第10話 真・初対面


 雑踏。『ガヤガヤ』 駅のホーム。その中心点には、誰もが時間を確認できるよう高く設置された時計があった。まず、透明なキューブが浮いている。そしてそのキューブの中に、時刻を表す蛍緑の数字が浮いている。数字は不思議なことに、キューブのどの面から見ても正面に見える。

 「おぉ、あれが有名な…」 人はココを頼りに電車を待つ。が、これほどハイテクなオブジェクトなのに、肝心の時刻が一分ヨレていることを知らないと、皆さんそれなりに痛い目みるかも知れない。「うぎゃ!」


「そんでボス。俺はこの下で休憩してたんですけど、ふとカバン持ち上げたら『ん? 何か重さ違くね?』 ってなって。確認したら案の定ってカンジです」

「『案の定ってカンジです』 じゃねぇ! 誰かがブツかってきたとか、変なコトは無かったのかよ。んん?」

「くくく、ボ~っとしてたんで何とも。ここのソファー気持ちいんですよ。人が多すぎて、滅多に座れるモンじゃないですけど」


 「事務所のソファーより良いですよ」「シバくぞ…」 ボスは吸っていたタバコを灰皿に押し付けると、不機嫌に歯をギリギリした。


「誰かに聞くしかねぇ。オゥロンの奴は昨日、人材募集の紙をこの駅で貰った。つまり誰かが配ってたってことだ。ソイツの顔さえ分かれば、ヒントくらいにはなるだろうさ」

「くく、一応言っときますけど、俺のいた時間帯には配ってる奴なんていませんでしたぜ」

「お前そりゃ何時だ」

「覚えてねぇです。くくくくく」


 『グッ』「いてぇ!」 ボスは立てたツメで、ターザンの皮膚を思い切りつねった! 「あんなデカい時計があるのにか!」「あるのにです。ボス」 ターザンはニタリと笑う。ボスは呆れかえって、話を仕切り直した。


「オゥロン自身は酔ってて覚えてないらしい。つまり、昨日オゥロンと同じ時間帯に、シラフで駅にいたヤツを探さなきゃなんねぇ」

「そんなの沢山いますよ。ホラ」


 ターザンは大手を広げた。後ろには、地平線まで続く人の頭がある。「お好きなのをどうぞ」『グッ』「いてぇ!」


「まずは駅員。どうせビラ配りなんて無許可だろ。だったら目ェつけられてた可能性もある。それかこの駅に店だしてるヤツ。特にヒマしてるタイプの店なら、ビラ配ってるヤツの顔くらい見てるかもしれねぇ」

「くく、流石に頭が回りますね。ボス」

「黙れ。お前は駅員に話聞いてこい。私は店を当たってみる」


 「えぇ、俺が店の方マワりたいです」「サボるだろうが! とっとと行け!」 2人は円満に別れると、それぞれの行先に分岐していった。


・・・・・・・・・


 右見て左見てシャッターの通り。天井についた電灯さえチカチカと虫の息で、通路が丸ごと死んでいるかに思える。『テナント募集』 の紙は通行人をナナメに見て、ゾンビの肌みたいに剥げたタイル床、まして枯れて倒れた観葉植物が、潰れたデパートのジオラマじみて止まっていた。


「この先に店があるなんざ。誰も思わねぇだろうな」


 ボスはコツコツと靴音を鳴らし、かわいい四肢で通路を闊歩した。『昔は栄えてたみたいなツラしてるが、この通りに店が出てたことなんざ、一回もねぇ』 シャッターを眺めながら思う。『人が作ったクセに、禁足地の空気だな。まるで』 ボスのおさげがホウキのように、空気中のホコリを掃いていた。


「…」

「…あの人、すごいトんどったなぁ。そんなに食品サンプルが好きやったんやろか」

「お前が蹴っ飛ばしたからだろ。不意打ち気味に」

『!』


 『珍しいな』 対面から、人の声がした。足音からして2人組だ。『ココで人とすれ違うなんざ…初めてだ。そもそもあんま来ねぇケド』 ボスはいきなり現れて「うわっ!」 ってビックリされるのも不本意なので、ワザと『コツコツ!』 と靴音を大きめにした。

 すると、暗がりの向こうから呼応するように、『トントン!』 と返ってくる。


『了解ってコトか? 律儀だな』


 これにてボスは気兼ねなく歩き続け、曲がり角に差し掛かった。


「うおーーーッッ!!」


 大きな男が! ボスに躓いた!

 「危ねッ…」 男はコケそうになったものの、何とか壁に手をついて耐えた。「マジか、こんなチビ助だったとは」「おい、ぶつかっといて失礼だな」 ボスは人相悪く言った。


「いや、スマン。人がいるのは分かってたんだが」

「『こんなチビ助だったとは』 だろ? いいよ、聞いたよ」

「ごめんねぇ。ジーちゃん目が悪いんよ」


 女の方…が、ヒザを曲げてボスの目線に合わせた。


「迷子? ダメやん、こんなところに来ちゃ」

「違うわい。この先に用があんのさ」


 ボスは腕を組んだ。「喫茶店。アンタらもいたんだろ?」 女は目を丸くして、男の方を見上げた。「ビックリやわぁ。まさか喫茶店のコト知っとるなんて」「見た目より大人なんだろ。気づかねぇか? タバコの匂いがすんぜ、ソイツ」 女は鼻をスンスンさせた。「ホントウや!」


「進んどるんやねぇ。マセてるって言った方がええ?」

「進んでるでいいよ…そうゆうアンタらは、何だい。交通整理の人? 腕章なんかツけてるけど」


 暗がりで、腕章の文字は見えない。


「うへへっ! 違う違う、ウチらは…」

「おい、長くなりそうなら止めとけ。予定も控えてんだからよ」


 「むぅ、ツレナイなぁ」 女は立ち上がった。「エーやん、少しくらい」「ダメったらダメ。行くぞ」 男はほとんど無理やりに、「じゃ、あばよ」 女を引っ張っていった。「じゃあね~!」


「…騒がしい連中だったな」


 ボスは躓かれた部分をパッパと手で払うと、再び喫茶店の方へと歩きだした。


「…」

「…もー、何なんジーちゃん。あんなカワイイ子、滅多に会えへんのやから。もう少しゆっくりしてけば良かったやん!」

「心配はいらねぇよ。常夜」


 ジクウはその口端を、ちょっとばかし上に曲げた。


「俺が躓いたのに、ビクともしやがらねぇ。そんな奴、これから俺たちが進んでいくウチに、またどっかで会うだろうさ」

「へぇ、うへへ。ええなぁ。意外と退屈しなさそうやん」


 「なんだそのセリフ」「一回言ってみたかったんや」 常夜はジャンパーに手を突っ込むと、軽やかな足取りでクルクルと回った。

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