第四話 秘密の特訓 後編

 その後も彼は何度も刃を放とうとしたが、結果は散々だった。

 結局ククルの助言のもと、彼は汗だくになるまで練習を続けたが、思いもしなかった部分から刃が放たれてしまう。


「まずは目の奥に力を集中させてみるんじゃ、それから目の先に意識を向けてみよ」

「やってみます」


 アラタは眉間に力を込め、深く息を吸い込んだ。

 「はああっ!」と力強く声を張り上げ、目をカッと見開く。


 すると、彼の体の前半分から光の刃がまっすぐ飛び出し、土管の上に置かれた陶器を一つ粉々に砕く。

 刃は三つ放たれ、並んだ三つの陶器のうち、見事に一つが崩れ落ちた。


「っしゃぁ!」


 アラタはすかさず成功を喜び、その様子を見ていたククルも誇らしげに胸を張る。 

 コツを摑んだのか、意識した箇所から刃を出せるようになり、それと同時に、刃の命中率も急激に向上した。カコン、カコンと陶器が次々と砕け、アラタの荒い息遣いだけが裏庭に響き渡る。


 ククルはと言うと、隣を漂って彼の練習を見守っていた。

 時折彼にアドバイスを送る程度で、基本的に見守っているだけだ。


「やってみると意外にできるもんなんですね」

「自信がついてきたようじゃの、じゃがお主がこなす練習では実践になったときに当てられるかまでは保証できん。実戦では敵の動きに合わせて技を使わねばならん」


 ククルの口元に不敵な笑みが浮かぶ。

 まるで何かを企んでいるかのような笑み。


「見ておれ」


 ククルは、竈の横に置かれた大きな陶器を手に取り、今度は土管の上ではなく、自身の足元にそれを置いた。目を細めて陶器に視線を向け、彼女は静かに力を込めた。すると、陶器は震え始め、その周囲に小さな渦が巻き起こる。

 そして、その光の塊が渦巻きながら土管の上の陶器に吸い込まれるようにして、巨大なエネルギーが集まっていった。


 光の塊は陶器に肉付いていくように集まり、みるみるうちに巨大化していく。影だけでもアラタとククルをすっぽりと収めてしまうほど――それだけの巨体。

 アラタが驚きに口がふさがらないのを余所に、ククルはほくそ笑む。


『――いつまでも野ざらしで放ったらかしにしおって。お陰で身体に水垢の跡がこびりついた! どう礼してやろうか!!!』


 現れたのは巨大な大蛇。胴回りは大木の幹ほどもあり、アラタとククルを簡単に丸呑みにできそうなくらい長い。

 大蛇は燃え上がるような瞳でアラタとククルを睨みつけ、怒りの咆哮が轟いた。地面が揺れ、大気が震え、空気が一瞬で緊張に包まれる。


「どうじゃアラタ、あれに攻撃を当てることが出来るかの? できたら褒美として願いをなんでも聞いてやろう」

「あ、ああ……」

 

 アラタは大蛇の放つ圧倒的な殺気に呑まれ、顔は蒼白になっていた。震える手で大蛇に狙いを定め、全力で光の刃を放つ。しかし――


 大蛇は身体を軽々と捻り、まるで嘲笑うかのようにその攻撃をいともたやすくかわした。


『――なんだ、その貧弱な刃は。我に当てられると思ったか? 愚か者め、我を傷つけようとしたこと、後悔させてやろう!!』


 大蛇の咆哮が再び響き渡り、空気が震えるほどの怒りが二人に襲いかかった。目の前に立つ大蛇はまさに天災そのもののように見えた。


「やはり難しいじゃろう、練習と実践は別物じゃからの」


 しかしククルには余裕があった。

 彼女は口角を上げて大蛇を見つめ返す。


「少々アラタの特訓に付き合せたかったじゃがの、こちら側とて貴様に対して少々無礼な態度を取って申し訳なかった」

『ほう、意外と話が分かるではないか。だが今となっては我の怒りは何にも――』

「とりゃあぁぁ!!!!」


 その言葉を遮るように、ククルは一瞬の隙をついて、大蛇の胸元に向かって鋭い刃を放った。鋭い閃光が走り、大蛇の巨体を貫通し、背後の土管までも砕いた。

 大蛇の瞳が白く染まって巨体は崩れるように傾き、口から煙を吐いて力なく倒れた。巨体は次第に霧散し、やがて残ったのはただの割れた陶器だけだった。



「もう少し腕を磨いてから、また戦うべきじゃの。じゃが、初めてにしては上出来じゃ」

「え、ええー……」


 アラタはまだ呆然としていた。

 自分の放った刃が何一つ効果を発揮しなかったことに加え、ククルがあっさりと巨大な大蛇を倒してしまったことに。


 開いた口が塞がらないアラタを他所に、ククルは上機嫌に陶器を拾い上げ、竈の隣の籠へと戻した。アラタも我に返り、散らばった破片を集め始める。


「今のは油断させるためなのか、浄明正直というのはどこに……」


 どこか腑に落ちない部分があったのだのか、彼は疑問をぶつける。


「ない。実戦に付き合ってくれたことに感謝しただけじゃ。それに、あの蛇は吾が力を注いで生み出したもの、あの程度ならば仕留めることは容易い」


 彼女はさも当然のように答える。

 アラタは感心するよりも驚きが上回り、終始反応に困る。


「さてひとまず休憩でもしようかの。狢仙が昼飯を用意してくれておる。ほら行くぞ」

「あ!!」


 ククルは背を向けて宙に浮かび、軽やかに社務所へ向かっていく。

 アラタも慌てて後を追う。彼女の後ろ姿はまるで風のように軽やかで、どこか頼りがいのあるように見えた。


 ◇◇◇



「ただいま帰った」

「おかえりなさいませ、ククル様、アラタ様。お昼ご飯の支度はできていますよ」


 玄関先で二人を笑顔で出迎える狢仙の頭には、大きなたんこぶができていた。

 ククルは対して全く気にする素振りは見せなかったが、アラタはあまりの痛々しさについつい顔を背けた。ククルはふわりと浮いており、靴を脱ぐ必要がないため、アラタより先に行ってしまった。


「今日のお昼ご飯は腕を振るってみました。里で採れた山菜をふんだんに使った炊き込みご飯です!」

「おー、それは楽しみじゃのう! ご苦労さまじゃ。楽しみじゃのう、アラタ」

「はい!」


 慌てて靴を脱ぎ捨てようやく追いついた。

ククルがトイレに行く間に、こっそり玄関に戻って靴を揃え直し、手を洗って茶の間へ向かった。


「しめしめ、とても美味そうじゃ」


 アラタが茶の間に足を踏み入れると、テーブルの上に色とりどりの料理が並んでいた。狢仙の手際の良さが光るその料理は、見た目にも美しく、食欲をそそる。


「よそいますので席で待っていてくださいね」


 狢仙は明るく言いながら、鍋から炊き込みご飯を盛り付ける。

 ご飯には山菜がたっぷりと混ぜ込まれており、その鮮やかな緑色が目にも美しい。


「それではいただくかとするかのう。いただきます」

「それじゃ俺もいただきます」

「どうぞ召し上がれ!」


 アラタはまず炊き込みご飯を一口口に運んだ。

 山菜の香ばしい匂いがふわりと広がり、口の中でほんのりと甘みが広がる。ククルも嬉しそうに一口食べ、満足そうに頷いた。


「うん、とても美味しい!」

「ありがとうございます。自分でも結構良い出来だと思ってて……」


 狢仙は照れ笑いを浮かべた。


「修行の調子はどんな感じですか?」

「あ、はい。ククルさんの助言のおかげで、やっと少しコツを掴めた感じで。だけど、まだまだ実戦では使えそうにない……」

「じゃがの、そう気を落とすでない。アラタ、お主には才能がある。というか、崖っぷちの努力をしてもらわないと困るんじゃがのう」


 ククルは真剣な眼差しでアラタを見つめ、その言葉が彼の背中を押すようだった。 

 アラタは力強く頷いた。

 

 それから二人は食事に夢中だったが、ふとアラタから話題が上がる。


「そういえば、ククルさんは心臓の神なんですよね? 他に巨人の身体にはどんな神様が祀られていたんですか?」

「ああ、その話か」


 ククルは少し考えたあと、宙に手をかざす。

 すると、光の渦が現れ、その中から一枚の紙が舞い降りてきた。ククルはそれを風に乗せるように投げ、アラタに差し出した。


「これは?」


アラタが受け取った紙には、いくつもの神名が筆文字で記されていた。「玖々琉大神ククルのおおかみ」「大忽加神おおぬかのかみ」「香芽神かぐめのかみ」「花津見神はなつみのかみ」など、さまざまな神々の名前が並んでいる。それを見つめるアラタに、何か思い当たることがあったのだろう。


「これは巨人の身体の各部位に宿る神々の名前じゃ。いずれお主に説明しようと思ってまとめておいた」

「この名前、どっかで見たことがあるような……」

「見たことあるんですか?」


 アラタは神々の名前に気づいた瞬間、何か大きな発見をしたような表情を浮かべ、しばらくその名前を呟くように眺めていた。


「確か、小学生の頃に地元の神社について調べて。どこのサイトだったか、たしかそこに祀られている神様についても載っていたはず」


 そう言うと、アラタはポケットからスマホを取り出し、調べ出す。

 ククルと狢仙は興味津々で、アラタの両側に並んでその様子を覗き込んでいた。


「ほう、神の名前をスマホで調べられるとは、便利な時代じゃ…。本当にあの黒電話が進化したものなのかのう」

「こんなに小さいのにすごいんですね……」

「あった! これだ!」


 アラタが発見したのは地元の博物館が地域についてまとめ上げたサイトだ。

 そこには地元の歴史であったり、地元の観光スポット等について多くのことが掲載されていた。スマホをスクロールして地元で祀られている神様について確認する。


「お、吾の名前じゃ。ちょいと見せておくれ、直々に確認してやろう」


 ククルはアラタに押しつけるように顔を密着させてスマホの画面を覗き込む。

 彼女の目線がどこにあるか確認しながら彼は画面を下に下に、とスクロールしていく。そして読み終えると、ほうと感嘆の声を漏らした。


「おおよそは合っておる。人間の分析力は目を見張るものがあるのう。自分達が存在していない悠久の古の事象まで解明しようとは」

「すごいです、ククル様に聞いたのとそっくり似た内容……」


 アラタはスマホをのぞき込む二人に挟まれて、少し窮屈そうにする。

 だが、彼女達にとってはその様子は眼中にないらしい。ククルに至ってはアラタに密着したままだ。


「いつかここに記された神々とはいずれ、巡り合うことになるじゃろうな。どんな形での巡り合いかも分からぬ、場合によっては争うことになるかもしれぬがの」


 ククルは静かな威厳を込めた声で言う。

 予期せぬ形での「巡り合い」という言葉に胸にざわめきを呼び起こしたのか、アラタは思わず眉をひそめた。 


「だからこそ今は修行を積むのじゃ。休憩を挟んでからまた再開するぞ、アラタ」

「はい!」


 アラタはやる気のこもった返事をする。

 少し緊張しながらも、彼の心は決して怯んでいないようだ。


「頑張ってくださいね、私にできることは何でも言い付けてください!」


 その背中を狢仙が後押しする。

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