第12話 懐古訪問中


 死んだような通路を曲がって、さらに半分開いたシャッターをくぐり、そこからルービックキューブを解くように複雑な迷路を行くと、喫茶店に出る。まるで倉庫の奥のような場所で、普段は忘れられた荷物のように営業している。しかし、ボスが来たときは違った。


『ドンッ!』『おーーい!』


 メニューを展示しているショーケースの中に、人が入っている!


「おい、ビックリだなこりゃ。いつからこの喫茶店は、人を展示するようになったんだ?」


 ボスはじっくりと、中にいる人間を見た。『見せモンじゃないぞ!』「いや、見るだろ。こんなもん」 すると、喫茶店から店長が出てきた。「やぁ、いらっしゃい」


「あぁ、店長。会ったら元気かどうか聞こうと思ってたんだが、今はもっと聞きたいことがある」

「コレだろう? まったく、困ったものだよ」


 店長は小さな鍵を取り出すと、ショーケースの横についていた小さな扉を開けた。「だぁ! 痛チィ…」 中の男がズルズルと、腰に手を当てながら出てくる。


「君、何があった? ただの喧嘩にしちゃ…奇怪だな」


 男は首をひねる。「分からない…色々と」「色々なんて説明しなくていい。君はどうして、ショーケースの中にいたんだ」「ん、んん」 男はさらに、首をひねった。


「俺が…ドロップキックを食らってブッ飛ばされて。後ろにいって…棚に、ガシャンて」

「棚に? ガラスじゃなくてかね?」

「棚だよ! だって、見てくれ。ガラス何て、ヒビ一つ入ってない!」


 「この傷は?」「あ、それは俺がナイフを当てた傷…」 その傷を除けば、確かにショーケースは傷一つ無かった。「見間違いだろ」 ボスが口をはさむ。「それか狐にツマまれたか」


「違う! 確かに、狐みたいな女ではあったが…」

「…そりゃ、学生服にジャンパーを着た女か?」

「そう! そうか、すれ違ったか!」


 男は立ち上がると、「追えば、間に合うかもしれねぇ!」 と言って、スタートダッシュのままに走り去った! 「おーい! せめて片づけはしろー!」「遅れたな。もう背中も見えねぇ」 ボスは店長の腰を叩いた。


「…今の話、どう思うかね」

「まぁ十中八九、『特殊持ちレアモン』 だろうな」

「ふん、一般人の迷惑も考えないで。これだから好きになれん」

「スマンね」


 「君は別だよ。久しぶりに会えて、嬉しいもんだ」 店長は口ひげをワサワサ触ると、ボスを店の中に案内しようとした。「いや、ココでいい」 ボスは首を振って断ると、「他にも聞きたいことがあるんだ」 と加えた。


「ここは一階の景色が良く見えるだろ。 昨日、駅構内で変なビラ配ってるヤツがいなかったか?」

「ん。あぁ、いたよ。よく覚えとる」 店長は深く頷いた。

「そんなに目立つ奴だったのか?」

「いや、目立っとったのは確か、君のトコロの従業員だよ。酔っぱらって大声で、そのビラ配りに絡んどった」


 『アイツ…いや、今回ばかりは役に立ったか』「どんなのだった?」 ボスは深く切り込んだ。「なんか特徴とかさ」 店長は腕を組むと、ジックリ悩み考え…「あ!」 と、手を叩いた。


「女性だったんだが、随分トガった格好をしていたよ。スケバンと言うか、うん。私もノスタルジックを感じちゃったねぇ」

「そりゃ、コスプレか?」

「いや、あれは本気マジのスケバンだよ。なにせ君のトコの子が、随分ハデに投げられていた。あの一本は、モノホンのスケバンにしか出せん手よ」

「そうかい…ソイツの制服からして、ドコの学校か分かるか?」

「ウム…ちょっと待っておれ」


 店長は店に引っ込むと、カウンターの下にあるブ厚いアルバムを取り出した。かなり年季の入った表紙だ。それをカウンターの上に置くと「おーい」 ボスを呼んだ。


「なんじゃこりゃ」


 ボスは椅子にピョンと跳び、直立することでアルバムに顔を覗かせた。店長が表紙をめくると、そこには何組ものカップルの写真が、目も眩むほど幸せそうに貼ってある。


「昔、この喫茶店で告白すれば必ず成功するというウワサが流れてな。本当に告白に成功した連中が、感謝と記念にツーショット写真を置いていったんだ」

「へぇ、浮かれ目に付き合わされちまったってワケか。大変だね」

「そうでもない。誰かの分岐点になれたなら、喫茶店として本望だよ」


 店長は少し懐かしそうな目ツキになる。「おい、懐古は後な」「分かっとる、分かっとる」 そう言いつつも、油断すればページをめくる手が止まりそうだった。「近隣の学校連中は、大抵来とるハズ…」 たまにある くっついてるページを、シワのついた指でめくる。めくる。めくる…

 「あった。この学校だ」 店長は、アルバムの正面をボスにやった。


「『七海原ナナミハラ高校』 か。聞いたことあるな」

「2つほど隣の駅にある高校だな。中々のエリート校だったハズだが」

「スケバンやってんだとしたら、簡単に見つかりそうだな」


 ボスはアルバムのページを、またパラパラとめくった。「ん、そんなにカップルが羨ましいかね」「違う!」 目を細くしながら、ページを旅していく。


「さっきの推定『特殊持ち』 も、学生服を着てたんだ。それも載ってんじゃないかってさ」

「…あぁ、載ってないよ」


 店長はそう言うと、アルバムをボスから抜き取って、カウンター下にしまった。「ん、もう探したのか」「いや、そういうワケじゃない」 首を振る。その動きは、どこか自分の為にやっているようにも見えた。


「アレは、私の母校の制服だよ。もう40年も前に廃校になったね。最初は目を疑ったが、確かに…」

「まさか、記憶違いだろ。そりゃタイムスリップしてきたヤツの可能性もあるけど」

「…そう、だろうね。うん、きっと私のカン違いだ」


 「おいおい、疲れてんぜ店長。コーヒーの飲み過ぎで睡眠不足か?」「まさか! 君の方こそ、タバコ吸い過ぎじゃないだろうね?」 ボスは店長と少しばかり雑談すると、そのまま喫茶店を後にした。

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