第24話 ナンパ師策に溺れる


「チクショウ、一体全体どうなってやがんだ…」


 ターザンは事務所までの道を歩いていた。その足取りに毎日のような軽薄さは無く、どこか一歩一歩が重いうえに、速い。音で表すなら『つかつか』 と言った感じだ。

 手にはクシャクシャのメモ紙。さっき七海原高校で五十嵐に貰った、パパラッチ・パンチパレード社の電話番号が記された紙だ。それこそが、ターザンの足を早まらせている要因だった。と言うのも


『昨日ディッシャーソープでナンパした女の子と、同じ電話番号だ!』


 さて、昨日に立ち返ろう。


 ディッシャーソープの駅。ターザンはボスに頼まれて、それなりの額を事務所に運んでいた。『シュゥゥゥーッキンキン』『ペンポンペンポン』「うわぁぁ!」 吐き出されるように電車を降りて、上空に浮かんだ時計キューブを見る。


「くくく、まだまだ余裕ありけり。早めに着いたって何の褒美も無いし、ここはテキトーに時間ツブしますかね」


 ターザンは金の入ったカバンを肩に担ぐと、どこか腰を落ち着ける場所を探した。「んーーー。駅ってのはドウモ、滅多に椅子が空かないんだよなぁ」 ましてや人も多く、立てるスペースさえ危うい。

 『どうせ空いてないんだろうなぁ』 こう思うことで空いてなかった時のガッカリ率を下げつつ、期待してない感を出すことで神様を欺こうとした。その不敬からか、やっぱりイスは空いてなかった。


「ま、そうよね。知ってた知ってた」


 ウンウンと自分を納得させ、踵を返そうとする。しかし…「!」 ターザンはイスに座っている少女に気づいた。黒髪の前髪パッツンで、後ろの髪も肩辺りでパッツン。ところが定規で測ったような髪型とは違い、顔つきは柔和で、隣の男にイタズラっぽい笑顔を鳴らしている少女…『むむ、良い』 ターザンのタイプだった。


「そんで? マネーさん持って来はるのは、どんなカッコの人なん?」

「格好までは分からねぇよ。目ぇ見て判断…俺に任せろ」

「やーん! ジーちゃん素敵!」

『爺ちゃん? よし、そういうアレじゃないな』


 ターザンは荒波のような雑踏の中、己の両足のみで ふんじばって粘った。すると、その甲斐もあってか、もっとも良い形でチャンスが舞い降りる。


「ちょっとトイレ行ってくらぁ」


 少女の横にいた男が、立ち上がって言った!

 『くくく、僥倖か!』 ターザンはすかさず距離を詰め、男のいた席にジリジリと近寄る…その姿は例えずとも、獲物を狙うトラだった。「いってらっしゃーい」 少女が男の背中へと、ひらひら手を振る。と、すかさず『シャッッ!』 隣の席に尻を滑り込ませた!


「やぁドウモ。んん、旅行ですか?」


 少女はキョトンとして、首を傾げた。


「お兄さん、どなたさん?」

「おっと失敬。名乗らずして、何がナンパというものでしょう」


 まるでミュージカルかのように、いっとう演技らしく振舞う! 『ナンパは最初からマジっぽくいっちゃダメ。風船を配るピエロを意識しろ』 先輩からの受け売りだった。


「うへへ、ナンパなん?」

「えぇ。ターザンと申します。この辺を生業にする美少女ハンターです」

「いやん、お上手やわ! 私は…」

「おっと! 名乗らずとも結構です。私が当てますから」


 ターザンはしかと、その少女の眼を見た。黒くて、普通にしていると真ん丸な目が、笑顔で細くなっている。ターザンはその目にグググと手をかざすと、怪しげな念力士みたく「ム、ム、ム」 と唸った。


「あ…」

「あ?」

「アレキサンドライト…」

「宝石やん!」


 少女はふっくら笑うと、ぶかぶかのジャンパーから生えた梅樹のように細い手で、パチパチと手を叩いた。『くくく、幸せ~』 切り立った崖にガツンとピッケルが刺さった感覚。

 「おっと、今日は念力の調子が悪いらしい」 眉間をギュッと、指でつまんだ。「正解を教えて頂いても?」 少女は「しょうがないなぁ」 と言った。


「ウチは大園常夜。大きな園に、常に夜って書きます。よろしゅう」

「なるほど、美しい名前だ。ちなみにターザンは全部カタカナです」

「言われんでも! ザンはともかく、『ター』 なんて漢字あらへんもん」

「あっはっは! 言われてみればそうですね」


 『あっはっは!?』 普段のターザンを知る人物なら、仰天して頬をつねってしまいそうだ。いやしかし、笑いあうこと以上に効率的な好感度上昇術があるだろうか。自分がウケると思ったことに対して、笑い声が返って来る。笑いのツボを覗きっこするという内面の開示こそ、人と打ち解けるための必須かもしれない。


「常夜さんは、お出かけですか?」

「うーん。まぁ待ち人みたいなモンかなぁ。ターザンさんは?」

「私はしがない運び屋ですよ。幸せを運んでいます」

「幸せ?」

「ペラペラの紙に偉い人の顔がプリントされた、一部の人にとっての幸せです」


 ターザンはカバンを、ポンと自分の膝上に乗せた。


「ま、私もその一部なんですけどね! なんてったって、好きなモノ買えなくなっちゃいますから!」

「ターザンさんは、なんか趣味とかあるん?」

「綺麗な子とお話する以外で?」

「うへへ、歯が浮くようなセリフやね」

「ははは! こういうの、常に考えてストックしています。なので語彙力を増やすためにも、本を読むのが趣味といったところですかね」

「ホントに? 見えへん見えへん」

「ホントですよぉ! 最近読んだのでは…」


 流暢に、会話が進む。この手のコミュニケーションにおいて、ターザンは事務所で一番だった。ボスは相手に迎合する気が薄いし、シオンは引っ込み思案なトコロがあるし、オゥロンは一方通行で壁打ちのような会話をする。


「うへへへぇ! 上司さん。そんなに怖い人なんや」

「そうそう。見た目は可愛らしいんですけどね…マッタク!」


 『そろそろ例の爺ちゃんが帰ってきそうだな』 ターザンは頃合いをみて、カバンに手を掛けた。


「では、私はそろそろ去らねばなりません。今日と言う日にイロドリを、どうもありがとう」

「また! それもストックしてたんやろ?」

「はっはっは! すっかり手の内がバレているようだ…ふむ、よければ連絡先を交換しません? 私の持つストックについて、添削をお願いしたい」

「ええよ、そんな建前なくても。ターザンさんとは縁がありそうやし」

『キタ!』


 こうして2人はケータイを交わし、ターザンはその場を立ち去った。が、思えば。カバンの重さが変わったのは、この時じゃなかったろうか? 完全に浮かれきっていてイマイチ記憶が定かではない。


『でもカバンから金を抜くスキなんて…いや』


 確かにスキなんてなかった。が、怪しい行動はあった。雑談中。常夜がヒョイッと、カバンを取り上げたのだ。「良いカバンやね~」 好奇心旺盛なその姿に、ターザンはまた深く惹かれた…が、改めて怪しい。そりゃカバンを開いたりなどは無かったし、まして常夜が膝上にカバンを乗せて撫でているのを、ターザンはずっと見ていた。


『「この世には、一般には知られてない不思議な力があるということよ。きっと」』


 ふと、キュートリーの言葉がフラッシュバックする。


「…いったん、ボスに相談した方が良さそうだな」


 ターザンはその足を、事務所へと急がせた。

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