第3話 ボス、出向く
『ガチャ…ツー、ツー』 電話が切れた。
「…いやはや、寄る辺も無いとはまさにこのコトですな。くくく」
「テメェ、へらついてんじゃネェぞ? なぁ」
事務室にはボスとターザン、それからシオン…事務員の女性がいた。「誰一人知らねぇとは…どうやら組織の情報網はスデに」「妄想膨らましてるヒマあったらなぁ、トットと電話かけろタコ!」 ボスはその短くてかわいい足でターザンを蹴ると、ソファーに座っているシオンのモモに寝転んだ。
「シオン、アイツぁどうした」
「え、ット。て、手当てして…か、帰しました…」
『アイツ』 ってのは、あの肩をブチ折られた男のことだ。『プルルルル、がちゃ』「あー、オレオレ、ターザンだけど…」 男は取りあえず放免という形で、腕に大きなギプスを携えて帰っていった。「そうか…シオンは優しいね」「あ…ウ、あ」「何も言わなくていいんだよ。貰っといてくれ」
「あーそーそー。パパラッチ・パンチパレードっていう…」
「ところでシオン。今日のアロハシャツは可愛いね。どこで買った?」
「ア…し、商店がいの…ところ」
「いやさ、何でもいいワケよ。ちょっとでも…」
「へぇ、こんな可愛いの扱ってる店があったのか」
「ん…あぁ! アイツぁ元気してるよ。マジマジ…へぇ! 飲み? 行く行く! どこの店よ。俺イイ店知ってッから」
「テメェ! ちゃんとやってんのか!」
その時だった。『ドンドン』 事務所のドアを、誰かがノックした。「…来客の予定は」「な、いです」 ボスは起きあがりコボシみたく頭をヒョイっと持ち上げると、社長室の方に歩いて行った。「クラブ持ってくる」 小声で、そうとも言った。
「クラブって、コレじゃダメなんかね」
ターザンは自らの首にぶら下がった、ひしゃげて首輪のようになっているクラブを指さした。「「クラブ? 最近行ってねー」」「あぁー違う違う。つか飲みのハナシ…」 ターザンは電話に戻った。
「はーい、今行きまーす」
そのうち、ボスが社長室から戻ってきた。その手にはしっかりとゴルフクラブが握られ、いざとなれば玄関先のゴミをカッ飛ばす気迫もあった。『ドンドン』 ドアのノックは続いている。
『ガチャ』
ボスが、ドアの鍵を開けた…その時!
「おッッはようございまーーーーす!」
まるで快活な女が! 誕生日パーティーの主役でもあるかのようなツラして、事務所に入り込んできた! 「お前か…」「え、ドイヒーですわソンナ反応! つれぇッスわ!」 女はプリンみたく頭頂だけ黒まった金髪をかき、「だはは!」 と品とは対照的な笑い方でボスの頭を撫でた。「触んな!」
「悲しいっスねぇ。なにもゴルフクラブまで持ち出す必要ないのにぃ…」
「あぁ、ドついてやろうと思ってな…遅刻だよ。ピッタリ12時間。何回目だコレで。なぁ」
「え、初めてっしょ…怖い」
ボスが無言で掲げたクラブを、シオンが頑張って押さえた。「だはは! ははははは!」「だ、ダメ…ダメ」「軽く、軽くでいい。叩かせてくれ」
「ま、そんな怒りピッピなボスに朗報でーす!」
プリン頭が元気に言った。
「朗報? 当てようか。明日から遅刻せずに来ます。だろ」
「やーん、ツマんねー!」
「だ、ダ、ダメ…」
「シオン、シオン。許してくれ」
「朗報ってのはコレでーーす!」
『バッ!』 プリン女はカブトムシを見せびらかす小学生のように、懐から取り出した紙をボスに見せた。『また紙か…』 今日を通してロクな思い出が無かったので、ボスはうんざりしながら紙を見やった。
「………!」
「ね? スゴいっしょ?」
「お前…こりゃ」
その紙。パパラッチ・パンチパレード社の、人材募集の紙!
「うへへ! ウチの事務所もそーとー厳しいってんで、ワタシたち全員で出稼ぎでもドウかなって」
「これ、どこにあった」
「駅ですよ! なんちゃらソープ」
「…どうやら、全部そこにあるみたいだな」
ボスはクラブを下ろすと、ポケットからタバコを取り出して、口に咥えた。「火…」「ありがと」 まるでエキサイトな入場シーンみたく、ゆっくりと大勢のケムリを吐く。
「明日、行ってみるか」
「え、ボスが出向くんスかぁ? マジ?」
「あぁ、ここのバカも連れてく」
「うひっ!」
ボスが近くのデスクを蹴トばすと、中からターザンが出てきた。「「おーい」」「あ、ごめん。後でかけなおすワ…」「マジか。いたのか」 ボスはもう一度、タバコに唇を当てる。
「心配だが、事務所はシオンとオゥロンに任せる…いいな?」
「へへ、そりゃボス。私が明日は遅刻しないってコトへの…信頼? してくれてるってコトで?」
「あぁ、してるさ。何せお前は今日、事務所に泊まっていくんだからな」
「げ」
「くくく、ザマァ!」
『パァン!』 空気の壁をブチ破るほどの高速キックが、ターザンのケツに突き刺さった! 「ふぎゃ!」「だはは! ザマァ!」「…」 ボスは窓際に行くと、そのまま地平線の、夕焼けに燃えている空を眺めた。
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