第3話 第一ラウンド
問道は、まっすぐ坂本を見つめる。
「問道!お前マジで使えねぇんだよ。ゴミムシだゴミムシ。死ねや。」
先ほど同様、坂本は問道を汚く罵る。その目は、心から問道を軽蔑するものだった。
「さっさとうちから出て行けよ邪魔なんだよ。」
そうして坂本は問道に背を向ける。問道の心には怒りの波が押し寄せてきたがそれを防波堤でザバンと受け止め、静かに自らの心に目を向けた。
木々の揺らぎ、芝生の香り、そうした自然と流れるものに身をゆだね、一体化を試みた。吸って、吐いて。吸って、吐いて。
時が、止まった。
風景は保たれつつも、音も風も無くなったその空間は、先ほどまで問道と涼花がいた無の空間と似たものだった。サッカーコートの右サイド側に立ち尽くしていた問道。
止まった時の中で河川敷をゆっくり見渡していると、左サイド側から何かがこちらに歩いてくる。
鬼だ。いや、鬼の姿に侵された問道だ。全身が赤く染まっているだけでなくおぞましいオーラまで漂わせ、赤い甲殻のようなものとツノを二本携えた、問道の面影の残る怪物がこちらへと歩いてくる。
何かをぼそぼそと呟いているようだ。
「向き合いましょう。」
涼花からの言葉に小さくうなずき、問道も歩を進める。勇ましく、堂々と。
そうして二人はコートの真ん中で対面した。
「憎い...」
怪物はつぶやく。
「俺がこうなっちまったのも、全部あいつのせいだクソッタレめ....」
ふと問道が横に目をやると、怪物は何かを手に持っている。
ハンドガンだ。もっと言うとデザートイーグルだ。高威力高反動でおなじみの。
「かっこいいもん持ってるね」
「だろ。一発味わってみるか?」
その言葉にハッと問道は顔を上げるが時すでに遅し。怪物は問道の心臓めがけてデザートイーグルをドカンとぶっ放す。しかも片手で。
たまらず問道は後方に数メートル吹き飛ばされた。
「ぐぅ....はぁっ....はぁっ....」
問道は息を切らしながら撃たれた胸に手をやる。その手は真っ赤に染まりあがった。
「これは....」
「違います。血ではありません。奴の感情の色です。今回は怒りの感情を宿した怪物なので少々紛らわしくなってしまいましたが。あなたは奴の攻撃を食らっても死ぬことはありません。」
問道が自らの被弾個所を確認すると、確かに穴どころか傷一つついていなかった。
「じゃあ俺は無敵ってこ」
「それも違います。」
涼花は被せ気味に訂正する。
「怪物の攻撃を受けると、その怪物の宿す感情が少しずつあなたを蝕んでいきます。今あなたの呼吸が浅くなっているのも出血によるものではなく、怒りがあなたに浸食を始めているからです。敵の感情に飲み込まれようものなら、もちろんそれは敗北を意味するわけです。」
「なるほどな」
「おい、いつまで座り込んでやがる。」
怪物の呼びかけに問道はそちらに目を向ける。それと同時に怪物は銃口を向ける。
「おかわりはどうだ?」
バァンと銃声が空間を切り裂き、二発目が発砲された。一度撃たれた経験からなんとなく勘で横に転がった問道は弾丸をたまたま回避できた。だが、次はない。
「クソッ、どうすればいい!殴るのはダメなんだろ?」
「もちろん。必要なのは対話です。奴の攻撃を避け、奴に近づき、奴に手を触れ、語り掛ける。怪物が、感情の権化が、無に帰るその時まで。」
「避けるったって弾丸だぞ、無茶言うな」
「落ち着いて聞いてください。あなたは今実際に過去にタイムスリップしてそこにいるわけではないのです。あくまであなたの心に眠る過去の出来事に意識を飛ばし、降り立ってだけ。つまりそこはあなたの精神世界なんです。」
「ということは...」
「あなたの思いは具現化される。」
なるほどと心を落ち着かせ立ち上がった問道に、再度怪物は銃口を向ける。
問道の胸部の赤い着色は、先ほどよりも広がりを見せている。
「全てはあの坂本とかいう男のせいだぜ。あいつを恨みな。」
そう言葉を残し、怪物は引き金を引いた。一度ではない。何度も、何度もだ。
だが、見える。弾丸がこちらに迫ってくるのを、問道ははっきりと視認することができている。まるでスローモーションのようだ。
問道は地に足をつけたまま身体をグワンと大きく反らして、自らの上半身を目的地とする数発の弾丸を鮮やかに回避した。
弾丸は虚空へと消えてゆき、そしてキィンと怪物のハンドガンから高い音が鳴る。弾切れの合図だ。
「なにっ....!?」
「お見事です。」
「俺が映画好きで良かった。」
攻撃手段を一時的に失い、焦りの色を明確に表に出した怪物に対して、問道は今だと直感を働かせる。グンと力強く地面を蹴ると、怪物が気づいた時にはその距離は紙一枚と言っても過言ではないほどになっていた。衝撃波が問道の後を追う。
驚きのあまり声すら出せない怪物の胸に優しく手を当て、問道は言う。
「聞けっ!!」
ドンと一つ大きな音が鳴り響き、ざわついた空間により一層の静寂を取り戻す。怪物の身体はびりびりと震え、自由が利かない。
「坂本が憎いか?」
「ぐっ.....当たり前だ..あいつが全ての元凶だ....」
「現実を見ろ!」
胸部に触れる問道の手が熱を帯び、ジリジリと音を立てながら煙が漂い始めている。
浄化だ。
「サッカー部を選んだのは誰だ?そこで生きることを選択したのは誰だ!」
「......っ」
「おまえ自身だろうが!なのにお前は自らの選択に対して責任を抱かず、周囲の環境にその責任を勝手に背負わせた!それがお前の成長を妨げ!悪循環へと導いたんだ!」
「ぐぐぉぉぉ」
「逃げる勇気すら持てず、現状維持に甘えたお前が人を憎む権利なぞないんじゃい!」
問道の手から光のベールがあふれ出している。それに呼応するように怪物の身体のあらゆるところから煙が噴き出していた。マグマのように、熱く、情熱的に。怒りとは異なる、希望へとつながる感情だ。
「全てを受け止め、自らを高めろ!さぁ行くぞ!!爆熱!!!ゴッド!!!!」
「ダメですそれは」
「あぁ...えっと..とにかく自分のケツぐらい自分で拭けぇぇぇぇぇ!!!!!」
「うがぁぁぁぁ!!!」
ブワッと大きく広がった光の波は、怒りの権化を包み込み一気に浄化を目指した。
なす術はない。怪物は無への道にその身を置くことになったのだ。
数秒が経ち、最期は周囲に巨大な風を巻き起こして、怪物は無へと帰った。
問道が感情の波を、いや権化を押し殺した瞬間だった。
「先輩」
「あ?」
坂本が問道の声に応じ、振り返るやいなや
問道はにこやかに手を差し出した。媚ではない。晴れやかだ。
「いつもありがとうございます。」
「な、なんだよきもちわりぃ・・・」
坂本は理解の追い付かない展開が急に襲い掛かってきたため、困惑の表情を前面に押し出しつつ、ひょこひょこと去っていく。その背中を問道は聖母のような微笑でいつまでも見送っていた。
「
明確に喜びを表現しながら問道を出迎える涼花。
そんな涼花にどこか複雑な感情を抱きつつも、問道は達成感の海に体をゆらりと預けるのだった。
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