第22話 ファミレスと鉄板焼きハンバーグ


 ファミレスにはポツポツと人がいた。傍らの窓は夜の風景を捕まえ、切り取っている。そこから見える空は暗い。しかし、その空に向かって突くように伸びるビルは、ぎらぎらと激しく明るい。まるでイルミネーションのようで、一階が駐車場、二階が店舗のファミレスからは、道行く人の頭頂がカラフルに照らされるさまが見て取れる。


 店内には、ピアノを基調としたBGMが流れていた。スミっこのテーブルには一人の客が座っている。


「カラアゲ定食です」


 男がケータイを弄りながら会釈すると、店員はカラアゲ定食を置き、竹をスパンと切ったような例の筒に伝票を入れ、立ち去っていった。


 AM3:00 街は眩しい。


 男は運ばれてきたカラアゲ定食に、いっとき手をつけなかった。半分まで減ったお冷が、じりじりと水滴をかいている。まして、運ばれてきた定食の汁モノなんかは、その蒸気で空気を濡らす。男はケータイを見ている。


『カランカラン~』「いらっしゃいませー」


 ファミレスは、食い倒れサバンナと呼ばれる通りにあった。いかに飲食店激戦区とはいえ、ここのような24時間営業のファミレスは需要がある。実際、繰り返すが、ポツポツと人がいた。みんなが眠いのか醒めているのか分からない顔をして、それぞれの世界に浸っている。ノートパソコンを開いていたり、黙ってドリンクの水面を眺めていたり、あぁ、何故だか清算前に伝票でツルを折ってるのもいる。


「一名様ですね。喫煙席の方ご利用でしょうか?」

「あぁん! そんなぁ、ワタクシってばタバコ吸うように見えちゃう? 失礼ねぇ!」


 まるでグネグネと泳ぐ海蛇のような喋り方。男がレジの方に顔をやると、厚手のコートに派手なマフラーを携えた、端麗な女が立っている。「スイマセン。禁煙席の方ご案内…」「ウソよ、ウ・ソ! 貴方がカワイイから、ついついねぇん」 女は店員のクチを人差し指で押さえると、そのまま『ひゅっ』 っとスライドさせて、男の方を指さした。


「アソコに座るからネ♡ 席はダイジョーブイ!」

「…?」


 男に、女と会う約束など無かった。知り合いでもない。

 しかし、女はヒールの音を高らかに鳴らせ、確かに男の席へと近づいてくる。


「ハァーイ! ドーモドーモぉ!」


 女はニコニコと…『(^ ^)』 男の対面に座った。


「あの…」

「いやん! 質問はアトアト。まずは注文させてよねぇん」


 その勢いに気圧されて、男はつい頷いた。「そうねぇ…」 長いまつ毛が、掃く様にメニュー表の上を滑っていく。「サラダだけ? でもでもセッカク初めてファミレスに来たんだしぃ…うん! 鉄板焼きハンバーグにしようかしらん!」


「スイマセぇーーン!」

「あの、ボタンです。ボタンで呼ぶんですよ」


 男が呼び出しボタンを押した。『ピン、ポーン!』 女は目を見開く。「へぇ! そうなの? 便利ねぇん」 ボタンを手に取ると、女は宝石でも眺めるように、様々な角度から視線を飛ばした。「あの…注文」 いつの間にか来ていた店員が、オドオドと女を見ている。


「あらゴメンナサイ! 鉄板焼きハンバーグ一つ。よろしいかしら?」

「はい。セットやドリンクバーなどは?」

「セットヤドリンクバー?」

「あ、多分。無しでいいと思います」


 つい口を挟む。店員は注文を繰り返すと「かしこまりました~」 再びそそくさと去って行った。


「セットヤドリンクバー…あ、コレね! いやぁーん、気付かなかったわぁ」

「…あの」

「ん? あぁ! 先に食べてていいわよん」

「そうじゃなくて。俺を誰かと間違えてませんか?」

「間違えてないわよぉ。五十嵐クンでしょう? 私たちのジャマをしちゃった」

「ジャマ…いや、してません。多分ホントに人違いですよ」


 しかし、男は内心ドキッとしていた。なぜなら、男の名前は五十嵐で間違いなかったからだ。女はその機微を見逃さなかったようで、まるでジックリと舐めてトロかすように、男の顔を見つめた。


「ふぅん? じゃあサ。一週間くらい前にサぁ? 乗用車を襲撃して、その積み荷を奪ったりしなかったかしらん?」

「してないです」

「…」


 …それから、店内のBGMだけが場を埋めた。「お待たせしました。鉄板焼きハンバーグです」 やがてジュウジュウと、とても夜間とは思えない音が聞こえる。「あら! ありがとねぇん!」 女は鉄板を前にして、ようやくその派手なマフラーを解いた。それからフォークを持つ。


「じゃ、いただきまーす! ほらぁん、ア・ナ・タ・も」

「…いただきます」


 男は手を合わせると、とっくにヌルくなった汁物に口を付けた。


『家族以外の女性とメシ食うの、初めてかもしれんな』


 汁を飲み干し、顔から器を離す…と、その時!


『グニュッッッ…!!』


 男の眼球に! フォークが突き刺さった!!


「うあっ!?」

SURPRサプラーーーーーーーーISEイズ!! あッははハハハハ!!!」


 女が! 『ぐりんッ』 フォークを捻り、男の眼球をエグり取る! まるでサザエから身を取るように眼球が零れ、しかし女はフォークを手放していない。「はッハハハハハ! あはは!」 視神経をブチン! 千切り、フォークの先についた眼球を、『ジュウゥゥゥーーーー』 ハンバーグの鉄板に押しつける!


「うあ、うあぁ…」


 眼を…眼のあった場所を押さえる。瞑ってはいるが、マブタの感覚はいつもより遥かに違った。頭部も、どこか左右で重さが違う。まるで片方の重りを失ったヤジロベェみたく、閉じているマブタがある方に首が傾く。一方で無事だった眼球は、自分の双子が鉄板の上で焦がされるサマを見ていた。


「あっハハハハ! フフ、あふふふふ…!…ふクッ! 実はハンバーグ頼んだ時から考えてたのよねぇん。ふきゅフフフ…」

「なんでっ? こんなぁ…」

「実はねぇ。アナタが襲撃犯ってのは、とっくに裏が取れてるのよん。くすぐるようなマネしちゃってゴメンね♡」


 女は眼球にデミグラスソースをつけると「はい、あーん」 と言って、男に刺し出した。「ううぅ」 男は下唇を噛みしめ、見るのも辛いようなので顔を下に向ける。「つれないわねぇ!」 女は眼球を『ちゃぽん』 男のお冷に落とした。


「それで、よ。まだ終わってないわよん? ワタクシはねぇ。アナタがどうしてウチのぉ、最新のスナッフビデオが入った車を襲撃したのか。それが気になってワザワザここまで来たの…教えてくださらなぁい? ウフフ」

「……パパラッチ・パンチパレード社に頼まれたから」


 男は何も嵌まってない眼窩を押さえながら、「ふーっ、ふーっ」 と肩で息をしていた。一方、女は身を乗り出す。


「頼まれたって? アナタの会社じゃないのかしらん? 襲撃された車両には、ご丁寧に名刺が置かれていたケド?」

「あれは! …分からないけど、現場にバラまいてくるよう指示があったんだよ。俺はただ頼まれただけ…名刺にも、会社名しか書いてなかっただろ!?」

「ふぅむ、確かにそうだったわねぇ」


 女はハンバーグを食べ進めながら、色々と思案した。「依頼を受けるまでの流れって、どんなカンジ?」「…電話がかかってきて、前金貰って、働いて、給料貰った…これが全てだ」「ふぅーん。そう」 付け合わせのニンジンを口へ。


「信じがたいわねぇん」

「う…ホントなんだよ! そうとしか言えないんだ! だって、そうなんだから。うぅぅ」


 パニック。眼底を押さえる手が強く、震える。歯がカチカチと噛み合う音が、まるでカスタネットのように鳴り響いていた。どちらにせよ、これ以上の質疑応答は無駄に終わりそうだ。


「んーーOK! でもアナタってば、不運な人ねぇん」


 女は、ハンバーグを口に運んだ。AM3:40 街はさらに明るい。パトカーのサイレンがファミレスに近づいているからだ。誰かが警察に連絡したらしい。


「はい、ゴチソーさまでしたぁ!」


  女はハンバーグを食い終わった。綺麗に。鉄板の上は多少のソースを残して、平らに戻っている。


「…」


 鉄板の前に女はいない。席にはただ一人、うなだれる男が置いてあった。

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