第19話 パーカッション・ムテキ☆ドラマー


「う あ、あぁああっっ…ぁ」

「なぁ、何なんだよお前はぁ!」


 薄暗い路地裏だった。幅は、両腕を広げればビル壁に手がツくほどで、ツけたもんなら手は真っ黒になること請け合いだった。換気扇の音が呻く屍のような音を出し、表通りから聞こえる人の音と、マーブル状に混ざり合っている。


 その場所で、5人の男が倒れていた。満身創痍で地面に這いつくばったり、息も絶え絶えにアゴを上げて、壁にもたれかかったりしている。


「パーカッション・ムテキ☆ドラマーは全てを破壊する」


 女だ。唯一立っている。


「骨の無い奴ら。折れたって別に、これまでと変わりないでしょ」


 その女は「くっくっ」 っと、くすぶるように笑う。その顔には『上手いことを言った』 という自賛と、『それに比べてこのゴミ共は』 という軽蔑の目が嵌まっていた。「テメェ!」 倒れていた男が吠える! しかし、その腰は完全に地面へと座って、動く気配など微塵も無い。


「腰抜けめ。そのままヌかしてな」


 女はまた、上手いことを言った風に笑った。

 『チクショウ…』 倒れている者からは、勝者は空を背景にして見える。実際 女の後ろには、ドス暗い宇宙の闇が、路地裏の僅かな間で広まっていた。


「ボケ…そだぜ、ッメェラ、怪我してるのに動くなんざ、バァカのすることだゼ?」


 『ガッ…』「…」 独特な憎み口が、同じく特徴的なピアスのついた女の耳にも聞こえた。


「根性か。久しぶりに見たわ」


 男が、有刺鉄線の巻かれたナイフを壁に突き刺し、アンデットのように立ち上がっている! 「ヘッ!」 その姿。ハンチング帽をかぶって、両腕に刻まれた二門の砲塔のタトゥーを 半袖とチョッキ服のコーデで見せびらかしている…つまり、ウェア・ジョウ!!


 ジョウは完全に折れた右腕をダランと垂らし、まだ神経だけ繋がっている左腕でナイフを構えた!


「骨を折らせて肉を刺す。けど、賞賛には値しない。勝つこと。それ以外に栄誉は無いの」

「ウザッッたい口回しだなァ? ヨウ、ヨウ、ヨウ! 喧嘩に必要なのは罵詈雑言だろ?」

「言えてる。それじゃあ」

 

 女は大きく、息を吸った!


「死ね! 悪シュミな半グレ野郎!」

「カッ! ブッ殺すッッ!!!!!」


 ナイフを持つ手に、力を入れる! 『コレしかねぇ…』 ジョウは自分の腹にナイフの柄尻をグッっと当て、一心不乱に突撃する作戦を立てた! 『問題ぁツッコむタイミング…ま、こうゆうのは』 目頭に荒波のごとくシワを寄せ、アいた瞳孔で女を睨んだ!


「今だ! いつだってなァァーーッ!!」


 一歩目、一切の迷い無し! 二歩目で加速!! 三歩目で…!!!


「あっ、跳んだっ!」


 地面の男は見た! 二門の大砲が夜空を背景に、その砲身を女に向ける姿を!

 ジョウの折れた腕は力なく空中ではためき、ただしナイフはしかと腹に込められている。それは、片翼を銃で穿たれた大鷲が、せめて最後に猟師へと爪を立てる光景に似ていた!!


『重力、後は頼んだ…ぜ』


 ジョウはそのまま、宙で気を失った。


「…」


 ジョウの体重は85キロ。それが無気力のまま、質量そのものとして落ちてくる。オマケにナイフという刺し物まで生えていた。『当たる…当たったら勝てる!』 ……幻想。当たるワケがない。単に体を数歩ズラせば、それだけでジョウの体は路地に堕ちる。


 しかし女はむしろ、右足と左足をアンカーのごとく…不動のままに突き立てた!


「任せたね…勝負の成り行きを。自分以外に」


 女は、妙な格好をしていた。キッチリした喋り方に 人を食ったような態度。となれば身なりも、キッチリしたスーツ姿か 人を食ったような奇抜ファッションが相場かもしれない。

 しかし女は黒のズボンに…サイズの合っていない、ダボダボのイラスト付きパーカーを着ていた。


「『パーカッション・ムテキ☆ドラマー』 !!」


 女が! 両手をパーカーのマフポケットに突っ込んだ…その時!!!


「あ、で、デた…ぁ」


 「うぅ」「あぁ…」 転がっていた男たちが、チルトットグループの屈強な男たちが、まるで小鹿のように震え、舌を使わない喉だけの呻き声を上げた。その揺れる瞳孔の前には……大きな、腕。


「あ、あぁあああああああっっ!!?」


 一本2mほどの青い剛腕が、四本! 女の背中から、蝶の羽のように広がり出ている!!


「敗北を軽蔑する。まして、運に賭けたその精神を、私は激しく嫌悪する」


 『ブォッッン!』 まるでホームランバッターが丸太を振ったような音! それが、ジョウの体を打った! 『パァン!』 人の体は成人男性にして、約60%を水分で構成しているらしい。その通り、さながら水面を平板で叩いたような音がした。


 『ゴンッ!!』 打って変わって、石を石で砕く音がした。見れば、ジョウの体が、自分の血の上に転がっている。その往生しきった姿に、まるで草葉の影から獲物を狙う蛇のようなモーションで、血の通ってない青い剛腕が拳を向けていた。


「ジョー!! やっ、止めてくれ…」


 男たちが! 縋るように女の足へと手を伸ばした。「頼む。頼む! お願い…」「あ、あ」「ヤメテ…止めてくれ」「ウゥ…」 まるで砂糖に群がるアリのように、残りの4人でジョウの命を乞う。「…ぅ」 その無様さに、女は激しい吐き気を催した。


「う、げ…うぇぇっ」


 コンクリの壁に手をつく。同時に、青い剛腕は消えた。吐くと、換気扇の音が空気清浄機の音じみて聞こえた。


『ガンッ! ガンッ!』


 女は壁を何度も殴ると、「ふーッ、ふーッ」 止血を待つ動物のように、その息で自分を鎮静しようとした。


「うぅぅぅぅ…ホントに、同じ人間か?」


 頭が淀む。耐えきれず、女は駆け出した。その背中には、涙を流す天使のイラストがプリントされていた。

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