第20話 七海原高校のスケバンたぁ


 七海原高校の校門前は、綺麗に舗装された街路樹の道だった。ベンチなんかもあり、部活はやってないが家に帰るのも疎い生徒たちが、そこに腰を据えて談笑していた。『俺の学校なんて、土手道に突然できたようなトコロだったのに』 校門の前に張り込む怪しい男は思った。


『ボスは先に帰っちゃったし、俺も張り込みサボって帰っちゃおうかな。くくく』


 ターザンは木陰から「は~」 とタメ息をついた。いつもならタメ息なんて つく前に帰るのだが、再三申し上げて今回の『金、横取られ事件』 はターザンの責任が重いので、その重さが邪魔して足を止めている。


「ていうかスケバンって、今ドキそんなのいるもんかねい」

「いますよ、うふふふ。もうすぐ出てくるんじゃないですかね」

「わっ!」


 驚きのあまり、陰から『とん、とん、とん』 と歩を進めてしまった。「な…何者!?」「あらあら、そう邪険になさらないで、不審者さん」 白髪のおばあちゃんが、ゆったりとした笑顔で『まぁまぁ』 と手を動かした。「フシンシャぁ!? どこに?」 ターザンは挙動不審に、首をグルグルと回す。


「貴方の事ですよ。生徒から通報がありまして」

「通報…?」


 『ハッ!』 その時、ふとさっきまで談笑していた生徒たちの方を見た。すると、案の定と言うべきか、こっちを確認しながらヒソヒソと会話を始めている。


「おのれガキども…」

「あの子達だけじゃありませんよ。けっこう来てますからね、報告」

「あの子達? ってことはアナタ、親?」

「教師です。ちゃーんと話を聞いていれば、分かったハズですよ」

「あぁ、国語の教師でしょう。どうせ」


 ターザンは『トントン』 とコメカミを叩いた。「聞かなくても分かりますよ」「うふふ、正解。勘ですか?」「いえ、話し方に覚えがあったもので」「聞いてるんじゃないですか」『くくく、やっぱり教師は苦手!』 と、その時だった。


「…あ。わぁ! スケバンだぁ!!」


 学校の下駄箱から、女生徒が校門に向かって歩いてくる。その姿たるや、黒いセーラー服にイナズマの裂いたような赤スカーフ、さらに上からスカジャン。足首まで伸びた長スカートには、金色の刺繍で『阿破礼愚流威アバレグルイ』 と書かれている。


『スゲぇ…まだ、いたんだ!』


 熱い…! 時代に立つ、確かな個。『しかと見届けたぞ』 ターザンが思わず満足し、うっかり帰りそうになるほどだった。されど踏みとどまり、大きく手を振る。


「おーい! そこの君、ぜひ話を…」

「ちょっとお待ちなさい。行かせませんよ」


 走り出そうとしたターザンの腕を、国語教員が掴んだ。「離してくださいよ先生!」「貴方に先生と呼ばれる筋合いはありません」 掴んだ腕を揺り動かす。


「『キュートリー』 さんとお呼びなさい。ちゃんと聞きましたね?」

「はいはい、聞きましたよ。ところで」 ターザンはキュートリーと目を合わせた。「キュートリーさん、今日はテストの採点業務などアリマスデショウカ」

「? いえ、ありませんよ」

「そりゃぁ良かったッ!」


 ターザンは掴まれた腕ごと、グルンと宙をバク転した! 『老人ヒネるのは気が引けるが。こっちも是が非なんでい!』 その綺麗な回転に、ベンチに座っていた生徒たちは「おー」 と口を開けた。そして『トンっ』 100点の着地。


「あら、うふふ。凄い身体能力ね」

「…?」


 腕は、まだ掴まれていた。


 「もう一回!」 叫び、バク転! 『トンっ』 100点の着地。「凄いわねぇ」「?」 ターザンは首を傾げた。「もう一回!」「もう一回!」「もう一回!」 何度も回転! しかし、『トンっ』『トンっ』『トンっ』


「まるで扇風機ね。凄いわ!」

「???」


 むしろ、ターザンの目が回ってしまった。相変わらず腕も掴まれたままだ。「う…何やら心得がおありですね」「うふふ、どうかしら」『仕方ない。大人げないが…いや、向こうのが年上か』


「もう一回!」


 ターザン、再び宙でバク転! 「あら、まだ出来るのね」『言ってな! くく、痛い目見るのはソッチだぜ!』

 ターザンの予想では、キュートリーは回転が始まった瞬間に手を離し、着地と同時に手を掴み直している…タイミングを計らった秒以下の技術だ。『タダもんじゃない。このおばあちゃん』 シカシだったらば、そのタイミングをズラしてやればいい。


『着く…!』


 その瞬間に…「!?」 観戦していた生徒は見た! 『今、確かに宙で止まったような?』 目をゴシゴシと擦る。しかし、その瞬間は他の生徒にもしっかり見えていた。ただ信じられないことだったので、誰も口に出さなかった。


「!」

「多段ジャンプって、知ってますか?」


 グルン! 追加でバク宙。そして…『トンっ』 着地! 「ど、どうだ…」 意気揚々と、腕を見る。その三半規管は、すでに限界を迎えていた。


「うふふ、少しだけ危なかったわ」


 腕は…掴まれたままだった。

 「うそーん…」「まだまだ」 キュートリーは緩やかに、シワの深い頬を持ち上げた。


「まだまだとは…くくく、手厳しい」

「でも、合格点よ。どうやら悪い人じゃなさそうね」

「ふぅん。センセーが言うなら、そうなんだろうな」


 「!」 平衡感覚がグチャグチャのまま、後ろ辺りから声がした。


「おっとっと。お恥ずかしい所を」

「別に、頑張ってる姿なんか恥ずかしくねぇよ」


 振り向くと、スケバンが学校鞄を肩に担いで立っている。「でも、待ち伏せたぁ卑怯だね。男なら、学校に突撃するくらいしなきゃ」 背を反って、あっけらかんと笑った。


五十嵐イガラシさん。補講は終わったの?」

「へッ、抜けてきたに決まってんでしょ。アイツ、ダメな奴を槍玉に挙げて授業を進めンすよ。胸クソ悪いったらありゃしねぇ」

「それは良くないわね。私から言っておきます」


 五十嵐は頷くと、ターザンの方に顔を向けた。「で、何か用かよ」 鋭い切れ目、その眉間にシワが寄る。『くだらねぇコト言ったらブッ飛ばされそうだな』 相手のが年下なのにも関わらず、ターザンはつい その威に圧縮され、固唾を飲んだ。


「いやぁ、つかぬ事をお伺いしますが、昨日ディッシャーソープの駅でビラ配りとかしませんでした?」

「あぁ、したよ…何だ、テメェまさか、あの酔っ払いの仲間か? 意趣返しでもしにきたのか?」

「酔っ払い? いや、関係ないです。自分、今パパラッチ・パンチパレード社について調べてて」

「パパラッチ・パンチパレード社? 不思議な名前ね」


 キュートリーが首を傾げた。「最近話題なんスよ、センセー。電話一本で出来るアルバイト」「まぁ、そんな怪しい」 追随する形で、ターザンは首を縦に振る。「おっしゃる通り! 得体の知れない連中ですよ!」


「その会社には随分と困らされていて…何かご存じなことありません?」

「んー」


 五十嵐は腰に手を当てると、もう片方の手を顎に添えて考え出した。さっきより深く眉間にシワが寄る。その様子からして、かなり集中して考えてくれているらしい。『良い人だ…』 晴天下、前髪の影が五十嵐の顔を暗くする。


「ない。悪いが、私も電話一本で頼まれただけなんだ」


 次に日光が顔を明るくしたとき、五十嵐は申し訳なさそうに息をついていた。「入り用でな。その時ちょうど噂を聞いて、電話してやったんだよ」 髪をかき上げて、目をより細める。


「ただ…妙なことはあった」

「ミョウ? くくく、ぜひ」

「あぁ。アンタも知ってると思うが、このバイトが噂になってる原因は、次の日カネが急に届くところだ…」


 五十嵐は、その身に起きた体験について話し始めた。


 …電話をかけて依頼をこなすと、名前も住所も知らせてないのに、翌日ポストにカネが入る。それも適正賃金でな。ハナシによれば中学生とか、ヘタすりゃ小学生でも出来るらしい。その場合は内職とかを割り振られ…筋が逸れちまったな。戻すぜ。まぁ、そんなコト聞いてるとよ。気になるよな。『誰が金をポストに入れてるのか?』 私はそれを確かめようとしたんだ。


「どうやって?」


 張り込んだ。アンタみたいにな。


「くく、そりゃどうも」


 私がビラ配りを終えたのは、大体夜の8時くらいだった。最後の一枚を配り終えたタイミングで電話が来て…これも妙なコトだがな。『お疲れ様です~』 って、女の声で一言きたよ。『ほんなら、明日になったらポスト確認してみてください。またよろしゅうお願いします~』 ココで電話が切れた。「ちょっと! ホントに」 給料届くんですか? って、聞く暇も無かったね。そりゃウワサの時点で怪しかったんだから、騙されたって文句言えねぇけどさ。でも本当に入り用だったんだよ! なんつっても…あぁ、また筋が逸れちまった。


「頑張って。五十嵐さん」


 ありがとうセンセー。そう、妙なハナシな。何の説明も無くアッサリ電話切られたもんだから、そりゃ不安にもなる。プラス言った通り、誰が金をポストに入れてるのかも気になったしな。だから張ることにしたんだよ。0時からガッツリな。家の窓を開けて、頬杖つきながら家のポストを眺めてた。ちなみにモチロン、0時にポストは空っぽだった…そっからずっと人は来ねぇ。通り過ぎるヤツはいたが、ポストに触れるヤツは一人もな。


「一応聞くんですけど、まさか気づいたらポストに金が入ってたみたいなオチじゃないですよね?」

「テメェ…大当たりだよ。ボケ」


 『ピキッ』 本当に、そんな音が聞こえた気がした。「詳細に! 詳細に!」 ターザンは急いで防御態勢を取る。


「詳細なんてねぇよ! 4時くらいになって、『流石に学校あるから少し寝なきゃ』 って思ったんだ! それで最後に一応ってポストを覗いたら、ちゃんとカネの入った封筒が入ってた…それだけだよ!」

「確かに、妙なハナシねぇ。どう? お役に立ったかしら?」


 キュートリーがターザンに会話を向けた。すると、あのターザンが神妙に考え込んでいる。『意外』『意外だな』 失礼ながら2人揃って思った。『パチンッ!』 叱るように、指が弾かれる!


「くくく、なるほど。どうやら敵は相当シンボウ強いらしい」


 名探偵! そんな風に言った。「あら分かったの? この仕掛けの種が…ぜひ、聞かせて頂きたいものねぇ」 こっちは犯人風に言った。


「えぇ、お答えしましょう。聞いてみればスキのない五十嵐さんの張り込みですが、実際は僅かな間がある…すなわち、最後のポスト確認!」


 ターザンは『ピン!』 人差し指を立てた!


「部屋からポストまでの移動中は、どうしてもポストから目を離さないといけない。恐らく犯人はノホホンとカネを投函しようとした際、窓から監視している五十嵐さんに気づいた。そこからは我慢比べです。一時間、二時間と待ち…やがて五十嵐さんが窓を離れた時! 走ってポストに給料をダンク! これが真実です」


「一人のバイト相手にそこまでするかね」

「それに窓から離れたといっても、どのくらいの時間離れるかは 犯人さんに分からないんじゃないかしら。もしかすると、床のゴミを取るために一瞬屈んだだけかも」


 ターザンは黙した。「あと、あの時は朝早くで街も静かだったんだけど、投函されたような音は聞こえなかったな」「あぁ! その情報があるんなら、あるんなら違いますね。はい」 息を吹き返した。その上で『アブねぇ。危うく待ち伏せしちまうトコロだった』 と、さっき立案した作戦を自分でビリビリやぶいた。『ボスすまん』


「この世には、一般には知られてない不思議な力があるということよ。きっと」

「本当かよセンセー。まさか、私のこと信じてない?」

「いいえ。信じていますよ五十嵐さん。だけど事実として、科学では解明できないこともあるの」


 「ね、そうでしょう?」 キュートリーは頬だけで微笑むと、細まった目でターザンに目配せした。『この人。特殊持ちのことを知ってるな』 そうなると、さっき手首ヒネられなかったのも納得がいく。つまり少なくとも、教師一筋の人間ではないということが。『くく、恐ろしいねぇ』 ターザンは一刻も早く場から立ち去りたくなった。


「しょうがない。失礼ですが、電話番号教えて貰っていいですか?」

「はぁ? ナニがしょうがねぇだよ!」

「パパラッチ・パンチパレード社の。電話したんですよね?」

「…」


 五十嵐はモヤっとした様子で学校鞄からケータイを取り出すと、それを見ながらノートの切れ端をちぎって、そこにサラサラと番号を書き写した。「ほらよ」 ぶっきらぼうにターザンに渡す。


「ありがとうございまーす! くくく、まったく。俺に知られたからには年貢の納め時…」


 そのTEL番を見た時、ターザンの顔がピタリと固まった。

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