第5話 牛丼屋


 『カンカンカン』 ドコから知れず、金属を叩く音がする。「くくく、メシでも食っていきません?」「テメッ! なに見とんじゃボケィ!」 どこにでもある24時間営業のチェーン店が「うえぇ」 薄汚いトタン屋根で造られた通りに「いてぇ、もう」『カンカン』 まるで取ってつけたように、あった。「行くか」『パリィン!』「割った! 割りやがった!」


『ウィーーン』「いらっしゃー『カンカンカン』セー!」


 店内には数人くらいの客がいて、丼に突っ込むようにしてメシを食っていた。「あー…っこ、テーブル」「ん」 2人は空いてるスペースに腰を下ろす。と、「ここ、食券か」「あー、そうみたいですね」 ターザンが店内を見渡した。


「ボス、先選んでいいですよ」


 ターザンにしては珍しく、丁重な態度でボスを先に行かせた。「おう、悪いね」 ボスは変に思いながらも、ターザンを追い越して食券機に出向いた。「ねぇ、お冷キレてんだけどー」「アッ、サーセン」


「…」

「くく、どうしましたボス? 早く頼んでくださいよ」


 ターザンは腕に、そのニヤケ面を押し込めた。と言うのも…「う、ぐ」 手が、届いてない! 「くくく」「ボケ…」 ボスは手の先からツマ先までをピンと一直線に伸ばし、食券機の高みを目指した。「牛丼ですか? ボス。俺が押しますよ」「いい! いらねぇ!」 ターザンは肩をすくめた。その時!


「おい、嬢ちゃん。大丈夫か」


 後ろから大きな影が、ボスに被さった。その影は食券機まで伸び、あまつさえソレナリにデカいターザンさえ飲み込んだ。「兄ちゃん、からかうしては質が良くねぇなぁ」「んあ、アンタ誰だ」「誰でもだ。良くねぇことは良くねぇ」


「どれを押してぇんだ。ん?」


 巨漢は太い指で、スススとボタンをなぞっていった。


「…牛丼」

「やっぱり牛丼じゃないですか!」

「クソボケナス…テメェは後で折檻だ」

「ははは、牛丼ウメェもんな! 俺も好きなんだよ」


 後ろにいた男は、その図体に違わない大きな声で笑った。『ピ!』『シャコン!』 ボスは落ちてきた食券を取ると、「せんきゅ」 と言って、もう一度その巨漢を見上げた。「おう、いいってことよ」『ピ!』『シャコン!』「おい! つぎ俺!」


「兄妹か? 大した年の差だな」

「違うよ。こんなのと兄妹なんて、よしてくれ」


 「ひでぇ!」「お冷ー!」「ただいまー!」『ウィーーン』「あ、いらっしゃー『カンカンカン』セー!」 新しい客が来たらしい。ボスは食券で巨漢を指すと、「一緒に食わねぇか」 と誘った。

 「おう、いいぜ」 巨漢は頷くと、ボスの席に向かった。「ちょっと! 俺まだ買ってな「おい、早くしろや!」


 席に着くと、改めて男の大きさにド肝を抜かれた。「…ボス、隣行っていいですか?」 まず、横幅で2人分の座席が必要だった。イメージとしては神社の鐘。あるいは修羅像そのものが近いかもしれない。「ダメだ、お前は別のテーブルに行け」「ははッ! まぁまぁ。許してやれよ」 巨漢はその剛腕でムンズとターザンの鞄をつまみ、ボスの横に渡した。


「なに食ったらそんなにデカくなるんだ? 俺が見たヒューマンの中で…てか、人間?」

「はっはっは! 一応な。漁港の生まれでよ。魚なんて骨ごとバリバリ食ってたら、こんなになっちまった」

「へぇ、海のあるトコロか。最寄りの急波港区キュウハコウクか?」

「うんにゃ、島だよ。自然が豊かなアイランド☆」

「そんなアイランド☆から、どうしてこの薄汚れた街に?」

「おいおい、田舎人が都会に夢見るのなんて、説明せずともイマソカリだろ」

「牛丼おまちー」


 テーブルに3つ、牛丼が運ばれてきた。サイズは『大きい』が2つと『メチャデカ』が1つで、『大きい』が月くらいのサイズだとしたら、『メチャデカ』はそれを映す盃くらいのサイズだった。


「…ボス、『メチャデカ』 食えるんですか?」

「あぁ、食えるよ」

「ホントかよ。スゲェな」


 ボスはまだ丸い手で冷水を持つと、それを牛丼の中に流した。


「…」

「こうやってフヤかせば、な。かき込みやすいんだよ。それに結構イケるんだ。お前らも…」

「いただきまーす」


 ターザンと巨漢は2人して丼に顔を突っ込むと、そのままボスと目が合わないよう、掃除機じみて牛丼をすすった。

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