第15話 肉ヒき撮影グループ


 かんッ・かんッ・かんッ・カンカンカンカンカンカンカンカン…………カカン! 『『開幕!』』


 なんぞの時や朝焼けと共に、街に下卑たる野郎ども。酒に飲まれて頭がクラクラ。しっちゃかめっちゃか暴れに暴れる。『ギャンチー!』 金網鉄柵ヒき裂いて、 やって来たのは高架下。


「ねぇん、私たちのソウルをさぁん。このコンクリのブットい柱に刻むってのはどうかしらん?」


 野郎ども、次々に賛成の声を上げる! 「賛成!」「賛成!」「サンセイ!」 リーダーガールは満足げ、逆らうものなんていやしない。ノリに呑まれて悪戯や、その選択肢は若気の至り。


「でも、どうやって?」

「決まってんだろ。スプレーで落書きすんだよ」

「そのスプレーってドコにあるんだよ」

「んふふ、ノンノンノン。貴方たぁち、とっても勘ちがぁい」


 そのガールったら人差し指を、膨らむ頬へと押し付けた! 『この人、喋り方とか仕草で損してるよね』 全員心でそう食むも、決してオモテに出しゃしない。ガールは美しいその顔を、ド派手なマフラーに沈め込み、まるでマジシャンのような手つきでもって、野郎方々を誘惑した。


「一人、来てぇん」


 「え」「え」「エ」『むひん!』 鼻息は荒く! 頭はカンカン! 取っ組み合いのケンカになって、ついぞ一人が勝ちぬいた。


「お、オス!」

「んふ、貴方、強いのねぇん」

「オス!」

「とってもイイのが刻めそう♡」

「?」


 次の瞬間! 『ゴァンッッ!』 男のアタマが、高架下の柱に打ち付けられた!!

 「…えぁ?」 『ゴンッ!』『ゴンッ!』『ゴンッッ!』 何度も! 何度も! 何度も!! 血が、脳ミソが、体温が、かつて男を操っていた意識が、コンクリのキャンパス目掛けてぶち撒けられる! と、やがて、男の体は糸を失い。落っこちたマネキン人形みたく力を失った。


「…」「…」

「あぁん、見てぇ。この赤い躍動こそが、この子のソウルなのねぇん」


 かんッ・かんッ・かんッ・カンカンカンカンカンカンカンカン…………カカン! 『『閉幕!』』


「カット…姉貴」


 高架下の影から、一匹の男が現れた。『一匹』 と数えたのは、その男が曲がった背中に獣の皮を被った、さながら人と熊のキメラのような見た目をしていたからだ。しかしそんなワイルドな見た目に反して、手にはハンドカメラを装備している。『ウィーン』 画面には、美しい女が映っていた。


「はーい、ご苦労さぁん。まったく、スナッフフィルムの撮影も楽じゃないわねん」


 女はマフラーの毛を指でイジくると、着ていた厚手のコートで身をクルクル抱きしめた。


「お客様の…熱意。応える」

「分かってるけどぉ、ソイツらってさぁん? 人が死ぬのが見たいワケぇ? それともワタクシが見たいワケぇ? 後者なら、結構ヤル気萎え萎えなんですケド」

「でも今回も…良い画。撮れた」

「はぁん。アンタのカメラワークのたまものねぇ!」


 『べちゃ』「あんら!」 柱に寄っかかっていた男が、倒れて脳ミソをこぼした。「今のも撮っといた方が良かったかしらん?」 女はコツコツと、高いヒールで地面を踏み行く。切れ目に通った鼻筋。一見アッサリとした顔立ちの中で、うららかに育った唇が紅い。


「朝焼けと死体でさぁ、ワンショット撮っといてよぉん」

「あ、あ…」「…」

「ん、まだいたのん?」


 隅で、男たちが震えていた。さっきまでのノリは完全に消え去って、今では全身を恐怖で飼われている。と、女は「あ、そうだわぁ!」 何か思いついたように、両手を優しく重ねた。


「ターキーちゃあん。あれやって御覧なさいよぉ」

「…」 男…ターキーは首を振った。

「ケチぃ」


 女は舌を「べぇ」 出すと、真っ赤なヒールの靴先で、げしげしと男たちを蹴った。「ホラホラ、続きはDVDを買ってよねん」「ひ…ひ…」 男の一人が、まるで赤ん坊のぐずるように泣き出す。「ホラ!」「う、う、わぁあああああああ!!」 再び足で小突くと、セキを切ったように逃げ出した! 「…」 残った男は、呆然とそれを見ている。


「朝から元気ねぇ。はぁい、ア・ン・タ・も」

「…ふ、ふひ、フザけんじゃねぇ!」


 残った一人が叫んだ! 立ち上がって、死んだ男を指さす。


「そ、ソイツはなぁ。だ、だだだダチなんだよ! それなのに、みすみす引き下がれるか!」

「あらぁん、カッコイイじゃなぁい」

「茶化すな! このっ…あぁ! チクショウ!!」


 狂乱。どうやらそうらしい。大声を出すことで理性を麻痺させ、非日常の世界から身を守る。アドレナリンで勇気をパンプアップさせなければ、男は今にも地面に這いつくばりそうだった。


「あああああああァァチクショウ!!」


 男はとにかく、目の前の女に殴りかかった!


 ―――『はらり…』


「え」


 二枚の布帯が、宙を舞った。

 「あ、はえ?」 男は目の前の光景に愕然とする。そう…布帯じゃなかった。光景から察するに、それは男の、かつら剥きされた皮膚だった。『ボタ、ボタ』 雨漏りがするように、さらけ出された肉から血が零れていく。


「いやん、何だかんだ見せてくれたじゃなぁい」

「…やむなし」


 皮膚が、たなびきながら地面に落ちた。その横では、ターキーが二対の…血の付いた包丁を持って立っている! 「あ、あ」 獣人の丸まった背の向こうから、段々と朝日が昇ってきた。ターキーは落ちた皮膚を拾い上げると、その太陽に透かして見る。


「まだまだ…もっと薄く」

「向上心ねぇ。カメラマンより大道芸人の方が向いてるんじゃなぁい?」

「お、おあ、おあえら」


 男は、もう血まみれの腕を突き出し、震えながら聞いた。「だ、なん、なんなんだ…」 女は聞き終えると、重たいコートの袖で口元を隠し、「んふふふ」 と圧し包むように笑った。


「ターキー・and・ウィンディ! ディフィカルトな依頼にも難なく答える、ひと味ディファレントな撮影スタジオ! …って、パパは言ってたんだけどぉ、正直ダサいから変えたいよねぇん…」

「社長…頑固だから。無理かも」

「は、ははは」


 男は真っ赤な腕をダランと下げて、地面に崩れた。

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