第11話 裏アカ
「ありがとうございましたーぁ」
「あ、燐木さん。ちょっといい?」
レジ打ちも一段落した後、店長がワタシに声を掛けた。「来週のシフトについてなんだけどさ」「え、あぁ…はい」「その、水曜日ヒマ?」「あー…」 ワタシは考えるフリをした。もちろん考える間もなくヒマなのだが、即答することは決してしない。『ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、ヒャクエンキンイツ』「多分、ヒマです」「あ、そお?」 店長のしたり顔を、ワタシは見逃さなかった。
「じゃあさ、地下の受付。やってくれないかなぁ? いやさぁ、ウチの店が当番なの、すっかり忘れちゃってて」
『ってコトは お前の責任やんけ!』
もちろん、おくびにも出さない。「はい、分かりましたぁ」 丁寧に返事する。と、「うん、じゃヨロシク」 と言って、店長は奥に引っ込んだ
『シフト埋まったら用済みかよ。ジジィ』
ワタシは去り行く店長のウスラ頭に、バーコードスキャナーのレーザーを当ててやった。『ピッ』「んえ!」『110円』「んっ、ふふ。見る目あるね」 SNSに書くネタが一つ増えた。
『そういえば、ボスは今頃何してるんだろ。変なヤツと一緒にいたけど』
ライターをわざわざ買ったってことは、どこかへお出かけしたに違いない。あの足で、あの…抱きしめてなお足りない、劣情を刺激する脚肢で…『ボス…』 思わず、ワタシは内モモを締めて倒れそうになった。
ワタシがズイガラ本舗にいたのは、今から半年前のことだった。入る前はまさか、あんな人形みたいに可愛らしい愛くるしい食べちゃいたいタイプの子供がいるなんて、思ってもみなかった。知ってたらもっと早く入ってた、あの女よりも早くね。
「燐木、よろしくな。私のことはボスって呼んでくれ」
ボスだなんて! ワタシは失神しそうになった。猫ちゃんがライオンのフリをするような、絶好の一品。この時ようやく、ワタシは幼稚園児を見るたびに滲むザワメキの正体を掴んだ。『ロリコンだったのか…ワタシは!』 狂うに値する嗜好! しかし、それまでに感じた以上の、熱。ワタシはそれを、仕事への情熱に変換した。
だが、それほどの想いがありながら、ワタシは一か月でズイガラ本舗を辞めた。理由は、シオン。あの女ァ…ボスはあんな女のドコが良かったのか、今もって皆目見当もつかない。
『ムカツク! ワタシがこんなところでバイトしてるのも、元を正せばアイツのせいだ!』
ワタシはボスから貰った2000円を取り出すと、急いでギュッと抱きしめた。「クぅぅ~」 ボスの丸っこいアタマを想定して、毎晩バスケットボールを下腹部に抱いて寝るワタシにとって、お札からボスのぬくもりを想像することは容易かった。「うぅぅ~…ウ、ウ」
「なぁ、姉ちゃん。そんな金に困ってんのかい?」
「うひゃあ!」
跳び上がった! 目の前には、いつの間にか男がいる!
「だ、誰!」「誰って、そりゃ客よ」 男は頬を掻いた。
「あ、あぁ。はぃ。スイマセン…商品の方を」
ワタシは頭を振ると、意識をムリヤリこっちに引き戻した。続きは帰ってやる。「?」 しかし、男は商品を持ってきてなかった。
「あの…」
「なぁ、アンダーファイトの受付って、できるか?」
「!…できますよ。条件を満たしていれば」 ワタシは声をすぼめて言った。「バッチ、ありますか?」「あるよ」 男はその大きな拳を広げる。と、中には確かに、金色に光る拳のバッチがあった。
「誰から?」
「ノコギレオスとかいう奴から」
「あぁ~、分かりましたぁ」
ワタシはバッチを受け取ると、レジ台の下へとしまった。「来週の水曜日、夜の8時にまた来てください…」「おう、ありがとよ…終わり?」「はぃ。詳しい情報は、一戦目に勝ったらお聞きしマス」「はっは! 勝てなきゃ聞く価値もねぇか!」 男は元気に笑う。
「じゃ、楽しみにしてんぜ」
「こちらこそお待ちして…ぁ、スイマセン」
「ん?」
「リングネームだけ、今きめてもらってイイですか?」
「リングネーム?」
「んん…リングネームねぇ」 男は腕を組むと、ウンウン唸り始めた。「こういうの、センス出るよなぁ…」 そうこうしている内に、レジに列ができ始めた。『マズイ…』 ワタシは助け舟を出すことにした。
「あのぉ、後から変更もできますんで…好きな食べ物とかで、いんじゃないでしょうか?」
「好きな食べ物?」
男はポン! 手を叩いた。
「ビーフ・ボウル! いや違うな…よし、ボス・ザ・ボウルにしてくれ!」
「ぼ、ボス・ザ・ボウル?」
「あぁ、頼むよ!」
男はずっしりと太い親指を立てると、その巨体を屈め、店の外へと出ていった。
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