魔力無しのB級冒険者~『無』そのものが世界を見守り導くようです~
黒熊のケーキ
第1話 カナタ・アーディラス
朝の光が街を包む中、俺は冒険者ギルド「レディアント」の扉を押し開けた。ギルドの中は、今日も賑やかだ。冒険者たちの声が飛び交い、依頼や雑談で忙しそうに動き回っている姿が広がっている。
「カナタさん、おはようございます!」
受付嬢のエイミー・グレイスが、いつもの明るい声で挨拶してくる。彼女は誰に対しても親切で、ギルドのアイドル的存在だ。俺もその元気に引っ張られる一人かもしれない。
「おはよう、エイミーさん」
軽く微笑んで返事をしながらカウンターに向かう。ギルドのこうした何気ない日常は、命の危険が常に伴う冒険者生活の中で、どこか安らぎをもたらしてくれる。
「今日はどんな依頼を受けるんですか? 魔物討伐ですか?」
エイミーが好奇心に満ちた目で訊ねてくる。俺が普段、少し危険な依頼を好んで受けることを知っているのだろう。
「そうだな、森に出た狼型の魔物の討伐依頼があったから、それにしようと思う」
掲示板に目を走らせ、該当する依頼書を手に取る。内容を確認すると、最近村に現れている狼型の魔物の討伐依頼だ。報酬は多くないが、村人たちの安全を考えれば、受ける価値は十分にある。
「気をつけてくださいね、カナタさん……最近、その魔物、さらに頭数が増えてるって噂ですし」
エイミーは心配そうな顔をして俺に念を押すように言った。俺は優しく微笑んで、彼女を安心させるように言った。
「大丈夫だよ。無理はしないから」
エイミーがほっとしたように微笑んだところで、背後から賑やかな声が聞こえてきた。
「あ、カナタさん! また安い報酬の討伐をやるんですか!」
ディランという若い冒険者が、仲間たちと共に俺に声をかけてきた。彼は自信満々のC級冒険者で、よく俺に絡んでくる。俺を尊敬しつつ、どこかライバル視しているような目で見ている。
「すごいなあ、カナタさん。魔力がなくてもB級まで登り詰めるなんて、俺たちも見習わないと!」
ディランは笑いながら言ったが、その中には少し皮肉が混じっている。しかし、俺は特に気にしない。
「ありがとう。まあ、ギルドの規定でA級には上がれないけどな。お前たちも、焦らずにしっかり進めば大丈夫だ」
俺は軽く注意を促す。彼の自信は良いことだが、時にそれが無謀な行動に繋がることもある。彼が自分の限界を理解し、成長するためには、まだ時間がかかるだろう。
「俺もそのうち、あんたみたいに強くなりますから! 見ててくださいよ!」
ディランは自信満々に言って、仲間たちと一緒に掲示板に戻っていった。俺は彼の成長を期待しながら、再びエイミーに視線を戻す。
「依頼主は森の近くに住んでいるリトさんです。詳しい話を聞くなら、彼の家に行くといいですよ」
エイミーは助言と共に地図を渡してくれた。
「ありがとう。じゃあ、行ってくる」
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依頼書と地図を手に、俺は街を離れて、少し離れた村に到着した。村の人々が畑仕事に励み、子供たちが元気に走り回っている。そんな平和な光景が広がる中、この村を守るための仕事が俺の手元にある。
リトさんという村長は、村の入り口近くに住んでいるらしい。村人に尋ねるとすぐに家がわかり、扉をノックすると、年配の男性が現れた。彼がリトさんだろう。
「依頼を受けに来ました。B級冒険者のカナタ・アーディラスです」
「おお! 冒険者の方か! よく来てくれた、どうぞどうぞ、入ってくれ」
リトさんは嬉しそうに俺を家に招き入れた。質素な家だが、居心地の良い雰囲気が漂っている。俺は促されるまま、椅子に座った。
「最近、森で狼型の魔物をよく見るようになってな。数もどんどん増えてきて、村に危険が及んでいる。村の男たちで何度か追い払ったが、もう限界だ……」
リトさんは肩を落とし、疲れた様子でそう話した。
「わかりました。俺がしっかり対処します。村の皆さんが安心して暮らせるようにしますよ」
俺の言葉に、リトさんはほっとした表情を浮かべた。
「本当にありがとう、カナタさん……村を頼むよ」
別れを告げ、俺は魔物がいるという森へと向かった。
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森に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が体を包んだ。木々の間を進みながら、俺はどこか不穏な気配を感じ取る。まるで森全体が静まり返っているかのように、鳥の声一つ聞こえない。
やがて、茂みの中から現れたのは、100センチほどの狼型の魔物だった。その赤い目が俺をじっと睨みつけ、鋭い牙をむき出しにしている。しかし、それだけではない。後ろからさらに10匹ほどが姿を現し、唸り声を上げている。
「これは……思っていたより多いな」
俺は腰の剣をゆっくりと抜き、構えた。魔物たちは一斉に俺を取り囲み、次の瞬間、飛びかかってきた。
一匹が襲いかかる瞬間、俺は素早く剣を振り、頭部を斬り裂いた。続けざまに、次の魔物が背後から迫ってくるが、俺は即座に体をひねり、喉元を狙って斬りつける。
「すまないが……村のためだ」
残りの魔物たちが一斉に襲いかかる。俺は冷静に対処し、数匹を一瞬で倒していった。やがて最後の一匹も倒れ、森は再び静寂に包まれた。
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討伐を終えて、俺は再びリトさんの家に戻った。彼は俺を見るなり、感謝の言葉を繰り返した。
「魔物は全部倒しました。これで村はもう安全です」
「本当にありがとう、カナタさん……対した報酬も出せないのに、こんなに助けてくれて……」
リトさんは涙を流しながら、深く頭を下げて感謝してくれた。俺は少し照れながらも、微笑んでその場を後にした。
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ギルドに戻ると、エイミーが温かく迎えてくれた。
「無事に戻られたんですね、カナタさん! お疲れ様でした!」
「うん、依頼は無事に終わったよ。 魔物の死体は村の方で回収してくれたから、あとで確認しておいてくれ」
エイミーの笑顔に、俺はほっとしたように微笑み返した。彼女の明るさは、ギルドにとってかけがえのない存在だ。ギルドに集う冒険者たちも、彼女に励まされていることだろう。
「それにしても、さすがカナタさんですね! 半日もしないうちに、半日もしないうちに、あの討伐を一人で終わらせちゃうなんて!」
「大したことじゃないさ。ただ、村人たちが心配していたから、少し急いだだけだよ」
俺は軽く肩をすくめながら答えた。エイミーの無邪気な感嘆に、少し照れくさくなったが、討伐を無理なく終えられたことに安堵も感じていた。
その時、ギルドの掲示板を見ていたディランが、また俺に声をかけてきた。
「カナタさん、もう討伐終わったんですか? さすがっすね、あっという間じゃないですか!」
ディランは仲間たちと賑やかに話しながら近づいてきた。彼の目には、尊敬の念と同時に、どこか競争心も感じられる。
「まあ、無理はしないようにな。お前たちも、焦らず成長していけばいいさ」
「へへっ、心配しなくても大丈夫ですって! 俺たちももっと強くなって、魔力の扱い方も上達させて、カナタさんみたいにでっかい仕事をこなしてやりますから!」
ディランは自信満々に笑い、仲間たちと一緒に掲示板に戻っていった。彼の無邪気さと自信は良いことだが、無謀にならないよう、これからも見守っていく必要がありそうだ。
俺はふとギルドの窓から外を見上げた。太陽が少し傾きかけ、街に夕方の気配が漂い始めている。
世界のバランスを保つことは、誰にとっても目に見えるものではない。しかし、それでいいのだ。人々が自ら成長し、自分の力で前に進んでいく姿を見守るのが、俺の役目だと感じている。
「さて、まだ時間があるし、次の依頼でも探してみるか……」
俺は心の中でそう呟きながら、再び掲示板に目をやった。今はまだ準備の段階だ。ゆっくりと進めていくとしよう。
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