第25話 ひとまとめとセメギアイ


「ってワケなんですよボス! 考えてもみればあの子、すっごい怪しかった気がするんですよねぇ」


 ズイガラ本舗の事務所。その社長室のソファーに腰かけて、ボスはタバコを吸いこんでいた。前の席にはターザンがいる。「ボス、どう思います?」 机上に短かな足を乗せ、ビスクドールが履くような可愛い靴の裏を、ターザンに見せつけていた。


「ふーーっ…」


 本来ならアメでも舐めてそうな口から、健康に悪いスモッグが湧いた。いつも着ているジャケットは、今では雑にソファーに掛けてある。子供用のワイシャツに身を包み、足を机に乗せているもんだから、腰を沈めている位置はかなり浅かった。おかげで体はマッサージチェアに座ったようにナナメだが、顎は引いてターザンを見ている。おかげで顔は、エリの中に少しうずまっていた。


「…」


 しかし、嵌まっている眼球は、幼児のモノより遥かに くすんでいる。少なくとも愛玩ではなく、調教され損なった犬の眼をしていた。


「さっき、シオンからコレを受け取った」


 ボスは傍に置いてあった封筒を、タバコの熱い先端で指した。


「金だよ。お前が失くした分と、ボンクラが失くした分。キッチリ満額ある。女が持ってきたそうだ」

「女? まさか俺がナンパした子…」

「いや、違う。ノドに銃弾の埋まった、潰れた声の女だったらしい」


 もう一度、唇にタバコを当てる。しかし吸うことは無く、本当にただ当てたまま、いっとき考える。窓からは日光が差して、観葉植物やら棚のファイルの背表紙やらに、純粋な眩さを与えていた。


「もしかして、この件って終わりですか?」


 つい、ターザンは急かした。ボスは唇からタバコを離さない。


「そりゃ確かに犯人探しなんて一銭にもならないですケド…うーん、なーんかしょっぱい気がするんですよねぇ」

「あぁ、良い感覚だな。そう、しょっぱい」


 ボスは視点の動きだけで、ターザンの意見を肯定した。「やっぱり~?」 ターザンは首を傾げる。と、腕を組んで、宙を眺めた。


「ま、何でかは分かんないですけど!」

「ふふ…そりゃ色々とゴチャついてるからさ。ハナシを並べてみれば、意外と簡単に繋がる」

『コンコン』


 その時、ドアをノックする音が聞こえた。


「ドウゾ」

「しっ、失礼します」


 ノブが捻られ入って来たのは、お盆にお茶を乗せたシオンだった。「の、ノノ、ノド、乾いてませんか?」「乾いてるーー! センキューー!」 ターザンはズバッと立ち上がると、シオンが持ってきたお盆をスッと受け取った。「あ、アリ、ありがとうございます」「くくく、お茶の子さいさいヨ。茶だけに」 シオンは微笑をたたえた。


「じゃ、あ、シツレイしました…」

「待て、シオン」


 社長室から出ようとしたシオンを、ボスは引き留めた。


「今から情報を整理する。ターザンだけじゃ荷が重いだろうから、お前もいてくれ」


 「ヒドイ!」 ターザンはお茶をすすった。「熱い!」


「…わ、分かりました」


 シオンは頷くと、ターザンの隣に腰を下ろした。


「よし、始めよう」


 ボスはいよいよ、タバコを灰皿に押し付けた。


 …いいか? まず今回の騒動。残念ながらウチは、グウゼン巻き込まれただけだと思ってる。PPPがチルトットの金をパクろうとしたXデーに、たまたまズボンの後ろポケットに財布を入れて歩いてた。まぁそんくらいのコトだろうな。どうしてそう思うかって? そりゃ、騒動においてウチの事務所が、あまりにカンケー無さすぎるからだよ。


「か、カンケー無い…ってコトは」


 一連の流れからズイガラ本舗を引けば、事件の全貌が見える…ってモッタイぶるほど、大それた姿もしてないけどな。つまりパパラッチ・パンチパレード社は、チルトットグループに対して それなりにデカい喧嘩をフッカケようとしている。シンプルな構図だ。


「分かりやすーい! 助かるや。何でそんなコトすんのかは別にして」


 そこは知らん。が、自分の力を過信してドジ踏む奴は、この街にはごまんといる…大抵は『いる』 じゃなくて『いた』 に変えられるんだがな。チルトットに喧嘩売った奴らは、特にその顛末がヒドい。ボロボロにされる。それでもPPPの連中はどうやら、勝算があるらしい。その一角が『バイトビジネス』。


「バイト?」

「何でも電話一本で依頼を受けれて、翌日になると給料が届くんだって。現在ブームnow」


 電話番号さえ知ってれば、小学生からでも受けれるらしい。トンデモネェことだ。タチが悪いのは、そいつらが何も知らないバイトってトコロ。極端なハナシだが、『爆弾のパーツを集める奴』『爆弾を組み立てる奴』『所定の場所に爆弾を置く奴』とか、人を揃えれば電話のやり取りだけでボマーになれる。


「そんな上手くいきます?」


 この街では、いく。法書の文字の隙間でゼニ稼いでる連中ばっかだからな。履歴書なしで即日給料貰えるんなら、それ以上のことは無い。入り用なら一般市民だってやるかもな。


「それが勝算ですか?」

「…バ、バイトで、街の人を釣る」

 そう! 『ペチッ!』

『くくく、来た。ボスの指パッチン。ホントは出来てないけど、ボスは出来た気でいるんだよな』


 チルトットに対して、バイトで釣ったチルトット以外の連中を全部ぶつける。理想論だが、それなら勝算なんてソロバン弾くまでもない。けどバイトで集まる人数なんざ不安定だろ? だから私なら、バイトの方はオトリ程度でしか使わない。本命は第二の矢…パパラッチ・パンチパレード社には、『特殊持ち』 が複数いる。


「!」

「まぁ、まぁまぁまぁ。そう…やっぱりそう?」


 いるのは間違いない。不自然が多すぎる。何人いるかは知らん…が、最低でも2人。『バイトの事業を仕切ってる奴』『人サマから金を盗み取った奴』 の、2人だ。後者については、ターザン。心当たりがあるんだよな?


「はい! 昨日ナンパした女の子がそうかなって」


 ソイツ、多分だが私も会ったよ。


「マジすか?」


 セーラー服にジャンパー着てなかったか?


「うわぁ間違いない。けど同じ服着てるなんて、まさか着替えてない?」


 その辺は自前の妄想癖で解決しとけ。ハナシを戻すが、もちろんチルトットグループにも『特殊持ち』 はいる。お前らも知ってるだろ?


「ハ、はい…」


 それがマズイ。『知られてる』。能力戦で『知られてる』 ってことは、すなわち『死んでる』 だ。現にチルトットの能力持ちは今、滅多に人前には姿を出さない。ただ存在だけを見せびらかして、他グループへの圧力に使われるくらいだ。それに引き換えPPPはどうだい? なーーーんも分からん。能力どころか、何人いるのか。見た目に年齢。全部シークレット。もしその分野でカチ合ったら、チルトットは負ける。


「み、未知…が、PPPの武器」


 シオン、お前はウチの事務所にはもったいない人材だね。正解だよ。分からんまま、気付いたら死んでた。十分にあり得ることだ。後出しジャンケンできるほど、能力戦は甘くない。


 …と、ボスは、新しいタバコを口に咥えた。「火」 シオンはアロハからライターを出すと、慣れた手つきで火をタバコに移す。


「そこで、私たちだ」


 ケムリを、言葉と共に吐く。その白煙の向こうには、口を真横に開き、イタズラっぽく笑う幼児がいた。


「と言いますと?」

「幸か不幸か。私たちはチルトットと同じで、PPPに恨みがある。『仲間になれるかも』 だなんて、ディッシャーソープで言われただろ? それこそがチャンスだ。チルトットに足りない未知として、私たちを売り込む」

「…の、『能力持ち』 としての?」


 ボスはしかと頷いた。


「全員『能力持ち』 嘘みたいなキャッチコピーが、ウチの強みだからな」

「ボスとシオンちゃん以外あんまし強くないですけどね! 兄貴もそんなだし」

「アイツはまぁ、人柄が良いから。うん」


 3人そろって、湯呑に口を付けた。「…美味い。格別だ」「い、イいお茶が、ジ、実家から」「嬉しいねぇ」 すかさずタバコを吸う。「合うかも」


「でも売り込むたって、どうすんです? 電話でも掛けますか?」

「いや、それなりに大きい話だからな。私が直接行く」

「通してくれますかね?」

「それに関しちゃ考えがある…と言いたいところだが、その考えの場合、通った後が大丈夫じゃない」

「…あー」


 ターザンはがっくりと、その肩を落とした。「くく、何にせよイチかバチかですね」 ソファーから振り返り、ドアの方に目を向ける。


「ふぐぅ…んぎゃ!」


 事務室の方で、誰かがソファーから転げ落ちる音がした!

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