第3話 成長への共鳴

フェイはこの数週間で、確実に成長を遂げていた。彼女は単独での採取任務をいくつかこなせるようになったが、まだ他の冒険者たちと打ち解けるのが苦手なようだ。俺と一緒にいる時はリラックスしているが、他の冒険者たちといると、どこか距離を感じてしまうようだった。


そんなある日、ギルドの掲示板にオーガ討伐の依頼が張り出された。オーガは非常に危険な魔物だ。巨体から繰り出される一撃は重く、油断すれば命を落としかねない。ギルドからは討伐には最低でもC級冒険者が四人、できればそれ以上を推奨されている。難しい任務だが、フェイにとって、これは仲間との連携を学ぶいい経験になるだろう。


問題はどのパーティに入れさせてもらうかということだが、ちょうどよく、掲示板の前にC級冒険者のディランとその仲間たちが立っているのを見つけた。ディランは双剣を使いこなす前衛タイプ。彼の幼馴染であるリーフは遠距離攻撃の弓使い。そしてもう一人、攻撃魔法を得意とするサラ。


フェイがディランのパーティに加わることは、単に彼女にとって大きな一歩というだけではない。俺は彼女がこのパーティで、互いに助け合い、成長していく可能性を強く感じていた。


まず、フェイとディランたちの性格は正反対だ。フェイは慎重で内向的、自信がない部分が大きい。彼女の力は確かだが、まだ自分自身を信じきれていない。それに対して、ディランは無鉄砲で前向き。自分の力を過信することがあるほど、自信に満ち溢れている。彼は双剣を自由自在に操り、攻撃力も高いが、その分冷静さに欠ける部分がある。


リーフは冷静で状況判断に優れているが、どちらかと言えばディランの行動に引きずられることが多い。彼がディランを止めることはあるものの、やはり幼馴染という関係のためか、根本的な無茶を抑えきれないこともある。そして、サラは明るく強気な性格で、火と風の魔法を自在に使いこなす。しかし、彼女もまた、自分の力を過信して突っ走る傾向がある。パーティ全体としては強力だが、冷静に全体を見渡せる存在が不足していた。


ここにフェイが加わることで、バランスが取れると俺は感じていた。フェイは彼らと比べると一歩引いた立場で、周りを見て行動することが得意だ。彼女の治癒魔法は、戦闘においては命綱となるが、それだけではない。彼女の冷静な判断力や、慎重に行動しようとする性格が、無鉄砲になりがちなディランたちを支える存在になるだろう。


だが、これは一方的にフェイがディランたちを支えるだけではない。彼らもまた、フェイにとって重要な成長の鍵となる。


フェイは、彼女自身が慎重になりすぎることで、自分の力に自信を持てないでいる。しかし、ディランたちの自信に満ちた姿を見ることで、「自分もやれる」と思うきっかけを得られるはずだ。特にディランの無鉄砲なまでの行動力は、フェイにとって一種の衝撃となるだろう。彼の姿を間近で見ることで、自分の慎重さが必要な時もあれば、時には思い切って行動することも重要だと気付くはずだ。


また、リーフとサラもフェイにとって良い影響を与える。リーフは冷静な判断力を持ちつつも、ディランと共に行動することで、柔軟な思考を持っている。フェイが彼と共に任務をこなす中で、リーフの冷静さと柔軟さがフェイの判断力をさらに高めてくれるだろう。サラは明るく強気で、魔法の力も申し分ない。彼女の自信に溢れた姿は、フェイにとって「自信を持つことの大切さ」を教えてくれるはずだ。


そして、ディランの無鉄砲な行動や、サラの強気すぎるところに対して、フェイがブレーキ役となることで、彼らに「チームワークの重要性」を教えることができる。彼女は冷静に状況を見極め、戦術を考え、必要なサポートを提供できる。ディランたちが力任せに突っ走るだけではなく、周囲の状況を冷静に見渡しながら、協力して戦うことの重要性を学ぶことができるだろう。


彼らはフェイの慎重さを見て、彼女の存在が自分たちにとっていかに重要かを感じるはずだ。ディランたちはこれまで自分たちの力に頼り切っていたが、フェイのサポートが加わることで、「誰かの力を借りることで成長する」ということを理解していく。そして、フェイ自身もまた、ディランたちと行動することで、自分の力を信じ、成長することができるだろう。


このパーティは、お互いが互いの成長を促す存在だと俺は確信している。フェイがディランたちを支え、ディランたちがフェイに勇気を与え、それぞれが自分の弱点を補い合うことで、全員が新たなステージへと進んでいくことができるはずだ。


俺はディランに声をかけた。


「ディラン、オーガ討伐の依頼を受けるのか?」


「あ、カナタさん!そうなんすよ。でも、オーガは手強いっすからね。俺たちだけじゃ少し不安で……最低でもC級四人は必要って言うし……」


「それなら、フェイを誘ってみたらどうだ? 彼女は治癒魔法が得意だから、サポート役として十分に役に立てるだろう」


ディランは少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。


「なるほど!それいいっすね!フェイさんがいてくれれば安心っすよ。サラもきっと喜びます!」


ディランはすぐに仲間たちに話しかけ、フェイに声をかけに行く準備を始めた。これでフェイも新しい仲間と協力し、成長するチャンスを掴むことができるだろう。


彼等がまたひとつ成長へと歩む間に、俺は野暮用をすませに行くとしよう。




私の名前はフェイ・アルデン。最近、冒険者になったばかりで、やっと一人で採取任務をこなせるようになり、アイテムを使えば、弱い魔物を倒せるくらいにはなった。少しは成長できたのかもしれない……でも、それでもやっぱり自信がない。ギルドにいると、他の冒険者たちがみんなすごく見えてしまう。みんな楽しそうに話していて、私はその輪に入る勇気がなくて……結局、一人でいることが多い。


私、これで本当に冒険者としてやっていけるのかな……。


そんな風に思うことが多くなっていた。でも、カナタはいつも優しく見守ってくれるし、何かあると助けてくれる。


「自分の力を信じて、少しずつ進めばいい」


カナタが言ってくれたこの言葉が、いつも心に引っかかっている。信じたい。でも、私はまだまだ……。


そんな時、ディランさんが私に話しかけてきた。


「フェイさん、こんにちは!ちょっとお願いがあるんですけど……」


え、私に? 何を頼まれるんだろう……。不安な気持ちが頭をよぎる。


「え、私にですか……?」


「はい!実はオーガ討伐の依頼があって、俺たちだけじゃ少し厳しいんです。C級冒険者四人以上が推奨されてて、フェイさんに治癒魔法でサポートしてもらえたらと思って!」


オーガ討伐……。オーガって、確かすごく大きくて強い魔物だって聞いたことがある。でも、そんな危険な任務に私が加わっても……。足手まといにならないだろうか?


でも、カナタの言葉がまた頭に浮かぶ。


「自分の力を信じて」


カナタなら、きっとこういう時も「大丈夫だ」って言ってくれるはず。そう思うと、少しだけ勇気が湧いてきた。


「……わかりました。私で良ければ、手伝います」


自分の声が少し震えているのがわかる。でも、ディランさんは嬉しそうに笑ってくれた。


「ありがとうございます、フェイさん!これでバッチリっすね!サラ、リーフ、こっち来て!」


ディランさんが手を振ると、弓を持った男性と、派手なローブを着た女性がこちらにやってきた。


「どうも、リーフ・カスターです。ディランとは幼馴染で、弓使いをやってます。よろしく、フェイさん」


「よろしくお願いします……リーフさん」


握手を交わす時、少し緊張がほぐれた気がする。リーフさんは優しそうな人だ。


「私はサラ・グローヴ。火と風の魔法を使ってるの。よろしくね、フェイさん!」


サラさんは明るく元気で、なんだかこの人も安心感を与えてくれる。みんなが頼りになる仲間で良かった……私も、頑張らなくちゃ。


「よろしくお願いします、サラさん」


これで、カナタ以外の人と冒険に出ることになる。すごく不安だけど、カナタさんがいつも言ってくれた言葉を胸に頑張らなきゃ……! 私だって、自分の力を信じて、みんなの役に立てるようにがんばろう。




オーガの居場所を突き止めるため、ディランたちのパーティは森の奥深くまで足を運んでいたが、思ったよりも時間がかかっていた。森は広く、オーガの気配を感じることはできるが、まだ正確な位置まではつかめていない。夕方になり、討伐のための準備として一旦野営をすることになった。


夜の森は静かで、焚き火のパチパチとした音だけが響いている。今日一日はオーガを追って森を進んだが、その姿はまだ見えていない。初めての野営で少し緊張していたが、ディランさんたちがそばにいると心が落ち着く。


「さて、今夜はしっかり休んで、明日こそオーガを見つけような」


ディランさんが火を見つめながら言う。その顔には少し疲れが見えたが、彼の明るい声に励まされる。


「無理してもいいことなんてないから。しっかり体力を回復しておきましょう」


サラさんもリラックスした表情で頷く。私たちは野営の準備を整え、見張りの順番を決めることにした。


「そうですね。まずは僕が最初に見張りをして、次にディラン、そしてサラの順で交代します。フェイさんは最終の時間帯をお願いしていいですか?初めての野営だから、短めにしておきます」


「はい、ありがとうございます。助かります……」


私が感謝すると、彼らは優しく微笑んだ。彼らが幼馴染同士で、長い間一緒に冒険してきたことを考えると、その絆の深さが伝わってくる。私も彼らともっと信頼関係を築いていければいいなと思う。


---


夜も更け、話題が一巡したところで、ディランさんがふとした質問を投げかけた。


「フェイさん、冒険者になる前はどこにいたんだ?俺たちは幼馴染同士でずっと一緒に育ってきたけど、フェイさんの話はまだ聞いてなかったよな」


私は少し驚いたが、ためらいながらも話し始めることにした。ここで、もう少し彼らに心を開いてみようと思ったからだ。


「私は……小さな村で育ちました。平和な村で、魔物なんてほとんど見たことがなかったんですけど……最近、魔物が活発になってきて……その影響で村が襲われたんです」


私は言葉を詰まらせた。魔物が村を襲った光景が頭をよぎり、胸が痛む。


「それは……辛かったですね。でも、こうして冒険者になって戦おうとしていること、その勇気は本当にすごいと思いますよ」


リーフさんが優しい言葉をかけてくれた。


「そうだな。俺たちも冒険者になる時は、それぞれ理由があってさ。強くなって、自分の力で誰かを守れるようになりたいって思ったんだ」


ディランさんが少し照れくさそうに笑いながら言う。


「でも、最近の魔物の活発化は本当に厄介よね。私たちも何度も苦しい戦いをしてきて思うけど、フェイが冒険者になって戦おうとしていることは、本当に勇気がいることよ」


サラさんも優しく言葉を添える。その言葉に、私は少しだけ胸を張った。


「ありがとうございます……でも、皆さんのように強くなれるか、まだ自信がなくて」


「いやいや、俺たちだってまだまだだよ。特に、カナタさんと比べたらさ」


ディランさんが笑いながら言った。その場の雰囲気が軽くなり、カナタさんの話題に自然と移る。彼の名前が出ると、みんなが静かに頷く。それだけ、彼は特別な存在だ。


「そうよね。あのカナタさん、実力はS級以上だって噂されてるけど、B級止まりなのよね。魔力がないせいで」


「でも、それもすごくないですか?この世界では、魔力って万物に宿るものなのに、カナタさんにはそれが一切ないんですよね」


私は驚いたように言った。この世界では、魔力は生命の源であり、すべての存在に宿るもの。人間はもちろん、動物や植物、さらには無生物にさえも何らかの形で魔力が宿っている。それがこの世界の常識だ。しかし、カナタさんにはその常識が通じない。


「そうなんだよ。魔力が全くないって、普通じゃ考えられないことなんだ。俺たちも最初はびっくりしたよ。だって、魔力がないってことは、この世界の理から外れてるってことだからな」


ディランさんが言うと、リーフさんが続ける。


「普通、誰でも何かしらの魔力を持っているものですが、カナタさんにはそれが全く感じられない……。正直、それが少し不気味に感じることもあります」


「確かに、あれだけ強いのに魔力がないっていうのは異常よね。でも、そこに、あの冷静さと優しさがあるから、余計に不思議な魅力があるのよね」


サラさんが微笑みながらそう言ったが、その目にはどこか慎重さが見えた。


「カナタさんは本当に特別ですよね。見た目も、中性的でどこかミステリアスで……何を考えているのかわからない時があります」


私は思わずそう言ってしまった。カナタさんの長い前髪に隠れた目、そしてどこか別次元にいるような彼の存在感は、確かに他の人とは違う。


「そうだよな。あの前髪のせいで、俺もカナタさんの目をしっかり見たことがないんだ。でも、なんか、全部見透かされてるような気がしてさ、時々怖いんだよな」


ディランさんが冗談めかして笑うが、その言葉には本音も含まれていた。カナタの存在が、時に異質で、理解しがたいものであることは、誰もが感じていることなのだろう。


「あれだけ強くて、魔力がない……まるで世界の理を超越しているような感じがするわ」


サラさんが言うと、リーフさんも真剣な表情で頷いた。


「そうですね。カナタさんと一緒にいると安心感があるんですけど、同時に、彼が僕たちとは全く違う存在のように感じることがあります。何かが違う、でもそれが何なのか、はっきりとはわからない」


「うん、俺もそう思う。あの人って、強くて優しいんだけど、どこか冷たい感じもするんだよ。距離を感じるっていうか、俺たちとは違う次元にいるみたいでさ」


ディランさんの言葉に、私は驚きつつも納得する部分があった。カナタの強さ、そしてどこか謎めいた存在感は、彼らと長く付き合ってきたからこそ気づくものなのだろう。


「でも、カナタさんがいると、本当に頼れるんですよね……」


私は静かにそう言った。彼の存在は確かに異質だが、彼がいることで安心感が生まれるのは事実だ。


「まあ、カナタさんがいるからこそ、俺たちはもっと頑張らなきゃって思うんだけどな」


ディランさんが冗談めかして言うが、その目にはどこか真剣な光が見える。彼はカナタさんに対して尊敬と嫉妬の感情を同時に抱いているのだろう。


「ディランさん……」


私はその気持ちを察しつつ、言葉をかける。ディランさんは笑顔を浮かべた。


「ま、俺たちもいつかカナタさんみたいになれるように、少しずつ頑張ろうぜ」


ディランさんが冗談めかして言うと、場の空気が少し柔らかくなった。私たちは笑い合いながら、少しずつお互いのことを理解し合っていった。

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