「さよなら」を言えなかった僕は、君を天国まで追いかけていく。

森零七

プロローグ 傷心のサンライズ

傷心のサンライズ~前編~

かわいくない。ぜんっぜんかわいくない。


「じゃ、元気でな。彩音あやね。」

「ん。ばいばい。理人りひと。」


本当に、好きだったのに。


――

―――


ほんと、どこいったんだろ…。さっきシャワーを浴びに行く時にはあったのに。諦めてもいいか…?なんて思ったりもしたけど。

なんか居心地が悪い。


東京駅21時50分発。夜行列車の車内に私はいる。

数日前に7年間付き合った彼氏と別れた。

そして、ヤケになって飛び乗ってしまった。

いわゆる『傷心旅行』だ。


今、この車内で『失くし物』をした。別にもういらないんだけど。今まで手元にあったものが無くなるのは落ち着かない。

自分の個室は隈なく探した。無い。


「ご乗車ありがとうございます。」

「あ、あの。車掌さん、なんかぬいぐるみ拾いませんでした?!」

「ぬいぐるみ、ですか。えっと、そういう拾得物は届いてませんね。」

「そう、ですか...。ありがとございます!」

「何かありましたらまたお申し付けください。」

すれ違いざま、巡回中の車掌さんにも聞いてみた。届いてないか…。

あと考えられるとしたら、さっきちょっとだけ滞在した『ミニラウンジ』だ。


「「「ウェーイ!!!」」」


うるさ。

あれ、こっちのラウンジじゃないような…。

そう、ラウンジはもう1か所ある。


だめだ。

色んな想いが駆け巡って頭ン中ぐちゃぐちゃ…。もう、諦めよっかな。


もう、拾われてたりしてね。それはそれで、いいかも。

ぬいぐるみも、彼も、もう他の誰かのもの。


「あ、あれ…。」

そう思った瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。

通路にある窓。暗闇の世界に、私の姿が映る。


『この世界には、私しかいないんじゃないか。 』


そんなことを思わせるほど、今までに無い孤独を感じた。

彼の前でも、家に1人でいる時も、平気だったのに。

今日は、孤独と寂しさに耐え切れなかった。


『乗らなきゃよかった。』


そうとさえ思えた。


――


99%諦めている。…とはいえ自室に帰る前に、ダメ元でもう1か所のミニラウンジを覗きに来た。


「あ。」

一人窓の外を眺める青年。その傍らに、見慣れた、『真っ赤なぬいぐるみ』があった。


「あ、あの!」

「はい?」

「こ、この『ちぃきも』のマスコット、お兄さんのでしょうか!?」

「え、あ、や…違います!」

「わ、じゃあここに落ちてたりしましたか?」

驚きと安堵で、一足飛びで近づく。

とにかく見つかった。見つかって、しまった。


「あ、そうそう!ごめんなさい。気づかなくて一瞬尻に敷いてしまいました。」

「わ…わ…。」

「あぁ、これお姉さんのですか!?」

「はい!!ありがっ…わぁ、ありがとう!!」

「いえいえ。たまたま見つけただけですし。じゃ、どうぞ。」

「取り乱してしまいました…。ほんと、ありがとうございました!!」

「あってよかったです。大事になさってください。」

爽やかな青年だった。彼はそう言うと、また窓の外を眺める。


さて、この『ちぃきも』。どうしてくれようか。

ほんと絶妙にかわいくない。目が死んでいて四角くて赤いやつ。

多分、この世で私しか持ってない。


あと…さっきのお兄さんにお礼をするべきだろうか。

一人旅を邪魔しちゃっても悪いし。もしかしたら、友達と来てる?

とはいえ、私は私で寂しさの絶頂だった。選択肢は、もはや一つ。


『えぇい!どうせ私に失うものなんてない!酒持って凸ダァ!』


乗車前に買い込んだ『ヤケ酒セット』を持ってさっきのお兄さんのところへ向かう。

そういえば、彼は何歳なんだろう。同い年位だろうか?


「あ、あの!」

「え、あぁ、さっきの。」

「先ほどはありがとうございました。お礼に、お酒でも一緒にどうですか!?」

「え!?お酒!?あぁ…僕…まだ未成年なんですよ。」

「えぇ!?あ、ご、ごめんなさい。」

やらかした。完全に見誤った。まさかの未成年だった。

まじかー。でも『沢山』持ってきちゃったしなぁ…?


「折角なのにすいません。」

「あぁいえ、お礼ができると思ったんだけど。…こっちこそ、すいません。」

「いや、ほんと偶然なんで、気にしないでください。」

マジでいい人だ…。こんな不躾な私に嫌な顔一つしない。

純粋な目に少し惹かれるものがある。この感覚は、高校時代の『彼』に感じた純粋さと同じだ。

もうこうなったら、旅の恥はかき捨て!彼の優しさに、少し甘えてみる。


「じゃあ、私が飲むので、少しの間隣にいてもらってもいいですか…?」

「僕でよければ。いいですよ。」

「ありがとうございます!!」

「いえいえ。」

快諾。そそくさと隣に座る。


『プシュ』

「ゴクゴク…プハッ」


私ってもしかして見る目ない…?

あぁ…申し訳ないよぉ。

未成年の子を、勢いで悪い大人の都合に巻き込んでしまった。

ヤバ、めっちゃ罪悪感。何か…酔っぱらう前に会話しないと!?

どーする私!?


「お兄さん、未成年なんだ?」

「え、あぁ、はい。16です。」

「16!?ごめんなさい。ぜんぜん見えなかったです。」

「あ、ありがとう?ございます。はは。年齢間違われるのは初めてです。」

16って、高1、2くらい?若けぇ…若けぇよう。


「そうなんですね…。」

「あぁだから、僕に対して別に敬語でなくていいですよ。」

「あ、そ、そう…?そういうとこが、なんか大人っぽいのかな、君は。」

「あはは…。なんか…照れますね。…お姉さんは、なんでここに?」

「んー。」

何で、何でか。確かに、まだ女一人でヤケ酒を煽るっていう意味が分からない歳かもね。


「え、どうかしました...?」

「彼氏と別れたんだよね。だから、傷心旅行中!みたいな。」

「へぇ!?あ、なんか…すいません。」

「いや、そこ重要だからだいじょぶ。」

「あ、そ、そうですか…。」

申し訳なそうにする彼。

ハイボールが、私を火照らせる。


「そっちこそ、敬語やめない?」

「いや、僕はこれの方が自然というか、気楽なので。」

「そっか。」

なんか、かわいいなぁ。16かぁ。彼と、付き合い始めた頃だ。

7年、あっという間だったな。

もういいや。自分語りしちゃお。


「7年付き合ったんだ。」

「へ?」

「別れた彼氏と。」

「はぁ…。」

「好きだったのになぁ。」

もう彼の反応はお構いなし。まだそんな飲んでないのに、酔いが回るのが早い気がする。


「7年。長いっすね。」

「長いよね。キミがまだ9歳?の頃から付き合ってたんだ。」

「そう考えると、より長く感じますね…。」

「だよね。でも、私にとっては一瞬だった。楽しかったことも、喧嘩したことも、お別れの言葉も。全部が一瞬。」

そう。一瞬だった。

何で好きになったんだろう。カッコ良かったから?

何で別れたんだろう。彼を許せなかったから?

そう考えると、人と人の関わりって本当に難しい。心が通じていると思っていた相手が、実はそうじゃなかった。本当に、辛すぎる。


「私もね。今の君の年齢くらいで彼と知り合ったんだ。部活のエースで、すっごく人気者だったんだよ。」

「はは、僕とは真反対の人ですね。」

「そう?キミも彼女とかいないの?」

「いないです!いないいない!!」

「へぇ。もったいないなぁ。青春は待ってくれないぞ。」

余計なお世話。できるなら、こんな気持ちを味わってほしくはない。

君には、真っ直ぐな目のままでいてほしい。なんてね。


「青春って感覚、イマイチわからなくて…。」

「えぇ~?これが世代のギャップ!?」

「世代なんですかね…。クラスには彼女いたり部活を謳歌してる奴もいるので、それは羨ましいなーと思うことはあります…はい。」

言われてみれば『これが青春だ!』って胸を張って教えられるものも無い。

青春は突然訪れて、突然終わりを迎える。


「そっかそっか。そしたら、キミも青春を味わえばその気になるのかな?」

「えぇ、まぁそうかもですね。てか、なんで別れちゃったんですか?」

「ズバリだねぇ。」

「あ、すいません…。」

謝らなくていいぞ青年。もう遠慮なく、どんどん聞いてくれえたまえ。


「よっし。特別に教えてあげよう!」

一本目のハイボールを飲み干す。いかにも『しょうがないなぁ~』感を出すが、一番聞いてほしかった話だ。


『ガタンゴトン』

夜行列車は、夜を切り裂き駆けてゆく。

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