第26話 ある大学生の受難
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男性は温もりに包まれていた。贅沢で、耐え難く、離しがたい温もりに…「すぅ」 頭上では大学の先輩こと、アカネさんが息をしている。息をしている。生きている。その中にいる。男性は、悶えても、絶対に解放されることなく、ずうっと、温もりに、包まれている。
『…これ、アカネさん起きたらヤバくないか』
今、男性の体は子供に戻っていた。理由は不明。原因究明のためにアカネさんを頼ろうとしたところ、彼女の寝ていた布団に食われてしまった。それからは抱き枕人生。足では絡みつかれ、両腕ではウサギくらいなら死んでもおかしくない程の強さで、抱きしめられている。
『とは言え、我は漢なり。アカネさんに恥をかかせる前に、早いところ脱出せねば』
男性は身をよじると、まるで気色の悪いワーム類のように動き、アカネさんの拘束から逃れようとした。
『とりあえず腕一本…』
利き腕の右だけでも外そうとする。が、「ううん」「ぐっ!」 まるで後出しジャンケンみたく、行動に追い付かれて組み伏される。『グググググ…』『うっ、締め付けが強くなってしまった』 その上、外そうとした右手が変な収まり方をして、男性のアバラを圧迫し始めた。
「あ、アカネさ…」 うめき声をあげ、死を覚悟した…その時!
「うぃっす!! A君コンバンワー!!」
アパートのドアが、『ズパァンッッ!』 と開け放たれた! そこにいたのは…片手に焼酎のボトルを持った、髪をカールにまいたガール! 胸元の大きく開いた服を着て、あらゆる部分にはシルバーのアクセサリーがたーんと付いている。
「仙賀さん! た、たすけて…」
男性はモゾモゾと、いっそアカネさんごと体を揺らした。
「…?」
しかし、仙賀と呼ばれた女性は首を傾げると、いったん玄関の外に首を伸ばす。「あれぇ? A君ちだよねぇ? あってるよねぇ?」「あ、あってます! あってます!」「?」 仙賀は部屋の中に視線を戻す。ちゃぶ台に冷蔵庫、吊り下がった電球、匂い。あらゆる要素が、ここがA宅であることを示していた。
「いるのー?」
仙賀はヒョイっと、部屋に上がり込んだ。なぜか最初から裸足だった。ペタペタと部屋を探し歩き…布団を見つけた。
「ん、アカネじゃん…ははーん。A君、ついにやり遂げたな」
「ち・が・う! こ、ここですよ!」
「? …わあっ!」
仙賀は目を丸くすると、布団の中に密封された子供に顔を覗かせた。
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「ってなワケなんです」
「ん~…ん~?」
ちゃぶ台を囲む…男性と、対面には仙賀。「んんん」 仙賀は頭をズンと捻らせて、おそらく酔っぱらっているんだろう脳ミソで、必死に思考を巡らせていた。
「キミが、A君?」
「はい」
「道路で気を失って、気付いたら子供に?」
「はい」
「…まっさか~~!!」
嘘と断定! 「ダメだぞ~! 大人をからかっちゃあ。ロクな大人にならないゾ?」 仙賀は焼酎のボトルを一服あおった。「おっと、キミがA君だってんなら、飲んでみるかい? おッさーけー!」 ケラケラと笑い、グビッと一息! 酒気帯びの体を揺らして、自分のアクセサリーをくるくると指でイジった。
「本当なんですって! 大マジマジ!」
「マジ~? そりゃ似てはいるけどさぁ。おおかた弟さんとかでしょ?」
「違いまーーす! あーあ、そこまで言うなら分かりましたよ」
男性はちゃぶ台に身を乗り出すと、仙賀の目をジイッと見つめた。
「先月貸した8千円。まだ返して貰ってませんよね」
「うえっ! ゲホっ、がはッ!!」
仙賀は思いっきりセキ込んで、自分の胸をドンドン叩いた。大きく胸元の開かれた服だったので、ちょうど直に叩き込めた。
「どこでそんな情報を!」
「そりゃ、貸した張本人ですから」
「…マジ? ホントに?」
神妙な顔つきになる。仙賀は机の上に『ゴトッ』、ボトルを置くと、ポケットからケータイ電話を取り出した。
「誕生日は?」「6月20日」「血液型」「B型です」「好きな食べ物」「グラタン」「最近の悩みは?」「そりゃ子供に戻ったこと…以外ならまぁ、教授との関係ですかね。なんせこちとら手柄ヨコ取りされましたから」「…」
「え、マジ? ドッキリ?」
「良いですね、ドッキリ。俺的にもそれが良いです」
「う~、その言い回しは確かにA君っぽいような」
仙賀はまた、「ん~」 と唸りだした…といったトコロで、その仙賀について説明しよう。
酒に飲まれてカール頭の、いかにもイケイケな大学生スタイルだが、本来なら卒業している年齢だ。すなわち、彼女は2回留年している。なんならアカネさんと同期だ(アカネさんは院生)。しかし、その刹那的な生き方が災いしたのか、そもそも大学機関との折り合いが悪く、今ではキャンパスをほっつき歩く亡霊と化している。
『大学で会うことよりも、飲み会で会うことの方が多い』
そんな女性だった。男性とは同じアパートということもあり、稀にこうして厄介かけに来る。
「ん~…とりあえず、アカネ起こそっか」
『何も浮かばなかったんだな』
仙賀は立ち上がると、千鳥足でアカネさんの方に歩いて行った。
「アカネー、起きてー」
ぺしぺし! 頬を叩く。「んう」「起きてー! A君が子供になっちったよー!」 叩く! 叩く! 「アカネー!」「…」
『ガバッ!』
「うぎゃ!」
「あ、布団に食われた」
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「?」
「俺です、アカネさん。ホントに俺なんです」
「??」
「ホント、信じらんないよね~。てかウケる」
「まっっっったくウケません。慎んでください」
「A君…? 本当に?」
アカネさんは布団にぺたんと座って、前にいる子供の顔を見やった。だが、言われてみれば子供の容貌は確かに、同じ研究室で実験に勤しんでいた男の子に似ている。
「???」
「ふぎゃ!」
アカネさんは手を伸ばすと、男性の頬をつまんだ。
「夢?」
「夢じゃないです! てかコレ自分の頬でやるヤツですよ!」
「………」
「まぁまぁ、この話は水掛け論ってやつだし、今は子供に戻ったってテイで話そうよ」
『くっ、酔っ払いに取りなされた』
仙賀は頬を膨らませると、そこを焼酎の飲み口でプニプニつついた。
「とりあえずさ、天才小学生としてテレビに出るってのはどう? 良くない?」
「金儲けの方法じゃなくて! 元に戻る方法を考えてくださいよ!」
「時間経過…じゃなかったら、分からないな。流石に特殊過ぎるよ」
アカネさんが言った。アカネさんに言われると、男性も気が重くなる。
「どうしよう…就活に卒論。4年生なんてやることテンコ盛りなのに」
「ほぉ、稀有な悩みですな」
「大学から見ればアナタの存在の方が稀有ですよ、仙賀さん。授業出てください」
「ケッ」
「とにかく君。まずは親御さんに連絡しなさいよ。今は夜も深いから、明日にでもさ。それからバイト先と…研究室には、私から話しておこう。とにかく、一旦落ち着いて考えられる状況を作るんだ」
「アカネさん…ありがとうございます」
男性は感謝すると、深々と頭を下げ、そのまま床の上に丸まった。『小さい…』 ギュッとすると、子供は驚くほどミニマムになる。見える肌は餅のようにモチモチしく、明らかに若い。腕も足も、まるで別の生物だ。自分でさえ昔はこんな姿をしていたのかと思うと、時の無常さを感じる。
「でもドウしよ~う」
ヒザとヒザの間にできた暗黒に顔をうずめ、唱えるように音を上げる。
「もしホントに戻らなかったら~…うぅ」
「ありゃりゃ随分マイってるね。アカネ、何とかしてあげてよ」
「んん~……あ、そうだ。カスミちゃん」
カスミとは、仙賀の下の名前だ。
「『スタンピード・ワイバーン』 に連絡してみたら? あの人なら、何か知ってるかも」
「えぇ! でも私以上にレアリティ高いしなぁ」
「メールだけでも送ってみて。ダメなら…ダメってことで」
「うぅ…ダメ。ダメ」
男性は丸まったまま、ゴトゴトと体を列車のごとく揺らした。
スタンピード・ワイバーン! ポロポロ五月雨 @PURUPURUCHAGAMA
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