第7話 きっと、風のひと。あるいは時間


「んがー、んがー」

「…」


 私が時計を見上げたとき、時刻は7時半を指していました。朝のです。「んぎゃ、ふぃぎヒッ」 イスに座っていて、ソファでは仕事仲間のオゥロンさんが、豪快な姿で辺りを破壊しながら寝ていました。『寒くないかな』 そう思うたびに毛布をかけなおすのですが、大体10秒を切るくらいのタイムで、毛布は紙キレのように飛ばされていきます。


『ボスもターザンさんも、きっとうまくいくよね。なんてったってあの2人だもん』


 私は念じながら、自分のデスクの上に置いてあるヤシの木のフィギュアにお祈りしました。その時です。『コンコン』 事務所のドアを、誰かがノックする音が聞こえました。ここに来る人は大抵『ドンドン』 とか『ズパァンッッ!』 とかドアを叩くので、聞きなれない丁寧な音にビックリしました。


 しかし、今日は来客の予定はありません。


『宅配の人かな』


 そういえば、ボスが通販で何か買っていたような気がします。なので私は特に警戒もせず、すんなりドアを開けてしまいました。


「」

「!」


 私はつい、一歩下がってしまいました。「」「エ、あ」 私にはどもりがあるので、小さい頃からよく『聞こえないよ』 なんて言われてきました。しかし、その女性は…声が声だなんて分からないほど、ひどく潰れた声をしていました。

 「ど、どうぞ」 咄嗟に、女性を中に招き入れました。なぜでしょう。なんとなく、そうしたいと思ったんです。


 「にぐゅ」 私はオゥロンさんを地ベタにどかすと、ソファに女性を案内しました。


「ア、お、お茶…」

「」

「え?」


 聞き返した後、私は後悔しました。聞き返されることほど、仕方なくて辛いことはないんです。「ご、ごめんなさい」 聞くと、女性は首を振りました。そう、その首を振ったのです。

 首には、まるで喉ぼとけの代わりかのように、銃の弾が埋まっていました。「…」 一度目が留まってしまうと、どうしようもありません。頭が真っ白になって、そのくせに目は、まるで奇異なモノを見るような目になってしまいました。


「」


 女性はその首を、優しく撫でました。そこでようやく、私は意識を取り戻したんです。私はすぐに謝りました。が、女性は優しく笑い、自分のバックに手を掛けました。


「?」


 女性は、机の上に封筒を置きました。ふくらみからして中身がお金なのは明白でした。


「…」


 静黙とした時間が流れました。厳密にはオゥロンさんがずっと吠えていたのですが、それでも、2人だけでどこかに攫われたように、静かでした。本来なら封筒の意図について、私が尋ねなければいけません。しかし、私はこの時間を、手放したくなかったんです。


 けっこう、長かったと思います。


 意外な形で、音は戻ってきました。『ドンドン』「ンぎゃ! グググゥ…」 事務所のドアがノックされたんです。「宅配便でーす」 どうやら、今度こそ本当に宅配の人みたいです。


「あ、ス、すいません」


 私は宅配を受け取るため、一旦その場を離れました。「あぁドウモ! まいどまいど~!」「お、お、ツかれ様です」 ハンコを押して、荷物を受け取ります。「またよろしゅう!」 配達員さんは帽子のツバを持って礼をすると、そのまま元気に立ち去っていきました。


 「ス、ス、すいません」 私は荷物を持って、女性の方を振り返りました。


『あれ』


 女性は、いなくなっていました。「ぐぅスピぃ」「…」 不思議には思いませんでした。そうゆう人なんだろうなって、なんとなく分かっていたからです。

 私はオゥロンさんに毛布を掛けると、女性がいたソファに座りました。机には封筒がありました。確認してみると、やっぱり中身はお金です。それもかなりの額でした。


「…」


 私は着ていたアロハシャツの裾を、クルクルとねじったりしました。いっとき、そうしていました。

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