第17話 空気イチ踏み二度翻す


「やぁ~! ボス、シュビはジョウジョウですよ!」

「ほぉ、お前の口から出たとは思えん言葉だな。ウソじゃないだろうね?」


 ターザンは「くくく、ヒドイ言われようですな」 と笑い、クレーンゲームのボタンを叩いた。『ウィーン』『ピコピコピコ』『すかっ』「なんじゃコリャア!!」「こんなモンだろ」 ターザンは考えるより先に、筐体にコインをぶち込んだ。「今いくら?」「これで2000円です」 散財。合流地点をゲームセンターにしたが故の悲劇。


「まぁ聞いてください。俺の昔のグループで…」


 ターザンは友達から聞いたことと自分が思いついたことを全部話した。ボスは特に間口を挟まず、シンと耳を傾けた。『ガラガラガラガラ』「迷子の、お知らせです…」『ジャララララ』 騒音。合流地点をゲームセンターにしたが故の悲劇。


「ってワケですよ。聞こえてました?」

「大体な…中々良い案を出すじゃないか」

「くくく、ズイガラ本舗のブレイン担当ですから」


 『ピコピコピコ』『すかっ』「アームがね! アームが弱いのよ!」 ターザンが財布を開く。も、残弾はすでに無くなっていた。「とほほ」「ブレインには遠いな」 ボスは口元を曲げ、くつくつと笑った。


「ボスは? まさかサボってたんじゃないでしょうね」

「上がサボってどうすんだ。それなりに、ちゃんとやったよ」


 ボスはタバコを咥えると、いっとき火を点けず、そのまま口で遊んでいた。ターザンの予想では、これはボスが何をどう説明するか悩んでいる時のクセだった。その予想は半分正解であり、実際はアタマ空っぽのターザンやオゥロン相手限定の、出来るだけ言葉少なく説明しようとする時のクセだった。


「ビラ配ってた奴の正体が掴めたよ」


 ここでタバコに火を点けた。


「七海原高校ってトコロの、本気マジのスケバンらしい。今日にでも学校の門にハって捕まえようと思うんだが」


 ケムリがふわふわと、ゲームセンターの騒音と混じった。「スケバンなら、学校来てなくてもオカしくねぇよなぁ」 来てなかった場合、来るまで連日ハり込むことになる。そりゃ考えるだけでも億劫だった。

 すると、「七海原高校のスケバン…?」 何か引っかかったようで、ターザンがこめかみをトントンと叩く。


「ソレ、俺のダチの妹かもしれません」

「…本気マジ?」

「スケバンでしょ? 象徴化されたツンツンのガール」

「七海原高校のな」

「う~ん。何かそう言ってたような気がしなくも無いような」

「おい、テメェら」


 ふと、ガラの悪い声が聞こえた。振り向いてみると、3人組の男がゲームセンターの紫ライトを浴びながら、肩で風切って近づいてくる。


「カネ、貸してくんね?」「オレも」「オレも」


 真ん中の男がワザとらしく太巻きのような腕を前面に出し、シルバーリングを嵌めた指を『ポキポキ』 と鳴らす。それを見た両隣の男たちは、『ポキポキ』『ポキポキ』 スタンプを押したように追随した。


「あーあ。ボスがスケバンの話なんてするからぁ。悪ガキが寄ってきたじゃないですか」

「カンケーあるかよ。くだらねぇ」


 ボスはタバコを吸い続けた。その態度にカチンときたのか、いよいよ男たちの筋肉に青筋が浮いてくる。「あぁ? ナメてんのかぁ? あぁ?」 男の一人がポケットに手を突っ込みながら、まるでリザードマンのような猫背でボスに迫った。「あぁ?」「アァ?」 残りもボスに迫る。


「ガキコラ。死にてぇのかタコ」

「ボンクラが。相手見てケンカ売りやがれ」

「あぁアア?」


 男が、ボスを蹴り飛ばそうと、足を後ろに引き下げた! その時!


「『相手見て』 って言われただろ。ドコに目ん玉ついてんだ?」


 『パァンッッッ!』 男の顔面を、一閃の拳が過ぎた!!

 「ぶびゃっ!」 男はド派手にぶっ飛んで、後ろにあったプリクラ機に頭から突っ込む! 「キャー! 何この人!」『パシャ』 醜態が、受け取り口から出てきた。


「テメェ…」「テメェ…」


 残党が唸った。しかし逃げず、2人でターザンを挟み込むように展開する。『こいつら、コンビネーションの心得があるな』 共に酒を飲み、共に悪事を働いてきた仲間。道を外れた者同士の、阿吽の呼吸があった。それに必殺技も残っている。


「行くぜッ!」「イくぜッ!」


 2人は一斉に! ターザンの前後から走り出した!


『タイミングは完璧。けど安直すぎる!』


 ターザンは自らも走り出し、とりあえず前の男を倒そうと決めた。『ダッ!』 大きく一歩で踏み込み、渾身のストレートをお見舞いしようとする! しかし! 『ニヤリ』 前の男は、まるでそう来るのが分かっていたかのように…「!」 パンチを躱し、踏み込まれていたターザンの足へとスライディングを発射した!


「おっと!」 ターザンは跳んで躱す。しかし!

「後ろだ!」 ボスの一声!


「オセェよっ!」


 ターザンの背中むけて来ていたのは…超特急の、トビ蹴り!


『決まった! アレを躱せた奴は、オレたちの友情史で誰一人存在しねぇ!』


 プリクラで寝そべっていた男は勝ちを確信した! 『相手を挟み込み、前からスライディング、跳び躱した相手に後ろからトビ蹴り。人間ってのは目に入ったモンから対応しようとする。その性質をツいた不可避の一撃!』


「名付けて…『マンキラー・ツーマン・サポート』!」

「じゃ、撮りまーす。はい、チー…」


 トビ蹴り! その足先が、今にもターザンの背中を突き刺そうとした! 『後悔しな! オレたちにタテついたコトをよぉ!』 スライディングした男は思う。男は、まるで星空を見上げるように、ジャンプして宙にいるターザンを眺めた。

 『くたばっちめぇ…!』 足が…背中に着陸する。まさにその時!


『ぐるん!』


 ターザンの体が、空中で半回転した!


「は」

「よぉ、悪い足だな」


 足が上! 頭が下! ターザンの体が空中を跳梁し、まるでコウモリのようにひっくり返った!

 『なに…』 驚きも束の間、蹴り足が、ひっくり返っているターザンに掴まれる。「折るぜ」 さらにその足を鉄棒のように捉え…『ピタッ』「!!?」 スライディングの男は確かに見た! 『い、今…一瞬だが、空中で止まったよな?』 それを裏付けるかのように、今度はターザンの体が、これまでとは逆に回る!


『バキッ!』「ひぎゃッ!」


 蹴ってきた男の靴先を持ったうえで、男の足関節に着地! 驚くべきかな、空中での出来事だ!


「何で…」

「くくく、『多段ジャンプ』 だよ。ゲームとかで見たことない?」


 ターザン、今度こそ本物の床に着地! 同時に、「うぎゃ、ウギギギギギ!」 足を折られた男が、地面にカ細く倒れ込んだ。


「げ、ゲーム…」

「そうそう。あんまりしないタイプ?」


 ターザンはスライディング男の胸グラを掴むと、そのまま無理やり持ち上げた。「3人いて、1人無傷じゃ気マズイよな」「ひっ!」


「ほらよッ!!」


 力任せに! 男を放り投げる! 『ガシャァン!!』「あ…」 男は立ち上がろうと努力したものの…『ガクン』 やがて、完全に気絶した。


「このくらいは朝飯前か?」 ボスがケムリを吐きながら、小さく拍手した。

「くく、いえいえ。ボスの『後ろだ!』 が無かったら、結構ヤバかったですよ」

「チッ、はいはい。助演女優賞くらい欲しいもんだ」

「こらー! 喧嘩するんじゃない!!」


  奥の方から、店員が怒声を上げながら駆けてくる。「おっと、もう終わったってのに」「とっととズラかろう」 ボスは灰皿にタバコを押すと、小さな身をトッタトッタと走らせた。

 「まったく、セワしないですね」 後からターザンが追い付いてくる…「ん、お前ソレ」「くくく、ちょうどガラスが割れてたもんだから、拾ってきちゃいました」 その手には、ターザンが2000円をつぎ込んだクレーンゲーム景品が握られていた。


「お前、まさか狙って投げたんじゃねぇよな?」

「もちろん!」


 どっちとも取れる発言を残して、2人は風より速くゲームセンターから去っていった。

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