第4話 啓告(けいこく)
「こちらへ。」
初戦を終え、余韻に浸っていた問道は作業的に行程を進めだした涼花に少々驚く。
「なんだよ。もうちょっとほめてくれたっていいだろう。」
問道の声は届いているのかどうなのか。無反応でそのまま涼花が向かった先には一台のテーブルと二脚の椅子が置かれていた。テーブルも椅子も真っ白で真四角。角はすべて丸く削られていた。
「座ってください。」
いじけたような顔をしながらも涼花の指示に従い腰を掛ける。
二人は机を挟んで対面する形で座った。
否が応でも涼花が視界に入ってしまうため、問道は何とも言えない居心地の悪さを感じていた。
「・・・いいですか。念のために言っておきましょう。人生で大切なことは最後までやりきることです。確かに一つ一つの成功自体にも価値は存在しますが、その成功を積み重ね険しき山を登りきることのほうが何倍も価値があることなのです。」
「おいおい。出会って数分の子に説教されるだなんて。気まずいったらありゃしないね。」
「・・・・・」
涼花は黙って、問道の口角が元の高さに戻るのを待つ。
「問道、最近本気になった経験は?」
「さあね、ずいぶんとご無沙汰かも。そういうのは疲れちゃったんだ。」
涼花は仕方ないなと言いたげな様子で軽くため息をつく。
「わかりました。そういうことならこちらにも方法があります。」
「?」
「せっかく机がありますし、」
涼花がテーブルに手をかざすと、そこにはオセロの盤面が現れた。
「問道、あなたはオセロが得意ですよね。」
「なんだ急にメンタリストみたいな口調で」
「私と対戦しましょう。あなたの本気をここで一度見せていただきたい。」
「へぇなかなか面白いこと言うじゃん。いいのかい?コテンパンにしちゃうけど」
「手加減されたほうがストレスです。それに、オセロが得意なのはあなただけではない。」
「私が白であなたが黒です。では問道、本気で来てください。」
それほど長くない時間が経った後、テーブルの上には真っ黒に染まったオセロの盤面が置かれていた。涼花はテーブルに顔を伏せている。
「なんか、ごめんな・・・・」
「うん・・・」
弱々しいクラクションが一音鳴らされたかのように返事をする涼花。
気まずい空気が流れ、問道はぼんやりと虚空を見つめる。
「とにかく!!!!!」
急に大きな声を浴びせてきた涼花に対し、問道は驚き椅子をガタンと鳴らす。
「とにかく、これで本気を出すこと、その本気を最後まで継続することの重要性は確認できましたか?」
「それはこっちが聞きたいくらいだけれども・・・・」
涼花は一度椅子の上で座りなおし、姿勢を正す。涼花自身に自らの役割を自覚させるように。
「この先の戦いでは、気を抜けば一瞬で感情に飲み込まれる可能性もありますし、最悪の場合あなたの命にも何らかの影響を及ぼす可能性も出てきます。そうならないためにも一度あなたの中に強い芯を打ち立てる必要がありました。あなたは、あなた自身のために戦わなければいけない。あなた自身の力で、心に火を灯さなければいけない。」
涼花は少し前のめりになりながら問道に語る。
「もしかしたら、惰性的な戦い方でもあなたは無を迎え入れることに成功するかもしれない。だけどそれだと意味がないんです。もちろん完全なる無への到達がこの世界でのメインターゲットではありますが、それと同じくらいにあなたは本気で戦うことを覚えなければいけないんです。苦しみ無くして得た幸せなんて、偽りの幸せにすぎない。いつだって苦しみの面に裏返ってしまうようなものなのです。」
「オセロみたいに?」
問道の合いの手に、そう!と涼花は思わず指をパチンと鳴らす。
「これでわかっていただけましたか。次の戦いに行く前に、私がわざわざこの時間を設けた意味が。」
問道は先ほどよりも引き締まった表情で大きくうなずく。
「ありがとう、気合が入ったよ。涼花が味方であることも、俺のためを思って言ってくれているんだってことも十分伝わってきた。」
「うん。それならよし。」
二人がほぼ同時に席を立つと、椅子とテーブルは無に帰った。
役目を終えたのだ。
「でも次やるときは負けませんからね。」
涼花は足取り軽く、グラスの置かれた台のほうへと向かっていった。
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