傷心のサンライズ~後編~

星空の下を駆けてゆく一条の光。

それは銀河鉄道のようでもあり、流れ星のようでもある。


私は、見ず知らずの青年に淡々と語り出す。

「彼氏の、浮気だよ。」

「えぇ…。浮気…。」

「そ。でも私も私で悪いんだ。七年も付き合って、結婚の話すらまともにしなかった。彼も、流石に不安だったのかもね。」

彼とは事実婚みたいな関係だった。

『最近はそういう関係も増えてるから』なんていうネットの受け売りみたいな話を周りにしつつ、その実は『結婚』という現実から目を背けていたんだ。

彼のこと、本当に好きだった。好きで好きで、一生添い遂げるものだと思っていた。


「そうなんですか?僕は何とも分からないですが…。」

「彼は特に、子供も欲しがってたし。でもさ、私が引いちゃったんだ。私は逆に子供はそこまで欲しくなくて。とにかく彼といられれば結婚もしなくていいとさえ思ってた。」

「けど…違ったんですね。」

「うん。ぜんっぜん違った。」

違うと気づいたのは、最近。家に帰っても2人で過ごす時間は日に日に少なくなっていった。友達と遊ぶと言って、彼は新しい彼女とよろしくやっていた。


「お姉さんは悪く無いですよ。」

「ありがと。」

「多分…。どんな理由があっても、悪いのは、浮気をした彼氏さんです。」

今までで一番真剣な眼差しで私を見る。そんな目もできるんだ。


「ふふ、そだよね。そうだ!」

「…すいません。偉そうなこと言って…。」

「ううん。むしろ、嬉しいよ。」

「そうですか?ならよかったです。」

この時、少しだけ彼のことを好きになっていた。私は私でホレやすいのかも。もしくは、お酒の力か。


「ね。」

「はい?」

「あのさ。乗ってる間だけ、私たち付き合わない?」

「はぁ!?」

完全に悪ノリをしてみる。寂しさが紛れればもう何でも良かった。

そして、彼の可愛さをもっと引き出すためのイタズラだった。

『冗談はやめてください!!』と顔を赤らめる。


「なんてねー。ちょっとドキっとした?」

「お姉さん、酔ってるんですか。」

「ふふ、酔ってうのも、あうかなぁ?」

「せっかく、元気付けてあげようと思ったのに。」

「ごめんごめん。真剣に答えてくれるキミが可愛くて。」

「揶揄わないでください!」

半分冗談で、半分本気。ごめんね、悪い大人で。


「…でも、私も真剣に言ってたら、どうする?」

「と、とにかく、お姉さんは傷心旅行中で…ちょっと酔ってるだけです。」

「そっかぁ。そうだよね。」

わちゃわちゃとした雰囲気から一転、沈黙が訪れた。

『ガタンゴトン』とレールの音が小気味よく流れる。外に目を遣ると、深夜のコンビニで買い物をする人、明かりが灯った家、駆け抜ける大型トラック。

にわかに、涙が流れた。もう大丈夫だと思ったのに。


「…彼、好きだったなぁ。」

口を突いてそんな言葉が出てきた。もうこの感情は自分ではどうしようもない。そう思えるほど、とめどなく涙が出てくる。


「じゃあ、尚更。」

「だからさ、はやく忘れたいんだよ。」

出来ることなら無かったことにしたい。記憶からも、消し去りたい。


「好きすぎて、頭おかしくなりそうなんだよ。今でも。家に帰っても、彼はいないんだって思うと。寂しすぎて死んじゃいそうになる。」

「死んだら…だめです!」

「そんなことはわかってるよ。わかってるけどね。ほんと、辛いんだよ。」

辛い。辛いから旅行に出かけたのに。どんどん痛みが増していく。

君の目に私は、どういう風に映っているんだろう。


「フォローになるか分かりませんが…僕は、最近両親が離婚しました。だからお姉さんと同じ、傷心旅行中なんです。」

「え?」

意外な展開だった。


「…そっか。キミも苦労してるんだね。」

「僕というか、なんか、妹が可哀想で。」

「妹さん?」

「2歳下なんですけど、妹は母に引き取られて。別れる日に見た寂しそうな顔が、どうしても忘れられないんです。」

素性を全く知らないけど、寂しそうに目を伏せる顔が浮かんだ。多分、計り知れない悲しみだったと思う。今まで『当たり前』にあった日常が、壊れていく様は。


「妹さん想いなんだね。」

「いや、その逆です。」

「逆?」

「僕は…妹に何もしてあげられなかったんです。」

「何も?」

「はい。学校でいじめに遭ってる妹を一方的に遠ざけてしまって。可哀想だと思った時にはもう手遅れで…。頭ではごめんって思ってても、口に出せなくて。」

そうやって想いを巡らせて後悔できているだけでも、十分だよ。

なるほど。思春期は、頭では分かってても素直になれない時期だ。


「だから、お姉さんも誰かに言いたかったんだと思うんです!!」

「誰かに…。」

再び目に熱がこもる。


「知らない人でも誰かに言うことで、ちょっと軽くしたかったんじゃないですか?」

そうかも。いや、そうだ。その通りだ。


「だから、僕はお姉さんが少しでも前を向ければいいなって思います。でも、付き合うとかは…出来ねっす。」

「ふふ。ハハハハハ!」

予想外の反応だったのか。目を丸くする彼。

心の痞えが少しだけ取れた気がして笑いが零れてしまった。そして、『また』フラれてしまった。あーあ。


「ごめんごめん。」

「なんか変なこと…言いましたっけ?」

「いや、なんかね。また振られちゃったなーって思ったら、なんか可笑しくなってきちゃってさ。」

「また?」

「君にも、今ここでね。」

「別に…本気で言ってたわけじゃないんですから、振られたうちには入りませんよ。とにかく。自分を、大事にしてください!」

「自分を大事に…ね。ありがと。」

日付が変わった頃、駅に止まった。深夜帯でも少しだけ人がいる。

暗闇の中に灯りの落ちた電車が止まっている。日中は大勢の人を運んだであろう電車が、つかの間の休息をしている。

そう。時には休まないと、疲れちゃうからね。


「なんかさ、ちょっと思ったのは、これからの人生さ。何回も、何回も何回も楽しいことや辛いことがあって、出会ったり別れたりしながら大人になってくのかなって。」

「今日の出会いも、その中の1つですか。」

「そういうこと!」

出会いと別れ。今までの私は、面倒臭がって直視してこなかった。

だから、7年間付き合った彼との別れがこんなにも辛かった。

それに気づいた。君が、気づかせてくれた。


「もしかしたら、今見てるこの景色の中に。自分の運命の人がいるかもしれない。」

「この景色に!?一瞬過ぎて分からないですよ!」

「もしもの話。なんか、ロマンチックじゃない?」

「確かに。そんなこともあってもいいかもしれませんね。」

もしかしたら隣の君が、運命の人かもしれない。なんてね。


「はあぁ。なんか、救われたかも。ありがとね。」

「いえ、僕はなんにも。」

結局、飲んだのはハイボール1缶だった。さて、もう悪いしさすがに部屋に戻るか…。

あ、そうだ。


「あのさ!!」

「はい?」

「これあげる。」

そう言って、彼が拾ってくれた『あかまる』のぬいぐるみを手渡す。


「ちぃ…きも?でしたっけ。」

「これ、可愛くないでしょ。」

「えぇ、お姉さんもそう思ってたんですか。」

「ふふ。そうだね。『いろんな意味で』ほんっとに可愛くない。だからこれ、あげるよ。今までの私ともお別れするために。」

これからは、ちゃんと向き合う。面倒でも何でも、出会いに感謝して別れを受け入れる。寂しさを私の糧にする。その覚悟を、手にする。


「いいんですか。」

「うん。キミはさ、なんかすごいね。」

「そう、でしょうか。」

「真っ直ぐで、曇りないってこと。」

また少し泣きそうになる。今度は、彼の真っ直ぐさに触れて暖かい気持ちになったから。

それと、この出会いが終わりを迎えそうだから。


「ありがとうございます。」

「ね、次…またどこかで会えたらさ。その時は、ごはんでもいこ?」

「はい!分かりました。」

「約束!私。滝沢たきざわ彩音あやね。」

駒生こまにゅう新太あらたです。」

「じゃ、おやすみ。新太君。」

「おやすみなさい。」


『ガチャン』

自室に戻った。ハイボールの酔いはとうに醒めていた。

でも、少し心拍数が上がっている。


「はぁ…。」


彼の真っ直ぐな視線がとても眩しかった。

そんな彼も、家族が離れ離れになったことをとても後悔していた。

後悔して、前を向いて。

そうやって少しずつ大人になっていく。


「私も、後悔してるんだろうか。」


もしかしたら今走っているレールの先に、 私の新しい未来があるかもしれない。

かわいくないぬいぐるみと抱えきれない後悔は、今ここに置いておいて。

今日からは、前を向いて楽しいことを探しに行こう。


夜明けサンライズまで、あと数時間。

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