険性について説明し、彼女が油断しないようにアドバイスを送った。
「何かを採取する時も、周りの状況を常に確認しながら進めることが大事だ。森では何が起こるか分からないからね」
フェイは真剣な顔つきで頷いた。
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目的の薬草が群生している場所にたどり着くと、フェイは少し緊張しながらも薬草を摘み始めた。俺は彼女の様子を見守りながら、周囲の気配を感じ取っていた。
その時、静かに近づいてくる気配を感じた。
(スライムか……)
遠くから小さなスライムの気配が近づいていることに気づいたが、危険はなさそうだ。ここでフェイに経験を積ませるため、あえてすぐには対処しなかった。
「フェイさん、下がって」
俺はそう言いながら、スライムが現れる方へと立ち位置を変えた。やがて、茂みの中から半透明の緑色のスライムがゆっくりと姿を現した。
「え……これがスライム?」
フェイは驚いた様子でスライムを見つめていたが、彼女の目には不安の中にも、何か自分も役立ちたいという意志が感じられた。
「カナタさん、私……何かできることはないですか?」
彼女の声には不安が含まれていたが、助けたいという強い意志も見えた。俺は優しく微笑み、彼女の気持ちを尊重することにした。
「フェイさん、落ち着いて。俺がスライムを倒すから、その後に俺の傷を治してくれる?」
そう言いながら、俺はスライムの攻撃をあえて受け、軽い傷を負った。だが、フェイにはそれを伝えずに進めることにした。
フェイは震えながらも、目を閉じて魔力を集中させ始めた。彼女の手が震えていたが、少しずつ自分の力を信じようとしているように見える。
俺がスライムを斬り伏せると同時に、彼女の治癒魔法が俺の傷に触れ、温かな光が包み込んだ。
「……できた……私、やれたんだ……」
彼女の声はかすかに震えていたが、同時に驚きと喜びが混じっている。しかし、俺にはまだ彼女が完全に自信を持っていないことがわかった。
「フェイさん、本当にすごいよ。あなたには他の人が持っていない才能があるんだ」
俺は彼女に笑顔を向けながら、優しく声をかけた。フェイはまだその言葉を素直に受け取れない様子で、俯いたままだった。
「でも……私はまだ、戦うことができないし……やっぱり、冒険者として十分じゃないです」
彼女の声には、まだ強い不安が残っている。それに対して、俺は彼女の考えを少しでも変えたいと思った。
「戦うことが全てじゃないさ。それに俺なんて、魔力がないんだよ」
「え……魔力がないんですか? カナタさんが……?」
フェイは驚いた表情で俺を見つめた。
「ああ、俺には魔力がない。でも、それでもこうしてB級まで来られた。何かができないことは、必ずしも欠点にはならないんだ」
フェイはさらに驚きの表情を浮かべたまま、俺を見つめていた。彼女の中で、何かが少しずつ変わり始めているのが感じられた。
「でも、フェイさんは違う。あなたには治癒魔法という素晴らしい才能がある。それを使えば、たくさんの人を助けることができるんだ」
俺は優しく、確信を持って彼女に伝えた。フェイは何か言いたそうにしていたが、言葉に詰まり、また黙ってしまった。だが、その目には、少しずつ前向きな光が宿り始めているように見えた。
「俺も、初めて冒険者として活動を始めた時は不安だった。でも、自分の力を信じることが大事だよ。そうすれば、自然と自信がついてくる」
俺の言葉に、フェイは小さく頷いた。まだ完全に自信を持てたわけではないが、彼女の心には小さな希望の種が植えられたように思えた。
「……いつか、私も自信を持てるようになるんでしょうか……」
彼女の声にはまだ迷いがあったが、その迷いの中にも、少しだけ前向きな気持ちが感じられた。
「必ずそうなるよ。焦らずに、少しずつ進んでいけばいいんだ」
俺はフェイに優しく微笑みかけ、彼女の肩に軽く手を置いた。彼女も恥ずかしそうに微笑み返したが、その目には少しずつ自信が芽生え始めているのが見えた。
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ギルドに戻ると、エイミーさんが笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい、カナタさん! フェイさんも無事に戻ってこられて良かったです」
「うん、無事に採取も終わったよ。フェイさんもすごく頑張ってくれた」
俺はフェイの成長をエイミーさんに伝え、エイミーさんも温かい笑顔でフェイを見つめた。
「それは良かったですね! フェイさん、これからも一歩ずつ頑張ってくださいね」
フェイはまだ少し照れくさそうにしていたが、小さく頷いた。彼女の心には確かな成長の兆しが見えてきた。今はまだ完全に自信を持てていないかもしれないが、少しずつ、その自信を育てていけるだろう。
エイミーさんとの会話を終えた後、俺はギルドにあるテーブルに座り、今日の任務が無事に終わったことに一息ついていた。すると、カウンターからフェイがこちらに歩いてくるのが見えた。彼女の表情はまだ少し硬いものの、何か話したそうな様子が伝わってくる。
「カナタさん……少し、お話ししてもいいですか?」
フェイは少し躊躇いながらも、静かに声をかけてきた。
「もちろんだよ、どうしたの?」
俺は優しく声を返しながら彼女に向き直った。フェイは少し俯きながら、ゆっくりと話し始めた。
「今日のこと、本当にありがとうございました。初めての冒険者としての任務で……すごく不安だったんです。でも、カナタさんが一緒にいてくれたおかげで、なんとかやり遂げることができました」
彼女の声には感謝の気持ちが込められていて、その真剣さが伝わってきた。俺は軽く頷きながら答えた。
「フェイさんが頑張ったからだよ。俺はただ、少し手助けしただけさ」
フェイは少し照れくさそうに微笑んだが、すぐに顔を真剣な表情に変えた。そして、思い切ったように口を開く。
「その……もし良ければ、次からは『カナタ』って呼んでもいいですか?」
彼女の言葉に一瞬驚いたが、俺はすぐに微笑んだ。彼女が少しずつ心を開いてくれている証拠だ。
「もちろん、構わないよ。フェイさんがそうしたいなら、気軽に呼んでくれ」
そう言うと、フェイは少し安堵したように微笑み、頷いた。
「ありがとうございます、カナタ……さん」
彼女は最後に少し照れながら「さん」をつけたが、次第に慣れていくことだろう。俺は彼女の成長を見守りながら、もう一つ提案してみる。
「それなら、俺もフェイって呼ばせてもらっていいかな?」
フェイは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに少し笑顔を浮かべた。
「え……私のことを……ですか?」
「うん。呼び捨てでお互いに呼んだ方が、これからもっと仲良くなれるんじゃないかって思ってさ。無理なら構わないけど」
俺は軽く肩をすくめて付け加えた。彼女がどう思うか少し気にしていたが、フェイはすぐに首を振り、小さく微笑んだ。
「いえ……それなら、私もカナタって呼びますから……カナタも、私のことをフェイって呼んでください」
彼女の顔には少し照れが見えるが、その奥には確かな決意も感じられた。
「ありがとう、フェイ」
俺は彼女の名前を初めて呼び捨てにしながら微笑んだ。フェイも少し頬を赤くしながら、恥ずかしそうに頷いた。
「えと……これからも、よろしく……ね。カナタ」
お互いに呼び捨てで呼ぶ関係が始まったことで、フェイの中で俺への認識はより重要なものになっただろう。これからも、成長させていく一人として、見守っていくこととしよう。
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