第1章 帰らぬ旅

第1話 告白

『ガタンゴトン』


電車が走る音。


『ん…。ここは、何処?私何してたんだっけ…。目を開けたい。でも、すっごく眩しい。』


『あの。あのー!すいません!』


『誰かに呼ばれてる?ごめんなさい。まだちょっと、力が入らなくて。』


『何処、なんだろう。電車なんて、滅多に乗らないのに。』


―――

――

―放課後、校舎裏

ひかり…さん!」

「は、はい。」

目を丸くする『風祭かざまつりひかり』。対して、


「好きです。俺と、付き合ってください!」

大勝負に出る男子は、『寿ことぶき耕助こうすけ』。2人とも高校2年生、同じクラスだ。


「え、えぇ!?あの…えっと。なんで、私なの?」

「理由か…。なんていうかなぁ。笑ってるとことか、真面目なとことか…。光の全部、好きになっちゃったんだ。」

『好きになるのに理由はいらない』というのが正直なところであるが、やはりそれ相応の理由は必要だ。頭をガサガサと掻き上げながら、目をキョロキョロとする耕助。

必死に思いつく限りの理由を告げる。


「えぇ~…と。」

「好きだ。好きです!好きなんだ。」

猛アタック!とにかく押しまくる。

耕助はサッカー部キャプテンも務める。ポジションはフォワード、押して押して押して点数を取ってきた。


「………ごめんなさい!」

「え、あ。」

「耕助君とは、友達のままがいいです。」

深々と頭を下げる光。

容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀。申し分ないスペックを誇る彼でも、鉄壁のゴールネットを揺らすことはできなかった。


「…そうだよな。わかった。こっちこそ、ごめんね。」

「ううん。」

何かを悟ったような耕助。フラれたはずだが、清々しい表情を浮かべる。これも百戦錬磨のメンタルが成せる技なのだろうか。


「はじめて、告白された。はは、ははは。」

「はじめて…?あぁ、いや、すまん、泣かせるつもりは!」

ポロポロと涙を流す光。

別に悲しいわけでも、傷ついたわけでもない。だが、とめどなく涙が溢れる。

感情がコントロールできずに慌てる光。


「え、あ、ちが。あー、あぁあ、じゃね!!」

なんで今日に限ってハンカチを忘れたんだろ。ホント、ついてない。

真っ赤な目と鼻と頬を見られまいと、慌てて走り去った。彼は悪くない。悪くないのだけど…。


「おう!じゃあ…はぁ。ほんとに、初めてなのか?」

少しだけ、モヤモヤとした感情が 耕助に残る。


『ブオォン』

―学校帰りのバス。

夕陽に照らされる2人がけの座席に並ぶ男女。1人は風祭光。もう1人は。


「ね。健人。」

「ん?」

光や耕助と同じクラスの『兼末健人』。


「…耕助に、告白された。」

「えぇ!?…で、どうしたんだよ。」

「ごめんなさいって。」

「そうか。」

光と健人は、幼馴染。学校からは離れた地域に住んでいるので、こうやって2人でバス通学をしている。

健人は、少し安堵したような表情を浮かべる。


「もう、驚きだよね。耕助、そんな素振り見せなかったし。ね。」

あっけらかんと話す光。先ほどの涙目とはうって変わっている。


「結構、分かりやすかったと思うけどな。」

健人は遠くを見ながら、薄笑いを浮かべて言う。


「あいつ、何かと光のこと見てたし。なんなら、俺に誕生日を聞いてきたこともあった。」

「そうなの?!え、誕プレ貰ってないし!」

「渡せなかったんだろ。」


―男子ってよく分かんない。

光は戸惑っていた。誕生日プレゼントは渡せないのに、告白は出来た。その差は何だろう。考えたところで答えは出ない。


「どうだった?初めての告白は。」

「おい、なんぜ初めてだと分かる!」

「違うのか?」

「うぅ...初めてでした。なんだろ。ぐぎゅーってなった。それで、ちょっと嬉しかったりもした。」

暖かい感情になったというのは紛れもない事実。でも、光は断った。断る理由があった。


「嬉しかったんかい。」

「嬉しいでしょ。健人だって、されたことくらい。」

「ねぇよ。」

「そかーそーだよねー。」

できる限りの棒読みで応戦する。

こうしていると、仲睦まじい幼馴染。健人は、この時間が愛おしかった。


「うっせ!てか、断って良かったのか?」

「んー。んん。んー?んんー。」

「なんだよその微妙な反応は。」

少し意地悪な質問をしてみる。

顎に手を当て、口をぷくっと膨らませる光。

そんな姿を横目で確認しながら、つぶさに感情を読み取ろうとする健人。


「…付き合ってるイメージが、できなかったんだよね。」

そう言って、顔を上げる。


「イメージ?」

「なんかさ、並んで歩いてるとか、放課後にコンビニで買い食いしてるとか…カラオケ行ったりとか。」

「おぉ。」

光と健人は、学校から少し離れた地域に住んでいる。都会とは異なり当然バスの本数も少ない。となると、学校帰りや休日に『出来ること』はかなり限定される。

そして何よりも、隣に『健人以外の男子』が並ぶことへの違和感があった。

健人だって恋人なんかじゃ、ないのに。


「全部、健人とやっちゃってるからさ。」

「ほあ!?」

光は多分、素直な意見として発した。だが、そこは多感な時期の男子である。

裏に意味を感じ取ってしまいそうになる。


「え、あぁ、変な意味じゃないから!変な!」

その反応を見て、慌ててフォローする。


「よくもまぁ、恥ずかしげもなくそんなこと言えんなお前…。」

「でも、ほんとそんな感じで。うん。でさ、なんかちょっと、そんなこと考えちゃったら泣けてきてさ。」

告白された時に流した涙。過ったのは健人だった。


「健人、悲しむかな~って思ったら。」

「はぁ?なんで俺なんだよ。」

「わかんない~ハハハ。わかんないけどさ。私達ずっと一緒だからさ?」

「確かにな。家も近い、学校もクラスも同じ、さらには部活も同じで行き帰りも四六時中一緒。」

「そうそう!」

ずっと一緒にいたい。けれど、それを光と確認する術を健人は持たない。

もし踏み込んで、この関係が崩れたら…。そう思うだけで、心が締め付けられる。

そして、『自分がいつも一緒にいるせいで、耕助からの告白を断っていたら』。そんな、少し的外れなことすら考えてしまっていた。


「…。」

「なんだよ~。急に黙らないでよぅ。」

「光。耕助と、付き合えよ。」

「…え。」

「付き合わない理由が俺なら、もうあんま光と一緒にいないようにするからさ。」

言ってしまった。思っても、口にしなければ良かったのに。

自分の気持ちを素直に出せた耕助が羨ましかったのか、単なる意地悪か。色々な想いが交錯し、健人を苦しませる。


「違うよ。何でそんなこと言うの。私のこと、嫌いなの…?」

「そういうわけじゃねぇけど。」

みるみる涙声になるのが分かった。ずっと一緒にいる。今更突き放すなんて、出来っこない。そんなことは分かっている。

いたたまれず、後ろの席に移動する光。


「走行中は座席移動しないで下さい。」


注意される声も、彼らの耳には届かない。

こんなはずじゃ、なかったのに。

突然、離ればなれになる2人。


バスの軋む音が、やけに大きく聞こえる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る