第23話 土着信仰
電脳界隈。すなわち、パソコンの中の世界。触れば平面のディスプレイの向こうには、いつだって三次元の世界が広がっている。それは皆さんご存知の事…世界多方面の地域から、人は集う。数多の情報群に、その眩しさ。シロウトなら視点を失うだろう。
『ある島で起こった怪事件について』
七海原高校のパソコン室。その一角にあったモニターが、忽然と光を放っている。不思議なのは、今が夜の11:00で、パソコン室には誰もいないこと。モニターは暗いパソコン室の中で、発光する深海魚のように活動している。
画面には、ある事件の記事が映っている。5年前の記事だ。
『年号別・怪事件一覧…「グルージャ島・暴行事件」』
タイトルは不安を煽る赤文字で、おどろおどろしく書かれていた。この時点でマトモな記事じゃないと分かる。『平和な島で信仰される独自の神様』 黒い背景に白い文字。やはりマトモではない。画面はマウスに触れてないにも関わらずスクロールされていき、下へと文章を追い続けた。
『土着の民間宗教』『怪しげな儀式』『生贄』『秘祭』『閉鎖された島』 これ見よがしな単語が並ぶ。特に、『秘祭』 についての描写は細かかった。
『秘祭は、毎年一定の時期に行われていた「トド様」 と呼ばれる空の神様を祭る行事であり、その珍しさから、島の外からも多くの観光客が訪れていた。
しかし、それは表の祭りである。観光客向けの秘祭は一日で終わるが、実際の秘祭はその後、一週間先まで続く。不可解なのは、一日目は外の人間を歓迎し、もてなしてくれた島民でさえ、残りの六日間ともなると、その態度を一変させることだ』
無視された。罵詈雑言を浴びせられた。その中で起こったのが今回の暴行事件であり、ついに逮捕者が出た。しかし、島民の外に人間に対する態度は改まるどころか、苛烈さを増しているという。下には、その事件が載った新聞記事へのリンクが貼ってある。
『一日目の盛り上がりから、残りの六日間を見たがる者は多い。我々は今回、帰りの船に乗ることなく島に忍び、残りの六日間を見届けたことがあるという人間にインタビューを行った』
『…以上が、六日間の内容だ。果たして島民は山の上で、一体何を行っていたのだろう。真相究明のため、我々は実際に島…』
『けっ、か…3名…傷。1名が重…1…死』
・・・・・・・・・
「おい兄チャン、アレどうだった?」
ディッシャーソープの隣の街。トリビュートシティの地下では、家の無い者たちが集まり、寝泊まりを行っていた。その顔ブレは挨拶も無く変わる不定形のもので、しかし通じ合った境遇からか、地上では得られない信頼を含んでいた。その輪の中に、ひと際デカい大男が鎮座している。
「アンダーファイト。本当にあっただろ?」
男は笑った。「ココの情報は、上の奴らも高く買ってくれんだよ」 この言葉通り、地下に張り巡らされた情報網は、システムの発達した現在でも頼りにされていた。「で、どうだったんだよ」『カシュッ』 男は、ビール缶の栓を開ける。
「おう! あったぜ。『参加するにはファイターが持ってるバッチを奪って持っていく』 ってのも、完全に当たってた!」
鎮座する男…トードードは、あっけらかんと笑った! 大きく快活な声が、地下に響き渡る。「流石だぜ、おっちゃん!」「へへへ、良いんだよ」 ビール缶をあおる。「代わりに、賞金が出たら酒持ってきてくれ」 口を拭いながら言った。
「ま、この巨体があれば楽勝だろうけどな。俺だって足を悪くする前は、いっちょ前の戦士だったんだぜ? その俺が言うんだから間違いねぇよ」
「はは! そうかな?」
「そうともよ! …でも、マジな話さ。どんだけ金持ちになっても、たまには顔出しに来いよ」
男は急に寂しそうになって、トードの前に座り込んだ。
「去る奴に来る奴。今まで大勢見てきた。だが、お前みたいなのは初めてだ。なんて言うか、後ろ暗さがない…不思議な奴だよ。まるで」
「おいおい! もう随分と酔ってるじゃねぇか! ほどほどにしときなって」
「あ~…お前が来てから地下は、なんて言うか活気が…なんて言うか」
「ダメだこりゃ。はっはっは!」
「おうトード。何だい、勝さん落ちちまったのかい」
「トード、声がデケェよ。寝れねぇったらありゃしねぇ」
「はっは! ワルぃワルい」 トードはアグラかいていた膝をビシッと叩くと、集まってきた皆の話に耳を傾けた。
トードは素直だった。と言うより、裏が存在しないように思えた。だからこそトードの相槌は貴重で、話し手の気持ちを例外なく晴らした。時に笑い飛ばし、一緒に腹を立て、悪いことには説教をした。
「マッタクたまんねぇったらありゃしねぇ!」
「あっはっはっは!」
『…この人は』
隅っこで、毛布にくるまっていた男は思った。
『どこから来たんだろう』
声を聞くだけで活力がみなぎる。英雄の演説ないし、表現者の説法。しかし…それ以上に、トードには何かあった。
『…ま、考えても仕方ないか。何にせよ良い人だし』
男は考えるのを止めると、会話に聞き耳を立てながら、ゆっくりとマブタを下ろした。
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