第6話 第三ラウンド(中ボス)

「え、あれも関係ないの?」


涼花は斜め下方向を見つめたまま、気まずそうに身をよじらせている。

今回のグラスは青いグラス。そして敵は負の感情をまとった青き雰囲気の女性だった。さすがにこれはグラスの色に意味があっただろうと涼花に尋ねてみたのだが、どうやらそれは違ったらしい。

しっかりしてくれ、と少々叱ってやろうかと問道は意気込んだが、涼花の足元に転がっていた少し小さめのマラカスとタンバリンが目に入り、その気も失せた。

どうやらこっちはこっちで楽しくやってたみたいだ。


そもそもこれは無を迎えるための戦い。ここで怒りの感情に飲まれ、目の前の少女に口撃こうげきしようものなら、それこそ本末転倒。ここはってやつを見せるところだろう。


「まぁいいよ。そもそもそんなに気にしてないことだし。」

そう言い微笑んだ問道の顔を見て、涼花は照れくさそうに手をすりすりしていた。

最初の頃と比べて段々と人間味を帯びてきているような気がする。なんて違和感が問道の脳内をよぎるが、今は戦いに集中するべきだろうと自らの襟を正した。


「さて、次はどうしようか。」

「そうですね・・・・・」

残すグラスはあと三つ。黄・赤・白。だが涼花は、黄色と赤のグラスの前を行ったり来たりしている。どうやら白のグラスは今の選択肢には入っていないようだ。

「どうですか?戦いというものに慣れてきましたか?」

「うーんどうだろう。相手がどんなものか想像もつかないからなぁ。何とも言えないよ。」

「未知には恐怖がつきものです。ただその恐怖の先には、必ず大きな収穫がある。

今あなたもそれを少し実感しているのでは?」

確かに問道はこの二戦を踏まえたことで、少し心にゆとりというか広がりのようなものを覚えていた。

「敗北は恐れるようなものではありません。本当に恐れるべきは、負けたら負けたままでいること。立ち上がることを捨てた者に未来はありません。」

「なるほどね。」

久しぶりにガイドらしい立ち振る舞いを見せた涼花に対して問道は少々感心しながらも、その言葉をしっかりと胸に落とし込んだ。


「ということで、ちょうど半分のところですし。」

涼花は赤いグラスを手に取る。

といきましょうか。」

赤という色、中ボスという言葉。厳しい戦いを連想させるものたちに問道は心の震えを感じながらも、涼花の言葉を源に、心を奮わせた。








どこか懐かしい土の香りが、問道を包み込む。だがそれに心地よさは微塵も感じない。逃げ出したい。そんな思いがふつふつと湧き上がる。

学校のグラウンド。そこに白線でサッカーのコートが形作られている。一戦目とほぼ同じ情景、ただ一つ違うとすれば

「これは、高校時代だな。」


前述のとおり問道は小学校から高校まで12年間サッカー部だった。だがそれは、サッカーが好きだったから続けていたわけではない。むしろ中学時代でサッカーは大嫌いになっていたのに「友達が入るから~」とか「今更別の部活とか無理~」のような情けない理由で惰性で続けていただけだった。

しかし問道が入部したサッカー部は、地元ではそこそこ名のあるところ。強豪校とまでは言われないものの、惰性で続けているようなものが満足についていけるような世界では当然なかった。

だけど、練習についていけないのは問道の練習不足・気力不足が大きな要因。そんなことはどうでもよかった。この高校サッカー部時代の思い出が問道にとっての大きなトラウマとなっている理由、それは


「問道、ちょっと来なさい」

顧問の先生の存在だった。


低くかすれたその声は、何年にもわたって部員を怒鳴りつけてきた確固たる証拠。このサッカー部の顧問である岩倉先生は、20年近くこの高校のサッカー部に在籍し、監督を務めてきた。それだけ聞けば素晴らしいことのようだが現実はそうではない。なにやらこの岩倉の父親が教育業界のお偉いさんのようで、たとえ岩倉が問題を起こしたとしても何事もなかったかのように処理される始末。岩倉の指導下では、度の過ぎた罵詈雑言と人格否定が日々横行している状況だった。そんな中でも体罰だけが行われていなかったのは、部員の体に証拠として傷がつこうものなら、さすがに都合が悪いからであろう。

一度入ると卒業まで抜け出せない。逃げようものならその後の学生生活にどういう影響が及ぶか想像もつかない。問道にとってこの岩倉による恐怖政治は、今でも夢に出るほどには大きな心の傷となっていたのだった。


「問道、前も言ったがお前にボールを蹴る資格はない。お前みたいなへたくそがいると邪魔なんだよ。下級生たちのグラウンド整備でも手伝ってきなさい。そのほうがご両親も喜ぶってものさ。あ、お前父親がいないんだったな。わりぃわりぃ。」

ぶっきらぼうに無表情で罵ってくる岩倉の言葉の数々に、問道は歯を食いしばる。

「母親に迷惑と負担をかけるだなんて、お前もお前の父親も似た者同士ってやつだな。」

自分のことはどうでもいいが、病気で死んだ父親を貶されようものなら、問道も黙っていられない。むしろ黙っているほうが悪だとさえ思えた。

だが、怖い。恐怖が身を縛る。この目の前の敵に対し、恐怖から何もすることができないでいる。深爪が手のひらに跡を刻むが、問道の見せられる抵抗はその自傷行為のみであった。



ーーーー恐怖の先には、必ず大きな収穫がある。



先に聞いた涼花の言葉が、脳にこだまする。いや、脳は言語を認識するものであり、感じ取るものではない。本当にその言葉がこだましたのは、問道の心の中でだ。

問道は、静かに目を閉じる。


部員たちの声が遠のく、目の前の敵の姿が薄くなっていく・・・


外ではなく内。自分自身に目を向ける・・・・


そうすることで、本当の敵が見えてくるのだ。



「問道。」

問道の背後から投げかけられたその声に振り返ると、そこには黒いオーラをまとった侍が一人佇んでいた。問道とほぼ同じガタイで、その黒い長髪は後ろで束ねられている。目は、以前の女性型の敵と同じく黒く澄んだものだったが、その瞳の奥に闇は感じない。むしろ遠い先の何かまで見通しているかのような落ち着きようだった。

「こちらに来なさい。」

侍の言葉に問道は静かにうなずき、後をついていく。

二人はグラウンドの中央で向かい合った。初めての戦いと同じ構図。問道に余裕が見える。

「勘違いしているようだな。」

唐突に心の内を見透かされた問道は、目を見開く。

「どういうことだ?」

侍は確かな足取りで問道へと近づき、そして一刀の刀を手渡す。どうやら侍の腰についているものと同じ刀のようだ。

「お前も知ってのとおり、これは戦いだ。だがこれまでの戦いとはわけが違う。」

「どういうことだ??」

わけのわからないことを言い始めた侍に対し、問道は思わず先ほどと同じように問いかけてしまう。

「全く。相変わらず他力本願な奴だ。違いは明確なものだからすぐにわかる。さあいくぞ。」


唐突なキックオフ。問道はとっさに鞘から刀を抜く。美しい刀身が姿を見せ、困惑の問道を映し出す。侍はじりじりと間合いを詰めてくるが、そんな侍から目を離さないようにすることで問道は精いっぱいだ。

ゆらりと侍の刀が傾いていく。と、同時にドンと強く地面をけり上げたかと思えば、その勢いで問道に切りかかってきた。

「うわっ!?」

キン、キンと必死に侍の刀をはじき返す。幸いにも侍が大ぶりで刀を振るってくるので見切りやすい。だがその中で問道は大きな戸惑いを感じていた。

いくら念じても、初戦の時のようにスローモーションになったりしない。問道の思いが全く具現化されないのだ。

「どっ、どうして」

「迷いは隙。そして隙は突かれる。それがこの世の中だ。」

その言葉のとおり、侍の刀がついに問道の腕に裂傷を負わせる。

「いっ・・・!!」

浅い当たりながらも、問道の腕に鋭い痛みが襲い掛かる。そしてそこから流れ出るは赤い液体。スンスン・・・・

このにおい・・・ 本物の血だ。


「なんでだ・・!なぜ本物の痛みが!なぜ本物の血が!!」

「ほら、私の言った通りすぐに違いは分かっただろう。これはまさしくだ。ここに偽りなんてものは存在しない。すべてが本物。」

「でもここは俺の精神世界のはず・・・」

「もちろん。」

「じゃあなんで!」

「おまえ自身がそう望んでいるからだ。」

侍は一度刀を鞘に納め、問道に背を向ける。

「いいか、お前は恐怖という感情に打ち勝たなければいけない。恐怖に飲まれて生きてきたお前自身の人生に、終止符を打たなければいけない。これはとの闘い。そしてそれ以上にとの闘いなんだ。だからこそ、バカみたいな小細工で『はい余裕でした』なんて許されないし、お前自身も心の奥底ではそんなこと願ってなんかいない。」

問道は痛む腕を抑えながら、侍、もとい自分自身の心の中の言葉に耳を傾ける。


「この戦いで死んだら現実世界ではどうなるのか。それはだれにもわからない。だが、それが逃げていい理由になんてなるはずもない。」

侍はゆっくりと鞘から刀を抜きだしながら、こちらに向き直す。

先ほどまでとは違い、刀は黒く怪しげな光を放っている。

「構えろ問道。ここからは手加減なしで行く。」

問道は険しい表情で刀を握りなおす。

「恐怖を切り捨て、未来に賭けろ。」


迎無げいむスタートです。」




重苦しい空気が漂う、青春のグラウンド。

真剣なまなざしを向ける一人の侍と、覚悟を決めた一人の侍。

相手はどれほどの実力なのか、自分は勝てるのか、ここで負けたらどうなるのか、本当に死んでしまうのか。あらゆる疑問が問道の中で飛び交い続けるが、一つだけ確かなことがある。逃げ腰なら殺される。その確かな事実だけが、問道の心に灯をともしている。

「ハァッ!!!!」

力強い掛け声とともに、侍は大きく間合いを詰め、そして切りかかってくる。

「グッ・・・」

刃物と刃物がぶつかり合う音だけが響き渡り続ける。何度も何度も、止まることをしらない。明らかに小振りかつ隙がなくなった侍の刀裁き。防戦一方。一瞬でも気がゆるもうものなら、その先は死だ。


キンキンキンキン・・・・


刀身が削られることはないが、時間がたつにつれ問道の体力が削られていく。その証拠に、次第に問道の体には裂傷が増えていった。

刀をガキンと大きくぶつけ、侍は一度距離をとる。


「小僧、やる気はあるのか?」

問道には、答える気力が残っていない。

これが答えだと言わんばかりに、ふらふらになりながらも侍に攻撃を仕掛ける。

だが、力なく放たれたその一撃は侍をとらえるには不十分。ひらりとかわされ、カウンターで腹部に重い打撃が加えられる。

「ぐふぉっ・・・」

ただでさえ呼吸が苦しかったところにこの重たい一発だ。問道は苦しそうに血反吐を吐き出す。


「おまえが勝てない原因は何だと思う」

問道は声を出せない。だが心を見透かした侍が、その答えを代弁する。

「今、自分の中に逃げ道を作っているだろう。『こんなのむりだ』『刀なんて使ったこともないし』なんて逃げ腰な言葉を並べることに必死になっている。そんなんだから、今までの人生でも多くのものを失ってきたのだ。」

侍は問道を引っ張り上げ、無理やり立たせる。

「逃げ腰になったら死ぬとわかっていたはずなのに、根性のないやつめ。そんなやつはこれからも一生、大切なものを失い続けるだけだ!!」

侍は渾身の力でズバンと一振り。一刀両断。問道の胸部から大きく血が噴き出し、そして問道は大の字で倒れた。


静寂に包まれたグラウンド。キンという音は、今は刀がぶつかる音よりも、その張り詰めた空気のほうにマッチする。



侍が一人。




動かぬ物体が地面に一つ。




はたから見れば、それは明らかであった。






迎無終了げいむせっと。あなたのま」

「待て!!!!!!」

虫の息だった問道から発せられた力強い一言に涼花は思わずうわぁ!と声を上げる。


「はぁ・・・はぁ・・・

 涼花・・・君は言っただろ、本当に恐れるべきは立ち上がらないことだって・・

 そしてこれはとの戦い・・・だったら・・・・」


刀を地面に突き立て、問道は立ち上がる。


「ここで終わったら意味ねぇんだわ。」


侍には見える。目の前の男に宿った覚悟の炎が。

両者は刀を構え、グラウンドの中央で睨み合う。

すぅとひとつ大きく息を吸い、そして侍は切りかかってきた。

キンキンと刀を刀で弾き返す、だがその弾き返す力の一つ一つが豪然たるものと化している。

「むぅっ・・・!?」

攻めているのは侍。だが、押されているのも侍のほうだった。

うてばうつほど体が後ろに押されていく。それは決して刀の弾き返りのみでおきていることではなく、問道の放つ覚悟の圧がそうさせてる部分もあった。

サッカーコートの中央にいたはずの二人は、気づけば侍側のゴール前まで来ている。


押される侍の隙を突き、刀を振りかざす。なんとか反応した侍は、つばぜり合いの形に持ち込まれた。


「確かにここでは全てがリアル。小細工なんて通用しない。そしてお前はとんでもない剣豪・・・。過去の話だ。ここが俺の精神世界であることに変わりはない。だがそれはお前が剣豪だなんてのは事実ではなくただの俺自身の思い込みでしかないとも言える。お前を強大にしていたのは他でもない俺自身だったんだ。」


「ぐぅ・・・・くそっ・・・・!」


「俺はもう迷わない。もう逃げない。これ以上大切なものを失いたくないんだ!

 もう二度とあんな思いはしたくないんだ!!」


キィンと一つ大きな音を立てて離れたのち放たれた問道の一太刀は、咄嗟に反応した侍の刀を侍の手から弾き飛ばした。


「過去と闘い、未来を創る!!」


ズバンッ


侍を真っ二つにしたその一撃は、問道の未来を切り拓く覚悟の一撃。

二分化された侍の肉体が、背後のゴールネットを揺らす。

恐怖に打ち勝った瞬間であった。



迎無終了げいむせっと。あなたの勝利です。」

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