第8話 ディッシャーソープ駅


 〈デッシャーソープ駅〉…

 そ『キンキン、ザワザワ』 こ『Quurrrrr』「あれ? カードは?」 は、この街で「お下がりくださーい!」 も、有数の『ポーン、ポーン』「ママー!」「遅れだって、50分」 人口密集「みゅう」地。ひっきりなしに電車がやって来て、『シュゥゥゥーッキンキン』『ペンポンペンポン』 大勢の人間を吐き出しては去っていく。「財布も無い! ウソ!」 人間がぎゅうぎゅうに敷き詰められて、さざ波のように動いている場所。「なんか頭イタい…」


「あいかわらず論外みてぇな人の多さだな」「え?なんですって?」『2番線に、ローイレイス方面行き快速急行が…』 ボスが言った。「お下がりくださーい!」 しかし、ターザンには『シュゥゥゥーッキンキン』 聞こえなかったようで、「あん、おメェ。ガキ統領じゃねっか」 耳に手を当てて聞き返した。「ん、確かチルトットの」


「あに、ッてんだよ。んなトコで。旅行か? 羽振りがイイねぇ」


 男はガムか何かを噛みながら、舌を『ペコンッ』 鳴らして、グルンと首を回した。「えッ、えェ? どうなんだぃ」 ハンチング帽をかぶって、両腕に備えられた二門の砲塔のタトゥーを、半袖とチョッキ服のコーデで見せびらかしている。


「何です? この悪趣味なヤロウは」


 ターザンが言った。「アァ? ッッメェ、なんツったぁ? コラ」「あぁ? ホントのコト言って何がワリィんだテメェ」「誰か! 切符代かしてくださーい!」 2人は互角にガンつけ合う。「誰だよ、テメェ」「ンあ? オレ知らない?」 男は前歯を舐めた。


「オレァ、ウェア・ジョウ。皆は「ママー!」 クチ開けたまま『ジョー』 ッて言うけ「もう昼?」 ど、テメェはダメだ。『ジョウ』 ッて「お待たせ、私は今来たところ!」 な。ちゃんとクチすぼめやがれ」


 ウェアの自己紹介。聞き終わった後、ターザンは「フッ」 鼻で笑った。何か思いついたらしい。


「俺も『ジョウ』 だ」『ガシャァン!』


 「な…」 ウェアは戦慄した。『嘘ツキめ』 ボスは気づいたが、止めるのも面倒なのでほっといた。「俺も皆には『ジョー』 って呼ばれて『ペンポンペンポン』 るんだが。お前、自分のジョウはジョウっていうのに『Quurrrrr』 他人のジョウはジョーって呼ぶワケじゃネェよなァ!?」「う…」


「なぁ、ところで羽振りの話に戻っていいか」


 ボスは会話かどうかも怪しい2人のやり取りを遮って、低いトコロからその丸い目を薄く楕円にした。「チッ」 ジョウは舌を打つと、顔を機嫌悪く背けた。「くくく」 偽物のジョウが笑った。

 「羽振りなら悪ぃよ。それもかなりな」 ボスは雑踏を支える足たちを、100cmの位置から遠く見た。「ンだ。旅行じゃネのか」「あぁ、ただの逢引きさ」「肉?」「…」


「パパラッチ・パンチパレード社って、知らねぇか」


 その時――『ギッッッ…』


 異音。軋む音…ボスの、まだ座っているかも分からない細首に、有刺鉄線が巻き付いた! 「…」 さらに、雑踏の中からは、いくばくかの殺気が飛んでくる。

 「何人かいんのかい?」 ボスは有刺鉄線のトゲをツツいた。


「なぁ、ノ前にこっちの質問…その得体の知れない会社の名前がサ。ンでテメェの口から、オレらの前に出てくんだァ? ア?」


 ウェアは有刺鉄線を絞めた。その鉄線、たぐれば驚くべきことに、短い刀に巻き付いている。「刀に有刺鉄線? マグロにマヨネーズかけるみたいなモンじゃねぇか」「あにッってんダ、テメェ」 ターザンの言葉に、ウェアは眉間へとシワを寄せた。「台無しッてことだよ」「アァ? ウメェだろうが、寿司にマヨ「なぁ、いいかい」 ボスが遮った。


「簡単だよ。ウチらも金をパクられたんだ。この駅で、昨日な」

「テメぇらも…? 騙ッてんジャネェだろうな。エェ?」

「私は意味ないことはしねぇ主義なんだよ。お前と違ってな」

「ア?」


 ボスは、首の有刺鉄線をねじ切った。まるでニュウ麺でも千切るみたいにね。「ゲ!」「くくく、お前と違ってな」 合いの手を入れたターザンに、ボスは千切った鉄線を投げつけた。「いたっ!」


「思うに、アンタらも金を盗られた。違うかい? 同じ境遇なら、手だって取り合えるだろ。まぁソッチこそ旅行ってセンも、無かないがね。

「…ど、どしマス?」

「ん~。どしマスったってねぇ。うぅん。いったん持って帰ってさ。皆で相談し合おうよ。そしたらきっと良いコト思いつくからさ」


 雑踏の中から声が聞こえた。『お、深くて艶やかな声』 ターザンは急いで振り向いたが、姿は見えなかった。ただし、声だけで続く。


「その子も言ってたけどさ。その子が嘘つく理由なんてないし。場合によるけど仲間にだってなれるかも」

「何だ。聞きなれない声だな。新人?」 ボスがウェアに聞く。

「いンや。随分とセンパイだよ。最近までズット遠くで働いてて、昨日戻って来たんだ」

「そう。なのにタイミングよくこんなこと起きちゃって。この事件の責任者なの、私。…名前? 名乗らないよ」


 「仲間になれるカモって相手に?」『リーン! リーン!』『1番線に、ラーペンシル行き区間準急が…』「名乗らない。私ね。自分の名前を呼ぶと狂いそうになっちゃうの。自分が2人になる気がして」「…そーかい」 ボスはタバコを一本、口に咥えた。


「チルトットグループの連絡先は持ってる?」

「持ってるよ」

「何か分かったら連絡して。私たちも、何か分かったら連絡する」

「OK. 愛してるよ。名無しのゴンベェさん」

「私もよ。小さなロボットさん」


 「…」「有刺鉄線でキズ一つついてない。そんな子供はいないのよ」 確かに、ボスの首は綺麗なままだった。「はぁ」 タバコのスモークが、その首を隠す。

 「見る目のある奴が街に増えて、嬉しいよ」 ボスは一言だけ置くと、ターザンを引き連れて駅を歩き出していった。

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